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娘が自分の元彼と結婚した件  作者: 花輪
野ばら桐子 高校生時代
6/6

僕の青春

荷物を取りに行くため、僕は自分の教室に戻ることにした。2年1組の教室に近づくにつれて、だんだん声が大きくなってくる。桐子さんと姫葉さんだろう。やっぱり別れた方がいいよね、と言う姫葉さんに桐子さんが何か助言をしている。

皆別れてしまえばいいのになぁと思いながら教室のドアを引く。


「…あ、幹太君、まだ居たんだね。」


突然の来客に桐子さんが驚いたように目を大きく見開く。その後ろの席に座っている姫葉さんは、僕を一瞥すると、興味がなさそうに日誌に視線を戻した。姫葉さんはスクールカーストの地位が低い男子とは関わりたくないらしく、彰人みたいな男子には媚を売るくせに、僕みたいな目立たないやつには目に見えて冷たかった。


対してあの憎き彰人の恋人である桐子さんは、誰とでも分け隔てなく接する。でも僕はなんとなく彼女が苦手だ。彰人の恋人だからということもあるけれど、桐子さんは顔もスタイルも整いすぎて、人間味がない。浮かべる表情も並べる言葉も、全て作り物みたいだ。例えるならサイボーグとかラブドールみたいな非現実的さで、僕は全く馴染めそうにない。全くもって彰人の女性の好みは謎である。


「どうしたの?いつもは幹太君早く帰っちゃうのに。」


サイボーグ桐子さんは、薄っぺらい笑みを顔に張り付けて、僕に問う。


「ちょっと用事があっただけ。」

「そっか、気を付けてね。」


お前の彼氏に恐喝されてたんだよ、と言えば彼女はどんな顔をするだろうか。

桐子さんは少しだけ口許を緩めて、また明日ね、と手を振る。

僕は彼女みたいに上手に笑えないから、我ながらぎこちなく挨拶を返す。桐子さんは細かいところまで綺麗で、つやつやと透明にコーティングされた爪と、すらりとした細長い指が印象に残った。


横に並ぶ姫葉さんと比べれば、肌の白さも、足の太さも、瞳の大きさも、艶々とした髪も顕著であり、やはり桐子さんは普通の女子よりも一線を画している、といった感じが伺える。でも僕はこんな作り物めいた女子より普通の女子の方が好きだ。桐子さんにも姫葉さんにも別に用事はない。重い鞄を持って教室を出た。


「桐子があんなに優しくしたら、あいつ勘違いしちゃうよ?」


教室を出た瞬間、後ろからそんな声が聞こえる。姫葉さんだろう。相変わらず声が大きい女である。桐子さんはそれに対して、そんなことはないと思うよ、と笑いながら言っている。野球部の練習の声のせいでその後の台詞は聞こえなかったけれど、悪口を言うならせめて僕が完全にいなくなってからにしてほしい。


「あっ、幹太君!お疲れさまー!」


廊下の向こうからやって来た小柄な女の子が満面の笑みでこっちに手を大きく振っている。僕に声をかけてくる女子なんて一人しか心当たりがない。クラスメイトの美冬さんだった。


「お疲れさま、美冬さん。」


その姿がはっきりと確認できたとき、自然と笑みがこぼれるのがわかった。


美冬さんは桐子さんみたいにはっきりとわかる美人ではない。いつも控えめで大人しいけれど、僕と話すときは本当に嬉しそうに笑ってくれる。とても、とても、可愛いと思う。僕の生活は、クラスに馴染めなかったり、彰人に金を取られたりして最悪だけど、美冬さんのおかげでどうにか正気を保ててここに居る。


美冬さんは数学がわからなくて、さっきまで先生に教えてもらっていたらしい。そんな努力家な所も素敵だと思う。焦げ茶色のお下げが楽しげに揺らして微笑む美冬さんと目が合うとドキドキする。


この時間が続けばいいのにな。もうすぐ階段を下りるからここでさよならしなければいけない。もう少し話していたかったな。そんなこと、言えるわけないけど。

下駄箱の前を歩く。駅まで一緒に行こうよと、と誘う勇気はない。今日あったことを面白おかしく話す美冬さんに見とれて、こんなにジロジロ見てたら気持ち悪がられるかな、と思って視線を美冬さんから外した時だった。


これから教室に向かうのだろう、彰人とすれ違った。彰人は一瞬、僕と美冬さんを交互に見て驚いたような表情をしていたけれど、すぐに元の笑顔に戻って僕らに軽い挨拶をして教室に向かっていった。


あーあ、せっかくいいところだったのに、彰人に会うと全部台無しだ。でも隣の美冬さんが、駅まで一緒に行こうか、なんて言うから、もう彰人も桐子さんも姫葉さんも、明日の数学の小テストも、どうでもよくなってしまいそうだった。


僕は幸せ者だなぁ。彰人を殺して刑務所にはいるのはもう少し先でいいや、なんて呑気な事を僕は思った。


***


冬美さんと駅で別れた後、電車が来るまでの間、さっきの会話を何回もずっと繰り返し回想していた。もっと良い返しできたよな、とか、話すのは苦手なんだからせめて聞き上手に生まれたかったな、とか考えてるうちにふわふわとした幸せな気持ちは冷めていった。


駅のホームでただ風に吹かれていた。やっぱり僕には青春真っ只中みたいな真似は出来ないんだと思い知る。でも冬美さんは可愛かったなぁ。柄にもなく空を見上げて彼女の笑顔だけを思い浮かべていた。


「お帰りなさい、幹太君。お兄ちゃん帰ってきてるわよ。」


家のドアを開けると玄関の掃除をしていた母がロングスカートの裾をヒラヒラさせて僕に笑顔を向けた。その言葉通り、見慣れない革靴がきれいに並べてある。穆は、わかった、とだけ返して、靴を揃えずに脱ぎ捨てて、自室がある三階へと向かった。


僕には大学生の兄がいる。僕に似ていて、話すのも聞くのも苦手なくせに普通を装うとするから見ていて痛々しい奴だ。東京の経済学部に進学してからは、会うことも思い出すことも無かったのに、どうして今更実家に帰ってきたりしたのだろうか。


応接室や客室、父の書斎を通りすぎた先の和室に兄は居るらしい。兄には会いたくない。僕の事を分かろうとしないから嫌いだ。僕の事を途中で会ったお手伝いさんに適応な和菓子を貰って、自室の扉を開き、内側から鍵をかけた。


自室でゲームして、疲れたら睡眠欲に任せてただ眠るときと、冬実さんが笑っている時だけが!僕の幸せの時間である。窓から見える庭にはいつの間に買ったのだろう、小さなゴルフ場コースが設備されていた。おそらく父のものだろう。金があっていいな、と思った。


僕の金は全て彰人に取られてしまったから、自由に使える金があるのは僕の憧れだった。ああ、家まで彰人の事思い出したくないな。大きなベッドに座ってそのまま寝っ転がって真っ白な天井を見上げる。


無音の部屋で冬実さんと話した文化祭と球技大会を思い出す。笑顔がビックリするくらい可愛い冬美さん。それに対して作り物みたいな桐子さん。僕の財布を取って無言で金をポケットにねじ込む彰人。


遠い日の夏。あの頃の彰人はまだ正常だった気がする。僕が手遅れにしてしまったのだろうか。僕が責任をもって殺さなければいけないな。冬美さんが僕の手を取って笑う。僕が普通の高校生だったら、普通の女子高生の冬美さんと普通に放していた未来が会ったのかもしれない。


僕の青春を根こそぎ奪った彰人に、頭のなかでもう一回ナイフを突き刺す、一秒前。


「…幹太?」

「うわっ」





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