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娘が自分の元彼と結婚した件  作者: 花輪
野ばら桐子 高校生時代
2/6

私と数学と姫葉

家事を全て終えたら、風呂に入る前に体重計に乗る。私の体重は毎日45㎏ぴったりでなくてはならない。1グラムでも増えていたら近所をランニングすると決めている。


針は45㎏手前でゆっくりになって、ぴったりと止まった。セーフ。ほっと胸を撫で下ろす。今日は学校帰りに彰人とクレープを食べたから絶対に太ってると思ったんだけど、どうやらそれはいらない心配だったみたいだ。


本当は甘いものなんて少しも好きじゃない。胸焼けするし、太るし、生クリームなんてあんな甘ったるいの体に害しか与えないに決まってる。でも、世の中の女子は大抵、クレープが好きだ。恋人らしくないなんて思われたくないから、無理やり胃に流し込んで、水をいっぱい飲んで、たくさん笑った。お疲れ、私。


「ちぇ、疲れた」


部屋のベッドに倒れこむ。これから明日の授業の予習と、今日の授業の復習をして、宿題をやって、模試の勉強をする予定だ。お風呂はその後でいいや。


私はもともと全然頭が良くないから、人の三倍勉強しなくちゃいけない。勉強だけじゃなくて、運動もできる訳じゃないし、見た目も目を惹くような美人じゃないから、運動も美容も人の三倍頑張らなくちゃいけない。


とても辛いけど、頑張れば頑張るほど、皆が私の事を美人で頭が良くてスポーツもできる優等生な女の子だと言ってくれる。それが気持ちいいから、今日も私は小顔ローラー片手に、英語と理科と数学と戦うのだ。頑張れ、桐子。


「ちょっと、どうしよー、彼氏と別れちゃうかもー」

「…また?」


開口一番、不機嫌そうな声音が耳に飛んでくる。電話をかけてきたのは、私と同じクラスで同じグループに属する姫葉ひめはだった。


同じグループと言えども、姫葉は毎日先生に注意されても引いてくるアイラインはガタガタだし、適当に染めた茶髪は痛んでるし、スカートでも足は開くし、大口を開けて手を叩いて笑うから、私は自然と距離をおいてしまうのだけれど、姫葉の方は私の事をかなり信頼しているようで、こうして電話をする事も多いし、一緒に遊びに行くこともある。


でも、本当は、高校は別々になってしまったけれど、私には本当の親友というのがいるのだ。心を許せて、会話が続かなくても全然気まずくならないし、むしろ無言の静かな二人の時間が心地よいとすら思える。言わなくても、触れなくても、お互いがお互いを好きだというのが伝わってくる。そんな親友が私にはいるのだ。


姫葉のことが別に嫌いな訳じゃない。いろいろと理解できない部分もあるけど、姫葉はサバサバとした性格で、私が言えないような、出来ないような事を平気でやるし、一緒にいて飽きず面白い。


テキストを閉じてベッドに倒れこむ。30分くらいは愚痴に付き合ってあげよう。


「どうしたの?また喧嘩した?」

「うん、あいつさー、記念日なのに金無いからって割り勘だって!マジ腹立つ!怒って帰ってきたとこ、今。」

「そっかそっか、災難だったね。」


そんな事で怒ってるのか、と思わず笑ってしまいそうになる。電話の向こうの姫葉にとっては至極真面目な問題なんだろうけど。


「彰人君って全部奢ってくれんでしょー?いいなー、羨ましー。」

「それはそうだけどさー…」


姫葉の言った事が引っ掛かって言葉に詰まってしまう。姫葉に言ったことはないけれど、高校生のうたは親の金で遊んでいるんだから割り勘は当たり前だと思う。


でも彰人はいつも奢ってくれる。デートの時は高くて美味しいお店に連れてってくれるし、可愛いと言った服は必ず買ってくれる。記念日や誕生日の日はお洒落なプレゼントをくれて、最近ではむしろ私が逆に萎縮してしまって、彰人にちゃんとプレゼントを贈れない自分を恥じたり、ちゃんと釣り合えてるかな、と不安になったりするのだけれど、姫葉からするとこれも贅沢な悩みなのだろうか。


「何がそれはそうだけどさー、よ。いいなー、私も彰人君と付き合いたいなー。彰人君って頭いいし、運動神経もいいし、性格いいし、読者モデルやってるし、金持ってんじゃん。完璧じゃん。まあ、桐子だから付き合えてるんだけどさ。」


姫葉の高い声が痛いほど耳に届く。

桐子は何でも出来るし美人だもんね、と姫葉はそう言って笑う。

違う、全然そんなじゃない。本当の私は人の三倍頑張らないと何も出来ない。同級生が遊んでるときに勉強して、学校でばれないメイクを研究して、やっとスタートラインに立てているようなものだ。


だけど私のしょうもないちっぽけなプライドはそれを許さない。「才能に恵まれた完璧な女の子」を演じたがってる。努力していることを知られた瞬間、それは価値を無くす。


「どうするの、彼氏の事。」


なんとか話をそらそうとして思い浮かんだのは姫葉の彼氏の事。美味しいご飯を食べれるなら割り勘でもいいと思うけど、姫葉は納得がいかないらしい。


「決めた、別れる。そんで彰人君みたいな彼氏つくる。ねえ、桐子、彰人君の友達紹介してよ。」

「最初からそれが目的だったでしょ。」


違う違う、でもお願い!と言う姫葉にしょうがないから、わかった、とだけ返しておく。それから15分くらい姫葉と話した。クラスの女子の事とかドラマの事とか話しているうちに、だんだん疲れも取れてきた。姫葉と話すのはいい気分転換になる。


ベッドに並べられたぬいぐるみを眺めながら、姫葉との電話に興じる。まるで、普通の女の子みたいだ。姫葉はまた友達と遊びに行くらしい。私が人並みの女の子だったら姫葉についてって一緒に遊んだのだろう。私は姫葉が羨ましいなぁ、なんて思っても絶対に言えなかった。


私は明日も完璧な野ばら桐子を演じるためにテキストを手に取った。私にはその道しかない気がした。




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