彰人と金と秘密
僕はいつか彰人を殺すつもりだ。
放課後、旧校舎。5月も中旬になり、もうすぐ夏が来る。狭くて暗い場所特有の熱気で、背中は気持ち悪いほど汗をかき、ワイシャツはぴったりと背中に張り付いてしまっている。早く帰ってシャワー浴びよう、と思っていたけれど、そういうわけにはいかない。
目の前の、光の無い目をした無表情な男、彰人を僕は睨み付ける。
「ねえ、俺三万持ってこいって言ったよね?困るんだよなぁ、今日は桐子と予定あるのに。」
「…無かったんだ、家に。」
「ふざけるのも大概にしろよ、幹太」
もう何度目だろう。無表情のまま、彰人の細い指が僕の首をぎゅうっと締め付ける。あっという間に酸素がなくなって、息が出来なくなって、苦しくて、勝手に涙が溢れてくる。そんな僕を何とも思っていないような冷たい瞳の彰人は本当に教室でいつも友達に囲まれて喋っている彰人と同一人物なのだろうか。
次第に視界が霞んで黒くなっていき、僕が気絶しかける寸前に、彰人はやっと僕の首から手を話した。一気に酸素が入ってきて、僕はもっともっとと言うように、荒く酸素を吸って吐いてを繰り返す。
確か財布には一万五千円は入っていたはずだ。乱暴に僕のポケットから財布を奪い取った彰人は、福沢諭吉と樋口一葉を一枚ずつ抜き取って、自分のポケットにねじ込んだ。もうお札が一枚も入っていない僕の財布をゴミのように地面に捨てると、十円玉が地面にばらまかれた。
僕は足下に広がる十円玉を拾う気力すらなくてただ立ち尽くしていた。
「明日、絶対残り持ってこいよ。」
「…うん」
彰人は絶対に僕に傷をつけない。僕に痣がついたり出血したらこの事がばれてしまうからだ。首を締めるという、充分警察沙汰になってもおかしくない事をしているのに、警察どころかクラスメイトにすら知られていない。たぶん彰人の恋人の桐子さんも知らないだろう。
頭がよくて、スポーツもできて、性格も優しくて、何よりイケメン。そんなクラスの中心的な存在で人気者の彰人が、冴えないただの陰キャの僕からお金を奪い取っているだなんて誰も想像しないだろう。彰人はこの事を固く秘密にしているようだけど、ばれたとしても、皆はイケメンだから赦しそうだ。僕は許さないけれど。
奪われるお前が悪い、なんて意見を述べて、まるで彰人はちょっとやらかした程度の認識で赦されるのかもしれない。僕の気持ちなんて考えずに、あっさりと。
最後に舌打ちをして本校舎に向かった彰人の姿が消えると、ふっ、と何か重いものがなくなったように安心して、へなへなと思わずそのばに座りこんでしまった。
「あいつ、死んでくれないかな。」
十円玉を全て拾い終えた僕は、無意識にそう呟いていた。
僕と彰人は中学の頃から一緒で、こういった事は中学三年生の時から続いていた。前々から彰人は、実家が金持で告げ口しなさそうな僕に目をつけていたらしい。
最初は千円だった金額も、次第にどんどんエスカレートしていって、桐子さんと付き合うようになってからはもっとひどくなっている。今では十万近く払うこともあるほどだ。
いつか、いつか、彰人が辛さで顔を苦渋に歪める瞬間を見てみたい。物理的にも社会的にも殺して死よりも辛い地獄を味わわせたい。警察でも他の誰でもない、この僕が。その後の人生なんてどうでもいい。勝ち組中の勝ち組みたいな彰人を殺せれば僕の人生勝ったみたいなものなんだから。
彰人への殺意は一度考えるともう止まらず、この気持ちだけが僕の生きる原動力だった。
旧校舎から少し歩くと、本校舎が見える。2年1組の教室の窓からは桐子さんと姫葉さんが日誌らしきものを書いている姿が見えた。このあと桐子さんはどうせ彰人と遊びに行くんだろうなぁ。僕の金で。彰人が僕から奪い取った金で。
何も知らずに、ただ金持ちの理想の彼氏、なんて風に思っているのだろう。呑気に笑っていられるのも、今のうちなのになぁ。