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大馬鹿野郎

「……くそっ」


どれだけ忘れようとしても、脳裏にはバカ女(みお)の顔がこびりつく。

昨夜のサディスト呼ばわりして恍惚とした時の表情、鉄製の首輪を持って向けてきた上目遣いに期待の眼差し、今朝の服を着ろと言った時のポカンとした顔、メルと意気投合した時の無邪気な笑顔に朝食を選ぶ時のキラキラした嬉しい困り顔、そして……胸ぐらを掴んだ彼女を突き放した時の、悲しそうな目。

それに、長い間他人に触れなかったからだろうか。美桜に抱き着かれていた時の温かい感触までもが一向に離れようとしない。


「なんだよ……このもやもやした気分は」


何より、この心境を割り切れない自分に苛立ってくる。ただあいつが付き纏って、その時不意に他人の人肌に触れただけのはずなのに。

絡みつくような自己嫌悪に絞殺されそう、そんな気分でトボトボ廊下を歩いていると、


「……い、おーい!」


後ろから聞こえるガキの声に、正直振り向くだけの気力はなかった。だがこいつも無視すると美桜とは別のベクトルで面倒なので嫌々受け答える。


「なんだ大介。いつものか?」

「うん! 宝石頂戴!」


無邪気な猫かぶり(えみ)を浮かべている少年、天城大介。昨晩のように超加速によって相手を翻弄する、面倒な奴。

だが能力なんてどうでもいい、どうせ戦う事なんてないんだし。


「はぁ……今日は特別機嫌が悪いんだ。夜になったら勝手にしろ」

「あっそ。面倒な奴にでも合った?」

「……どうしてそう思う」


渋々大介の方を振り向くと、大介はうんざりしたような顔で、


「僕もずっと弱っちいお兄さんに捨て犬みたいな目で見られててウンザリしてるから」


そう言われて初めて、大介より後ろに誰かが覗き込んでいる事に気付いた。

だが、隠れているというにはあまりにもお粗末で、大介の真正面にいるこちらには気にもかけない……いや、こちらにまで気が回っていないのか。


「よかったな、熱心なファンが出来て」

「バカにしてる? 負け犬にすり寄られて嬉しいと思う?」

「知るか、逆恨みで付き纏ってんだったらメルがどうにかするだようよ。はぁ……」


不意にため息が零れ、仏頂面のまま大介の方へ自室への方向から180度回していた自分の体をもう180度回して、


「……寝る。夜になったら勝手にしろ」


そう言い残しちび助を無視して立ち去りながら、上着の内ポケットから携帯を取り出して現在時刻を確認するために開く。

8時43分……無機質に時間を告げる液晶画面を気怠げに見つめると、突然いつもの癖で準備運動のように首を一回転させてポキポキと鳴らす。生前本屋で見た医学本だかで首を鳴らすのは体に良くないと言っていたが、一度死んだ身ではそんなの関係ないし、そうでなくとも中々どうしてこの子気味良く鳴る音は体の重荷が振りほどかれるように感じられて辞める気が起きない。


「あぁ……だっる…………」


昨夜から変なのに絡まれ続けたせいか、頭も体も怠い。そのせいか朝のコーヒーも対して役になってくれない。

今日は一日寝て過ごそう。あのちびなら勝手に殺して石っころを回収するだろうし。

鈍った脳で思考を出来る限り絞って今日の予定をざっくばらんと立てると、まるでゾンビのように覚束ない足取りで自分の部屋へと戻っていった。



「…………はぁ」


曇天の下、ため息交じりにトボトボと歩く美桜。手元のスマホにはメルから教えられた聖戦の細かな説明がメモ帳アプリに書き込まれていた。

そしてもう片方には、そのメルに餞別として渡されたやけにずしっとした紙袋、それを持って整備された緩やかな坂道を降りていく。


「ああは言ったけど……どうやって真嗣さんに謝ろう……」


だが美桜の思考は両手の物ではなく、今朝の出来事に向いていた。

記憶の中にぼんやりと映る、優しく、だが触れたら壊れてしまいそうな儚い、そんな感じがした泣いたような笑顔。


「…………」


朧げな記憶を焼き尽くすように、真嗣の怒号が蘇る。


『二度と俺の前に出てくるな!』


「あ……あれ…………?」


気付けば一筋の涙が頬を伝い、重力に沿ってタイルに落ちていた。

冷ややかな視線を向けられた時も、罵られた時もマゾヒストとしての心がゾクゾクとした感情を送り付けてきた。

でも、美桜は………………真嗣さんに自分の感情を一歩的に押し付けて……!


「違う……辛い目に遭うのは……美桜だけでいいのに………………!」



「違う……あいつは……辛い目に遭っていい奴じゃないのに……………………!」


一人静まった自室で真嗣は寝転がったベッドに拳と共に誰にも零さなかった本音を振り下ろす。


「なんで……俺なんかの為にあいつが傷付いていいわけないだろが…………!」


舞村美桜、そんな名前の女今まで聞いた事もなかったし顔を見た覚えなんて記憶をいくら探っても見つからない。

昨日この部屋を訪ねてきた時からまともじゃないと思っていたし、あいつが重度のマゾヒストだって分かった時はドン引きした。

でも、それでも分かる。

あいつは、俺なんかのせいで心を傷つけられていい奴なんかじゃない、もっとピュアで、繊細で、あんな身長に対し不相応の胸とは裏腹にぽっきりと折れてそのまま灰になって消えてしまいそうな…………。

なのに……刹那的な感情のままその脆そうな彼女にあろう事か拒絶して……!


「はぁ……俺の…………」

「……美桜の…………」




大馬鹿野郎!

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