表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
娘が自分の元彼と結婚した件  作者: 花輪
野ばら桐子 高校生時代
3/6

コーヒーが良かったな、今日も化粧酷いなぁ

朝、三時間しか眠れてない。眠気覚ましに冷水を顔に押し付けて重い体を引きずりながら家を出る。


家の近くのコンビニのガラスに映る私はいつもよりくたびれているように思えた。

もちろん、目の下のくまもしっかり隠しているし、真っ直ぐなロングヘアーのためにかなりの時間も割いている。ビューラーで上げた睫毛も、色つきのリップも、ほんのりピンクの肌も、完璧なはずなのに。今週末は勉強しないでゆっくり寝ている方がいいのかもしれない。


5月も中旬になり、もうすぐ夏が来る。日焼け止めを塗ってきて正解だったな、と思った。ふわりと風に舞う髪はもう随分伸びた。そろそろ切ろうかな、やっぱりやめようかな、なんて考えているうちに待ち合わせ場所の時計塔についてしまった。今日は私の方が少しだけ早い。


「おはよ、桐子」

「おはよう」


ほぼ同刻についた恋人に挨拶を返して私は笑顔を浮かべた。


今日の彰人は学校のブレザーじゃなくて、キャメルのカーディガンだ。明るい色のカーディガンは本当は校則に引っ掛かるのだけれど、ちょっと前から校則にうるさい鬼教師が腰通で入院していて、皆ここぞとばかりに制服をアレンジして着ている。私も横の髪を留めるピンを黒からピンクにしてみたりして、学校はちょっとしたお祭り状態にある。


カーディガン欲しいな。ローファーも欲しいな。彰人の身に付けている物はどれも新しくてお洒落だ。だから私は彰人に釣り合えているか心配で、まだ開店前のショーウィンドウに映る自分の姿を何度も確認してしまう。


読者モデルってそんなに稼げるのかな。どうしても考えてしまう。私は毎月お父さんから送られてくる一万五千円のお小遣いでどうにかやりくりしているけれど、やっぱり欲しい物が買えるのは少ないし、でも彰人に奢らせっぱなしなのも申し訳ない。もっと素敵な女の子になりたい、という気持ちがあるだけで、それについていけない自分に、少し疲れていた。


「うわ、人身事故だって」


駅に入ったとき、いつもより人が多くて、ピリピリとした雰囲気が漂っていたから薄々予想はしていた。電工掲示板を見た彰人が苦笑いをして、次の電車は30分後だから、今日は遅刻かな、と私も笑う。


電車を待っている間、近くのスターバックスに入ってフラペチーノを二つ頼んで、一個だけ空いていたテーブル席に座った。担任に遅刻の電話を入れている彰人を見ながら、本当はコーヒーが良かったな、という気持ちを掻き消すように、フラペチーノをストローで混ぜる。


「あーあ、英単語テスト追試決定じゃん。」


電話を切った彰人が、せっかく勉強したのにな、と言って笑う。

今日の朝、ホームルームの前に英単語テストが予定されていた。私も寝る時間を削って勉強したのだけれど、こうなってしまっては仕方がない。私はアイスを溶かしたみたいな変な飲み物を無理矢理流し込んで、次頑張ろうね、と笑った。


彰人はいつ見ても整った顔立ちをしている。今まで見た男の子の中で一番かも知れない。いつも穏やかな笑顔を浮かべてどんな話でも聞いてくれる。姫葉の言う通り、理想の彼氏そのものだ。店の横を通りすぎる若者達は私達を交互に見て複雑な表情を浮かべている。それが羨望だなんてわかっている。私達は今日も完璧だった。


「そういえば、姫葉また彼氏と別れたんだって。」

「ああ、姫葉ちゃん。あの子全然続かないんだね。」


他愛もない話をする。その間にも外からの視線を感じる。冴えない外見の女子高生二人がこちらをちらちら見ながら何か話していた。


しばらくの間雑談していたけれど、電車が開運したらしいアナウンスを聞いてスターバックスを出ることにした。改札もホームも殺人的に混んでいて、せっかく綺麗にブローした髪がぐしゃぐしゃになる未来を予想して気が重くなる。


桐子は危なっかしいところがあるから、と私の腕を引く彰人の後ろを歩いて、やっと乗った電車がのろのろと動き出す。

時刻は午前8時45分。英単語テストはもう終わっただろう。二人分の席を確保した彰人が小さく欠伸をする横で、無表情に流れる景色を眺めていた。


***


「二人揃って遅刻なんて、朝からアツいなぁ。」

「そんなんじゃないって」


一時間目が終わる時間に合わせて二人で登校した。教室に入るなり茶化してくるクラスメイトをうまくかわして自分の席につく。前の席の姫葉が振り返って、おはよ桐子、と笑う。今日も化粧酷いなぁ、という言葉の変わりに、おはよう、と返す。今日も爽やかな朝、机の中には白紙の英単語テストが入っていた。


彰人はまだ教室のドアのところで鞄を持って友達と話していた。バスケ部のエースでクラスの中心的な松本君や、成績優秀で学級委員長の浦川君は特に仲のいい友人らしく、いつも行動を共にしている。楽しそうに話している彰人と目が合うとふわりと微笑まれた。


CMの宣伝のようなあざとさすら感じさせるけれど、彰人ほど顔立ちが整っていると、やっぱり格好いい。彼女だから贔屓目にしているとか、そういうのを一切抜きにしてもだ。


「桐子、早く彰人君の友達紹介してよー」


そんな一連の流れを羨ましそうに見ていた姫葉が頬を膨らませながら、シャーペンで私の腕をつつく。姫葉だって隣のクラスに彼氏がいるくせに、もう飽きたのか、次の男を探すのに夢中である。助けてあげたいけれど、私は彰人の友達について全く知らないから殆ど手助けできない。


彰人は交遊関係が広いから、モデル友達だったり、学校の先輩や後輩、街を歩けば時々誰かに遭遇する。いちいち名前や顔なんか覚えていられないが、一人だけはっきり覚えているのは、私がしつこいナンパにあったとき助けてくれた真宮君という男の子。あとから彰人に聞いた話だが、真宮君とはかなりの付き合いらしく、高校が離れた今でも月に一度は会って遊んでいる、親友のような存在らしい。


頭の中に一瞬、姫葉に真宮君を紹介する、なんて事が思い浮かんだけど、すぐに消し去る。特に理由なんてないんだけど、姫葉と同等に見られたくなかったのかも知れない。

心の中で友達を卑下してしまう私はそれなりに嫌な人間だ。だから今日も取り繕って嘘を並べて生活する。姫葉に、わかったまた今度ね、と言う私はたぶん上手に笑えていた。


昼休み。姫葉と他の友達と一緒に学食を食べに行った。周りの皆はラーメンやチャーハンを食べていたけれど、私はお金がないと誤魔化してサラダだけ食べた。


うちの学食は市内では美味しいと有名で、以前チャーハンを食べてみたとき、驚いたのを覚えている。こんなに美味しいものを食べていたら確実に太るから、それ以来自重しているけれど、正直隣の優香が啜っているラーメンも、前の席の美優が食べているカツカレーも、すっごく食べたい。


それが顔に出ていたのか、桐子ちょっと分けてあげるよ、と言って皆が次々に小皿を持ってきて、私の分を取り分けてくれた。


「…え、いいの?」

「もちろん!ウチも金無いとき奢ってもらったことあるし、ここの学食ちょっと量多いし。」

「桐子、超細いんだからもっと食べなきゃダメだよ。ウチのもあげる。」


あっという間に私の前に小皿が五つ並んだ。

私はそれが素直に嬉しくて、美味しくいただく事にした。なんて優しい人達なんだろう。こんなに良くしてもらえるなんて、中学生時代までは絶対にあり得なかった事だ。


「ありがとう、いただきます。」


久しぶりに心から笑えた気がした。


その日の放課後、今日の日直が姫葉だったから、私は日誌を書くのを手伝っていた。桐子って字綺麗だよね。教科書の文字みたい。と言う姫葉は可愛らしい丸文字で白紙の日誌に、今日の天気やら清掃状況やらを記入していた。


彰人と一緒に帰る予定だったけれど教室に姿は見当たらない。先輩のクラスに行ったのだろうか。スマホにも特に連絡は入っていないからすぐに戻ってくるだろうけれど、早く家に帰って少しでも家事や勉強を早く終わらせて睡眠時間を長くしたい。


しばらくして姫葉の彼氏が迎えに来た。廊下にその姿が見えた瞬間、姫葉はあからさまに聞こえるような舌打ちをして荷物をまとめ始める。まだ全部埋まっていない日誌を持って教室を出ていく姫葉にじゃあね、また明日、と挨拶をして教室の出口まで見送った。


廊下の向こうに消えていく姫葉と彼氏を眺めながら、もう教室には私以外誰もいないことに気づく。暇だった。外はもう暗くなり始めていて、早く帰らないと予習が出来なくなるんだけどな。そう思っていた時、やっと彰人が帰ってきた。私に手を振って、待たせてごめんね、と彰人が笑うのを見ると、なんだか安心して私も笑った。


「どこ行ってたの、こんな時間まで。」

「ちょっと友達と話してた。ごめんね、桐子。」


誰もいない教室。彰人が窓側に座っている私の頭を撫でる。夕暮れ、カーテンのムコウハうっすら紫がかって、もうすぐ夜が来る。


今日は何処に行こうか、と話ながら、筆箱をスクールバッグに入れてチャックを閉める。席から立つと、目の前が霞むような立ちくらみに襲われた。昨日全然寝てなかったかからだろう。本当は早く帰って寝たいんどけどな。そんな気持ちを見透かされないように、どこでもいいよ、と言って笑った。


「この前いい感じの洋食屋見つけたからさ、今日はそこ行こうよ。」

「うん、いいよ。」


鍵を持って教室を出ようとした、その前に、名前を呼ばれて軽く腕を引かれる。私達のものになった教室にオレンジの光が射し込む。放課後、夕暮れ。いつも騒がしい廊下には誰もいない。まるで時が止まったような教室で私達はキスをした。


体を抱かれる。私も背中に腕を回す。あったかい。心臓の音が聞こえてくるような距離感で、お互い目を閉じたまま。


「好きだよ、桐子」

「私も」


綺麗だな、と思う。カーテンの下で見つめあっていると、もうそれだけで全てがどうでもよくなってしまいそうだ。彰人はすごく綺麗だ。男子にしては白い肌も、大きな瞳も、薄い唇も、柔らかい猫毛も、細い体も、少女マンガからそのまま出てきた見たいで、伝わる体温だけがそこに存在することの証明のようだった。


たぶん彰人には一生かかっても敵わないなぁ。もう一回しよ、と囁かれると弱く頷くことしか出来ない。ふわふわして飛んでいっちゃいそうな身体を支える腕すらもいとおしく感じてしまう。カーディガンをぎゅっと掴んでやっと立っていられるような私は、舌まで伝わる甘い感覚にやられてしまって、もうどうしようもなくて、息が出来なくて。


桐子は今日も可愛いなぁ、って言いながら頭を撫でられるのにも弱くて、教室でこんなことするなんてずるいなぁって、殆ど何も考えられない頭の片隅で、くらくらしていた。


「…大好き」


うまく呂律が回らない。腕の中にぎゅっと抱かれたまま言葉をこぼす。彰人の表情は見えなかったけれど、僕もだよ、と言う彰人の声が優しくて、このまま溺れていけたらな、って思ったけれど、考えてみるとここは学校で、明日も皆が授業を受ける教室で。


なんとか正気を取り戻したいのにまだ頭の中がほわほわしている。彰人はそんな私に何も言わないでただ抱き締めてくれていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ