騒々しい女
青い残光を描いて剣が振り下ろされる。
大の大人でさえ両手で持ってないと支えられるのがやっとと見えるそれを高校生と思しき少年は軽々と振り回す。
更に大抵の世界でなら上級クラスとも言える光属性の魔術を息をするように撃ち出す。
夜の帳の中、まさしく勇者と呼ぶべき少年の表情は、しかし強者のそれとは程遠く、酷く憔悴しきっていた。
「アハハ! お兄さん遅いね!」
「う、うるさい!」
理由は単純、青みを帯びた剣の一撃も、夜の静寂を裂く光も、中学生と思しき相手の少年に一度たりとも当たらないからだ。
能力に慣れていないのか、一回一回の攻撃が単調なのもあるかもしれない。
が、それ以上に相手が速すぎる。
「何で……何でこんなに当たらないんだ……」
「だから言ってんじゃん。お兄さんがノロマなんだって」
もう一人の小柄な体格の少年が淡い光に包まれて消えてからはあっという間だった。
一瞬の内に脇腹を殴られ、背中を飛び蹴りで蹴飛ばされて地を這わせたかと思えば、その隣で嗜虐に満ちた笑みで顔を掴み取り、次の瞬間には大きな木の幹に掴まれた顔から叩きつける。
口から血を流し何が起こったかさえ分からない表情を浮かべる彼に、腹を片足で踏みつける少年の手には光の消えかかった剣が握られていた。
ただ、やはり重いのか両手で握っていても宙で重さに耐えきれないと言わんばかりに震えている。
「ぁ……かえ……し…………」
「この剣結構重いや。お兄さんが死ねば軽くなるかな?」
餞別の言葉はそれだけだった。
最初からそうするように決めてたような表情で踏みつける少年の胸の上であたかも持ちきれないといった身振りで剣を離す。
無邪気に手首を振る少年の下で重力に従った剣が持ち主の胸部を両断する。
顎にまで跳ねてきた返り血は地面に現れた魔法陣に敗者と一緒に吸い込まれていく。
「ま、そうだろうな」
半ば結果が見えていた様に窓からその光景を眺めていると、連絡魔術によって一枚の紙が手元に作られていく。
2秒程度で完成した魔法の手紙を傍目に見ながらあんぱんをかじる。
『本日の聖戦の結果報告。
浅川勇也 対 天城大介の結果、天城大介が勝利』
ごく手短に結果を書き留めた紙を、ため息混じりに流し見して放り投げると空中で燃えるように分解されていく。
あんぱんを口の中に放り込むと不意に大きな欠伸が出た。
眠気に従いベッドに体を投げようとしたその時、控えめなノックが部屋に響いた。
「園崎真嗣様ですね?」
「……どちら様だ?」
眠いと言わんばかりの仏頂面を隠しもしないこちらの前には一人の少女。
桃色のセミロングの髪でどこかあどけなさが残る顔立ちと身長、そのくせ表情は無機質で胸部は不釣り合いな様で何故か違和感を感じないくらいに豊満で……
「ハニートラップしたいならパッド使わないでやる事だな、寝てれば育つだろ」
そう吐き捨てて乱暴に扉を閉める。実際そうやって夜に殺られた奴はいたからだ。
戦うのは億劫だが、寝ようとしたら一晩永眠してましたなんて目覚めが悪いにも程がある。
「そう……ですか……」
外からそんな声が聞こえるが無視してベッドに戻ろうとし、ふと違和感に気付く。
あの少女の呟きが悲しいといった類の感情には聞こえない……?
まさか逆上して無理に扉を破壊してくるか、そう思って身構え、
「やはり美桜の見込んだ通り……いきなり罵倒からの放置プレイだなんて……」
「…………は?」
待った、何を言ってんだあの娘は。しかも見込んだ通りとか言った? 嘘だろ?
「開口一番に罵ってくださるなんて思ってなかった……見込んだどころか予想以上のサディスト……ぁぁ……」
「…………」
正直、どことも知らん女に勝手にドS扱いされて恍惚とされて頭が痛い。
だが、ここで慌てて飛び出そうものなら文字通り刺されかねない。
自分を落ち着けるために深呼吸をすると、ドア越しに頭のイカれたふりをしてるかも分からない少女に質問を投げる。
「おい、お前。今日の聖戦は終わってるぞ」
「知ってます、美桜も見ていました。実力は読み間違えてはいけませんね。あっでも、手も足も出せないまま無理やり……」
「能力を使わずにそのまま殺してもカウントされないってのは知ってるか」
「知ってます、そこまで愚かではありません。でも美桜の事はいくらでも愚か者でもクズでも豚とでもなんとでも」
「何しに来た」
「あなたにお話があって」
正直二度と関わりたくない。
だが無視してると毎晩こんな目にあう可能性を考えてしまうと早めに黙らせておくしかなかった。
というか真面目なトーンと妄想の切り替えが激しすぎるのはなんなんだ。
「……話くらいは聞いてやる、とっとと入れ」
「あっ、それなら」
渋々扉を開けてもう一度顔を出すと、スカートの裏から何かを取り出していた。
今度はなんだと思い様子を伺い、
「この首輪を美桜に付けて部屋まで濡れ衣で魔女裁判にかけられる囚人の様に乱暴に引き回して」
「夢の中で聖女と仲良く火炙りされてろ」
今度こそ締め出そうと扉を閉めようとするが、彼女の全力の阻止を受けてしまう。
「それはダメ、どうしても貴方に話がしたいから」
「…………大人しく入れ」
何だか警戒するのがバカらしく思えてくる。
目の前の少女のテンションに気力と眠気がついていけずダウンしてしまった事にため息を吐きながら、頭のおかしいドM女を渋々部屋に招き入れた。