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錫の兵隊  作者: おてもと
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街に消える (前)

Baby in the shell 1

 

 マグカップほどの陶器の中に、砕いた母の頭蓋が入っている。


 母は信心深い人だった。食事の度に祈りを捧げ、毎週欠かさず教会に行き、ぼくに聖書を読み聞かせた。

 母はことあるごとに墓参りにも行っていた。ぼくも毎回ついていった。一面の墓標と小石の塔を覚えている。母の言葉を覚えている。


 『この地には私のお母さんと、そのお母さんと、そのまたお母さんと……もっとずっと前のお母さん達も眠っているの』


 そしていつか、あなたと私もここで眠るの、そう言っていた。墓にいる時、ぼくはとても安らかな気持ちになれた。死んだおばあちゃんの膝の上のような、オルゴールが聴こえるベビーベッドのような。母がいなくなっても、ぼくがいなくなっても、いつかここに還り、一つになれる。まだ言葉にすることはできなかったが、ぼくはそう理解していた。

 

 『ほら、母さんにお別れを言いなさい』


 父が骨壺を差し出した。でもぼくは、こんなに小さな筒の中に母がいるとはとても思えなくて、曖昧でありきたりな言葉を掛けるに終始した。ここは墓地ではない。安らかな時間が流れていた、あの墓地ではないのだ。ここに母はいない。壺の中にも、ばらばらになった体にも、ぼくの心の中にさえ。


 母は、ぼくは、どこへ還るのだろう。


  

 

Making Cyborg 1

 

 『──爆発があった地下道ですが、民間にも多数の死傷者が出ている模様です。警察とデモ隊との衝突は未だ進行中で、予断を許さない状況が続いております。デモ隊は爆発との関与を否定しており──』


 コウモリの住む洞窟の話を聞いたことがあるだろうか。光が届かず、養分も酸素も少ない洞窟の生態系は活発とはいかない。ほとんどの生物達はわずかなエネルギーを失うまいと代謝を下げ、石のように縮こまって暮らしている。

 だがコウモリは例外で、積極的に外部に餌を求め、巣がある洞窟内で排便する。閉じた環境、洞窟においてこれは大変な栄養源だ。コウモリの住む洞窟ではその糞を食む蟲が住み、それを食らう蜘蛛や蛇が住み、洞窟という環境では考えられないほどに豊かな生態系が形成されている。

 そして、力尽き地に落ちたコウモリは自分の糞と同じ運命を辿る──ここは洞窟に似ている。つまり、国境を越えて富を持ち帰る者がいて、その廃棄物で暮らす者がいて、「落ちてきた」死体を解体する自分がいる。


 無数の階層で構成されるこの街には、高層建築におけるダスト・シュートのような縦穴がある。ごみと死体はそれを通って最下層に集まる仕組みだ。真っ暗な最下層に縦穴から日光が差し込み、ごみ山のスカベンジャー達を照らしている。ごみと死体を漁るのはこの街の日常風景で、自分もこの生態系に組み込まれた分解者というわけだ。

 そこまで考え、しかしコウモリの肉は食べたことがないな、と思い及ぶ。サイズと生態から味はネズミ肉のようなものだろうか。骨格からして可食部は少なそうだ。アフリカ、アジアで広く食されていると聞いたことがあるが、お生憎様、自分はこの街を出ると国際犯罪者だ。尽きない好奇心に蓋をして解体を続行した。


 複数の視覚が亡骸を捉える。ヘッドギアに取り付けられた機械の眼。十を下らない数のそれらが蠢き、それぞれに焦点を結ぶ。胴体だけになった死体は一見すると人間の女性のように見えるが、傷口から覗く金属光沢はひたすらに無機的な輝きを放っていた。電熱ナイフで胸部を切り裂き、複数の眼で複数の部品を同時に「見た」。かなり旧式、それも十年ほど前の型で、整備も杜撰極まりない。死因は恐らくこれだろう。彼女のような機械の比率が高いサイボーグは外的な要因ではそうそう死なない。しかし、機械の比率が高い故に整備の不足が死を招く。完全解体しなければ再利用は難しそうだが、部品や素材そのものは全て高級品だ。彼女は持ち帰ることにした。


 『──デモ隊は無国籍地問題の早期解決と特種補装具使用者の追放を訴えています。一向に進展しない状況に国民は不信感を募らせており、議会の対応が注目されます。容認派のリカルド議員は──』


 ラジオをかけっぱなしにしていたことに気がつく。視覚に集中し過ぎていたようだ。複眼デバイスの十二番から六番を停止させる。両側面の視界が消失した。

 廃棄物の山の中から有用な物を発見するのは困難だ。無数にあるごみ一つ一つにいちいち目を凝らしていたら日が暮れてしまう。しかし、単純に目が多くあれば効率は倍々である。元々空軍パイロット向けに開発していたこの技術は、計画が凍結された今もこうして役立っている。捨てる神あれば拾う神あり、だ。

 目の数が多い利点は他にもある。例えば動体視力。同じく焦点の問題から人間の動体視力には限界があるが、複数の視覚を見比べればどこからどのくらい動いたのかすぐにわかる。同業者よりも早く、サイボーグの死体を発見できたのもこのヘッドギアの功績だ。そして今、人工複眼が新たな落下物を捉えた。落下予想地点に歩を進める。


 人型のシルエットが崩れ落ちていく。畳まれていた中足骨が開き、馬の後肢のような形状に変貌。黒いコートの中から、もう一つの「肢」とでも言うべき太く長い尻尾が伸びる。接地するまでの一瞬で姿を変えたその異形は、腕二本と大きく展開した足──踵と趾を二つずつ──そして尾の七点を地面に突き立てた。およそ二十メートルからの自由落下。無傷である。


 『グリナ』


 再び収束していく機械の体。ヒト型に戻ったそのサイボーグは、落穂拾い(gleaner)と口にした。


 『急患だからすぐ戻れ、だって』


 それが今の自分の名だ。ミレーの絵画に描かれた、収穫後に残った茎穂を拾う異邦人。 


 「”土地の収穫を刈り入れるとき、畑の隅まで刈ってはならない。あなたの収穫の落穂も集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない”……了解だ、ルー。今日はここで切り上げるとしよう」


 良い名だとは言い難いが、コウモリ喰らい(コックローチ)よりかはましだろう。機械の骸を抱え直し、帰路につく。ルーと呼ばれた半人半機の少女は黙してその背中を追っていった。


 真上から注ぐ通気孔のスポットライトが正午を知らせる。空気中の埃が日光に反射してきらめいていた。屍肉にたかる蠅の柱のようだった。


 

  

Baby in the shell 2

 

 あるいは、ぼくの世界が彩度を無くしたのは今だったのかもしれない。目を覚ませばコンクリートの天井。おおげさな機械がいくつもついたベッドに寝かされていた。


 何かが抜け落ちている、気がする。体はまるで神経の制御から外れてしまったように動かせない。記憶の糸を辿ろうとしてもうまく思考が回らない。自分が何故ここにいるのか全くわからなかった。

 病室に見える部屋には窓も時計もなく、今がいつで、ぼくがどれくらい眠っていたのか見当もつかない。何もない病室ではいくら考えても答えが出るはずもなく、ただ規則的に鳴る計器の音を聞いているしかなかった。


 一分か、一時間か、あるいは丸一日そうしていたかもしれない。ある時、病室のドアが開き、軽金属のトレイを持った少女が現れた。白い髪、白い肌、黒い服。モノクロ写真みたいな子だった。灰の瞳がこちらを覗きこんでいる。ペンライトをちかちかさせてぼくの瞳孔を確認すると、インカムに何事か話していた。


 「おまえはサイボーグなのか」


 言ってから、声を出せたことに気がついた。黒い外装の下から人工筋繊維が覗いている。少女の四肢の全てがそうだ。彼女が特種補装具の使用者であることは明白だった。肌にはまるで血の気がないが、人形のよう、と言うには眼に生気がありすぎた。少女は黙ったまま首肯する。


 「ここはどこだ」


 最重要の問いだ。国際法はサイボーグの存在を認めていない。つまり、ここは何かしら非合法な施設ということになる。この少女も、子供の形をした装具に入っているだけのテロリストかもしれない。サイボーグの外見ほどあてにならないものはないのだ。少女はしばし考え、


 『ここはわたしたちの家。あなたに危害は加えない』


 とだけ答えた。情報は渡さない腹積もりのようだ。


 「危害は加えないだと?人の体の自由を奪っておいてよくそんなことが言えたものだな」


 意識は明瞭になってきたが、未だにぼくの体はぴくりとも動かない。クスリを盛られたとしか考えられなかった。しかし、当の彼女はぼくの言葉に困惑し、答えに窮しているようだった。


 「くそサイボーグめ。今すぐぼくを解放しろと言っているんだ」


 『それはできない。いまあなたの体を組み上げているところだから』


 会話が通じない。組み上げている、なんて、ヒトの体は機械じゃないのだ。事実はともかく頭の方は見た目通りの子供と言える。


 「ぼくをお前達と一緒にするな!……そうか、貴様ら械人街の連中か?わかったぞ、ぼくの体をバラして売り捌くつもりなんだろ」


 サイボーグは狂ってる。現代においては常識だ。大戦では多くの罪のない民間人を虐殺し、捕虜を拷問にかけ、押してはいけないボタンを押した。戦後になってもサイボーグは多くの凶悪犯罪を起こしている。人身売買が最たるもので、生体部品を必要とする彼らは拉致した人間を解体して売り買いしているのだ。


 『違う』


 「何が違うって言うんだ!」


 『あの、わたしたちは……』


 好転しない状況に苛立っていると、突如病室の扉が開け放たれた。


 『イライ!目を覚ましたか!ああ……よかった』


 父親──リカルド・サンチェス議会議員──が白衣を着た長身の男を伴ってぼくの元に駆け込んできた。


 「父さん?意味がわからない、状況を説明してくれよ。どうしてここでお前が出てくるんだ」


 『覚えてないのか、かわいそうに……。お前は地下道の爆破テロに巻き込まれて大怪我したんだぞ』


 爆発。そんなこと知るか、と言い返すつもりがうまく言葉が出てこない。父の話を聞いたとたん、ばらばらになって意味を失っていた記憶が、一つに接合されていくようだった。動かない体、「組み上げている」、爆発。接合された記憶が意味を語りだす。無意識にからだを見ようとした。してしまった。それは意識の外に追いやっていた現実。


 今ここに、ぼくのからだは「なかった」。なくなっていたことを忘れていた。プールから出た後も水の肌触りがするように、指輪を外してもその固さと締め付けを感じるように、首から下がなくなっても体があるような気がしていただけだった。元より人間の脳はこんな状況を理解するようにできていない。本来「こう」なった時には、既に脳の役割は終わっているはずなのだ。奇怪な視覚情報を入力されたぼくの脳は、頭部以外を致命的に損傷したと結論づけるしかなかった。ぼくは逆説的に出力された致命的な痛みを、ただただ認識するほかない。


 抉る切る剃る折る彫る削る。


ぼくは絶叫する。体ごとミートミンサーにかけられて、こなごなに挽き潰された。視界が真っ赤に染まる。意識が焼けそうだ。手があれば今すぐ脳みそをかきむしりたかった。足があれば飛び降りて楽になりたかった。呼吸がしたかった。血液を全身に送りたかった。しかしできない。ないものはできない。でもしたい。だから痛い。すでにないはずの幻の痛み。ぼくの現実はその痛みだけだった。慌てふためく父と少女をよそに、長身の男は慣れた手つきでぼくに注射器を突き刺した。


 体がなくなり、意識がなくなり、色がなくなり。


 痛みだけが残った。

 

 

 

Making Cyborg 2

 

 「ですから、この場合の幻体痛は自然な反応です。こちらの施術に不備はありません」


 手足を切断した患者には、失った手足が未だそこにあるかのように感じてしまう症状がよく見られる。「幻肢」は時として耐えがたい苦痛で患者を苛み、患部が存在しない故に鎮痛剤も効かない。幻肢痛と呼称されるこの症状は、人間のハードとソフトの不一致によって起こることがわかっている。

 人間の細胞は代謝によって絶えず入れ替わり続けており、およそ一年で全身の細胞が入れ替わるという。それでも概ね外観や機能が損なわれないのは、DNAには人体の設計図が、脳には人体の現在図が描かれているからだ。彼らの監視により代謝の秩序が保たれ、「わたし」を構成する細胞全てが入れ替わっても「わたし」は「わたし」でいられる。

 しかし、不慮の事故──例えば不慮の紛争によって身体の多くを一度に失った場合はどうか。脳のマップは更新が追いつかず、DNAは設計図通りの姿を要求し続ける。結果として産まれる「ひずみ」が痛みとして出力されたもの、それが幻肢痛だ。

 だが、患者が失ったのは首から下全てだ。幻"肢"痛という呼び方は適切ではないだろう。かのSF作家は義肢の延長線としてのサイボーグを義体と呼んだ。ならば、幻肢痛の延長線としての痛みは幻体痛と呼ぶのが適切ではないだろうか。


 『息子は無事なんだろうね』


 「ええ、もちろん。ご子息は麻酔で眠っているだけです。この街に来たことを後悔させる気はありませんよ、リカルド議員」


 『いや、後悔などない。息子はここでしか治せない以上、私は君たちに頼るほかないのだからな』


 「賢明なご判断です」


 リカルドとその私兵達が客室に戻っていく。ラボの応接間には自分と二人のサイボーグが取り残された。


 『ごめんなさい。わたしがもっとうまく話せていたら』


 白い肌に黒い特種補装具。少女の形をしたサイボーグが口を開いた。口下手な彼女は、患者が幻体痛に苦しんだことと、そのせいでクライアントであるリカルドと一悶着あったことに少なからず責任を感じているらしい。


 「彼は特種補装具否定派の活動家だった。ルー、君の装具を見れば無理もない」


 納得がいかないのか、ルーはそれきり黙りこんでしまった。彼女はおとなしいようで少々頑固なところがあるのだ。


 「さて部隊長。急患と聞いて飛んできたが、まさか議会議員のお出ましとは。あんな上客と一体どこでお知り合いになったのかお聞かせ願いたいね」


 鉄仮面の重サイボーグは紙巻き煙草をライターで炙り、顎部排気口から紫煙を漂わせた。部隊長──ブレンドは軍の実験部隊に所属していた老齢の全身サイボーグだ。対衝撃性の球面シェルに覆われた頭部から、その表情を窺い知ることはできない。


 『リカルド・サンチェス議会議員は傷痍軍人のケアを行うNPO法人に所属していた。俺の部下だったやつがそこで世話になってな。リカルドは政治家になってからもサイボーグ容認派として有名だよ』


 サイバネティクスは元々、身体障害者の治療のために発足したテクノロジーだ。しかし、先の大戦によって大量発生した傷痍軍人達の治療と軍への再編成のため、特種補装具の技術は急速な発達を遂げた。傷痍軍人とサイボーグは切っても切れない関係にある。


 『だが、その息子イライ・サンチェスは筋金入りのサイボーグ否定派だ。数日前から続いている「械人街」解体のデモを最前線で指揮した幹部らしい。私も随分噛みつかれた』


 現在サイボーグ技術はその危険性と倫理的な問題、そして大戦で起きた多数の戦争犯罪から、国際法によってその全てを禁じられている。サイボーグ兵士となって戦場に戻った傷痍軍人達は帰るべき故郷を失った。サイバネティクスが禁止された国では自分の身体を整備することができない。それは生を否定されているも同然だった。整備ができない以上、機械の身体がじわじわと朽ちて死んでいくのを待つしかない。

 故に、サイボーグ達は戦後処理の混沌に生まれた中立地──かつての九龍砦跡のようなどの国の法も及ばぬ無法地帯に逃げ込んだ。それがこの街。通称「械人街」だ。


 『一部の過激派が混乱に乗じて暫定国境下にある地下道を爆破。彼はそれに巻き込まれて重傷。病院に運び込まれたものの体はバラバラ、脳にも損傷があった』


 「なるほど、サイボーグにならなければ一生植物人間……いや植物脳髄か」


 全ての人間は、その体を機械によって置き換えられてはならない。国際法にはそう記されている。例えそれが医療目的であってもだ。だからリカルドは息子を連れて械人街へやってきた。自分のような戦争犯罪者、特種義肢装具師も住むこの街へ。


 『容認派の中でも発言力があるリカルドに貸しを作れるのは大きい。フルスキンの全身補装具とその調整を一ヶ月以内に完了させるのが彼の要望だ』


 「一ヶ月?随分と焦っていらっしゃるんだな」


 通常、完全新規で全身補装具を組む場合、神経系や脳の施術、体感覚の調整とリハビリなどで少なくとも三ヶ月はかかる。普通の業者に頼めない理由はこれのようだ。


 『ああ。それとこの件はくれぐれも内密に、とのことだ』


 「口止め料込みの報酬か……。通りで多すぎると思った。どちらにせよ議会とのパイプができるのは願ってもないことだな」


 市民は械人街の解体を望んでいる。無国籍地となった街にはサイボーグ以外にも大量の戦争難民が雪崩れ込み、犯罪の温床となっているからだ。しかし街がなくなれば、サイボーグの居場所はなくなる。領土問題は可能な限り泥沼化してもらわねばならない。


 『それを抜きにしても、イライは俺達の新しい同胞だ。手は抜くなよ』


 「自分が仕事で手を抜いたことがあったか?装具の方は任せてくれて構わない。ジャックとハイドにも連絡を」


 『了解(コピー)


 煙草の火を金属の手で握りつぶし、ブレンドも部屋から出ていく。ルーの方はというと、まだ部屋の隅で俯いたままだった。


 『あの人はそんなにわたしたちのことが嫌いなのかな』


 「イライは活動家であると同時に熱心なユダヤ教信者でもあった。彼からすれば君は神に対する冒涜そのものだろうね」


 『神……』


 「生まれながらの半人半機である君には理解し難い感覚か。何冊か神学の本を見繕おう」


 『本はきらい』


 少女は無表情のままぴしゃりと言い放つ。完全に振られてしまったようだ。

 

 

 

Baby in the shell 3

 

 ぼくの体とたましいは神が与えてくださったものだ。ではこの、重く硬い体はなんだろう。目の前のこいつは誰だろう。ぼくの信じる神はこの男じゃない。


 『では右手を動かしてみてください。ゆっくりとね』


 言われた通り右手を動かそうとした。やはりぼくの手は石のように固まったままだ。しかし、補装具の腕はぼくの命令に従って動き始め、空を掴んだ。視覚と体感覚が一致しない。瞬間、手が潰れる痛みを味わった。


 「ぐうお……ああ」


 『落ち着いて。装具を元の位置に……そうです。まだ調節が要りそうですね』


 補装具の動きに幻肢が追従していかない。どうしてもこの機械の塊が、今のぼくの体だということを受け入れられなかった。幻体痛に苦しみながら補装具と生身の残滓をすり合わせる日々が続いている。


 あの後父から全てを聞いたぼくは絶望した。ぼくは生命の理から外れてしまった。同時に全てを失ったことを理解した。もう故郷の仲間達と語らうことはできない。もう母の墓に石を積むことはできない。こんな姿になってまで生きていたくない、ぼくを殺してくれ。そう父に懇願したが、その願いは叶えられることはなかった。

 汝殺すことなかれ──十戒の言葉。記憶の中の母から教わった言葉だけが今のぼくを生かしている。


 『サイボーグなら誰もが経験することです。体の違和感は少しずつ慣らしていきましょう』


 小綺麗な研究室に吊られているぼくの特種補装具は、グリナと名乗ったこの男が作ったらしい。深いくまを刻んだ三十歳ほどの男。胡散臭い喋りと、どこか幼さを感じさせる目の光が印象的だった。


 「あの、父は」


 『リカルド議員は一度暫定国境を越えられました。立場上、付きっきりというわけにはいかないのでしょう』


 「そうですか……」


 以前のぼくなら、彼のような技術者を憎んだはずだ。人間のたましいを弄び、肉体をこねくり回して狂喜する外道。しかし、自分の中に彼らへの憎悪を見つけることができない。言うべき言葉は形にならず、もやもやとした心情は意味を持つ前に霧散してしまう。


 『自分は他の部品を調達します。なにかあったらお申し付けください』


 放っておいてほしい。それが本音だった。なぜぼくを死なせてくれなかったのか。なぜぼくにこんな体を与えたのか。今のぼくは抜け殻だ。ぼくのたましいは体を置いて先に行ってしまったのかもしれない。

 何度か仲間から電話が掛かってきているらしいが、とても話す気にはなれなかった。共に械人街の解体を主張していたというのに、今ぼくは械人街でサイボーグになりサイボーグと生活している。死んだことにしてくれていればずっと楽なのに、ぼくのIDはどうしようもなく生きている。


 ぎぃ、と床が鳴った。見れば、あの少女型のサイボーグが、計器の陰からこちらを覗いていた。目が合う頃にはすでに隠れられてしまったが。彼女はこの数日、ああやって幾度もぼくを観察している。ぼくを笑いたいのだろう。あれだけ口汚い言葉を浴びせておきながら、今は上半身だけで検査台に吊るされていることしかできない。不様そのものだ。 


 「いるのはわかってるんだ。言いたいことがあるなら堂々と言ったらどうだ」


 結局ぼくは沈黙に耐えられず、先に根を上げた。ひとつ、ふたつ。三拍経って、やっと彼女は姿を現した。サイズの大きいコートを着て補装具を隠している。気を利かせたつもりなのだろうか。


 『神の話を聞かせてほしい』 


 「……何だと?」


 予想外の言葉だった。サイボーグが神を語るなど馬鹿げている。お前は汚れている、決して土には還れない、と言うつもりだったが、自分もそうであることに気がついてやめた。


 「それを聞いてどうする気だ。お前が祈るのか」


 『違う。本を読むより詳しい人に聞くのが早いから』


 質問の答えになっていない。ぼくが聞いたのは動機じゃなくて目的だ。グリナによれば彼女は見た目通りの年齢だと言う。とすると、単純な好奇心で聞きに来ただけなのだろうか。


 「……神は指針を示してくださる。何を信じ、何を食べ、何のために生きるか、示してくださる」


 気づけばぼくは、そのサイボーグの子供に話をしていた。


 「それを守れば救いがくる。神は最後の審判で全ての罪人を滅ぼし、ユダヤの民は救われる。だからぼくたちは神の選民として、世界があるべき姿になるように努めなければならない。神の教えである戒律を実行する。ぼくたちが救い、救われるために──お前は自分が何のために生きているか、考えたことはあるか」


 ひょっとしたらぼくは、ただ話し相手が欲しかったのかもしれない。この問いかけに意味などないことは知っている。しかし、サイボーグの考え方にも少しだけ興味があった。少女はしばらく黙考した後、口を開いた。


 『死なないため』


 シンプル極まりない答。想像の外を突かれたぼくは、思わず笑いをこぼしてしまう。


 『なにがおかしいの』


 困ったような怒ったような微妙な表情で抗議してくる少女。彼女にとっては死なないことが全てで、それが唯一の現実ということだろう。死なないために、生きる。それは正しい。どうしようもなく。


 「いや、すまない。謝る、謝るよ。えっと……」


 『ルー』


 「ああ、笑って悪かった。ルー」


 ルーはそっぽを向いた。彼女はそうしたまま沈黙してしまったので、早々に話題を変えることにした。


 「今度はぼくが質問する番だ。お前は幻体痛をどうやって克服したんだ」


 その時、ルーの空気が変わった。


 『克服はできない』


 真っ直ぐとぼくに向き直ると、彼女はそう断言した。その顔は初めて会った時のような無表情に戻っていた。


 『幻体と装具のギャップを減らしていけば痛みを抑えることはできる。でも完全に無くすことはできない。街のみんなも、部隊のみんなも』


 そして、あなたとわたしも。


 補装具を外された右腕が痛んだ。それはまるで、先刻までそこを埋めていた金属を偲ぶような疼きだ。


 「そうか」


 当然のことのように思えてしまった。生身の体を忘れることなどできやしない。特種補装具は、自分が生身の肉を纏っていると錯覚させるマシーンなのだ。使う以上、失くした痛みを否定も肯定もすることができない。


 「ぼくを眠らせてくれないか。腕が痛くなってきた」


 少女は表情を変えず首肯した。ぼくに取りつけられたタブレット端末が操作されると、重い重い眠りの泥がぼくの意識を沈めにかかった。


 痛みが残った。


 他の何かも残ったように感じてしまったのは、気のせいだろうか。

 

 

 

 『そう……、今日も帰ってこれないのね。夕食はまだだけど……わかったわ』


 父は家を空けがちだった。母が言うにはすごく立派なお仕事をしているらしいのだが、子供にとって家にいない人間は他人でしかない。時々帰ってきてやることと言えば、成績や将来のことでくどくどと説教するぐらいなのだからなおさらだ。

 それに、父はおかあさんを避けている。予定を少しずつずらして、おかあさんとできるだけ顔を合わせないようにしているのだ。子供のぼくの目にも──子供だからこそ──それは明らかだった。


 『お父さんは今日も帰ってこれないって。イライの好きなマッツァー・ボールのスープを作るわね』


 イースト菌ではなく、マッツァー粉を使ったパンとトマトのスープは確かにぼくの好きなものだった。しかしそれは、過越の祝日に食べるものだ。毎日食べるようなものじゃない。


 「うん。ありがとう、おかあさん」


 たまには他のものとか、自分の好きなものを作ればいいのに。そう思っても口には出さない。もしそんなことを言えば母の機嫌を損ねるからだ。母がとてもとても悲しそうな顔をするからだ。夜中、父と言い合いをして泣いている母の負担になりたくなかった。ただでさえ弱っているおかあさんにつらいことを言う気にはなれなかった。

 おかあさんは変わってしまった。ぼくの記憶の中の母はもっと柔らかい優しさを持っていた。ぼくにその優しさを分け与えるくらいの余裕を湛えていたはずなのだ。

 


 『私が見送るわね』


 朝、学校に行く準備をしていたぼくをおかあさんが呼び止める。もうハイスクールに通うようになったのだから、見送りはしてくれなくていいと言っているのに。


 「いや、いいよ」


 『あなたが心配だわ』


 聞く耳を持たない。ぼくはもう子供じゃないのに。


 「大丈夫だって……、それに今日はお墓に行かなくていいの?」


 『どうして?』


 やっぱりこのおかあさんは変だ。今日はおばあちゃんの命日だと言っていたのに。しかも母は、去年から一度も墓参りに行っていない。母の目を盗んで墓に行った時は雑草が伸び放題だった。以前ならこんなことはありえない。


 『おばあちゃんはもうずっと前に死んだのよ。あんなところにはいないわ』


 おかあさんがぼくの手を握ってくれる。しかし、その指は死人のように冷たかった。思わずその手を振り払う。


 「いるよ。ぼくいつも感じてたもん」


 『……いい?イライ。もうおばあちゃんは死んでるの。過去のことを考えたって仕方がないわ。そんなことより私はあなたの方が大切なのよ』


 おかあさんは構わずぼくを抱き締めた。ぼくにしがみついてくるようなその手が恐ろしかった。子供の時は感じていたはずの安らかな心地はない。


 『私はいつでもあなたを見守っているわ』


 おかあさんはぼくをその手の届くところに置いておきたいだけなんだ。底冷えするような言葉がぼくの背筋を伝う。


 『いってらっしゃい。愛しているわ、イライ』


 薄っぺらだ。ことばの意味は力を持たず、ただぼくの認識を滑っていく。愛しているなら、どうしてぼくを信じてくれないのか。ぼくはそんなに駄目な人間なのだろうか。


 「愛してるよ、おかあさん」


 機械的に、決まりきった語句を返す。おかあさんを愛している。それは事実だ。しかし、このおかあさんは本当にぼくを愛しているのだろうか。あのおかあさんは本当にぼくを愛していたのだろうか。


 

 食前の手洗いと祈りを終えて食卓につく。おかあさんが作ったマッツァー・ボールのスープを口に運んでいく。母はぼくの食事の様子をじいっと見つめていた。ぼくは努めておいしそうに食べる顔をした。もうマッツァーにはいい加減飽きがきていたが、ぼくの表情はおかあさんの視線に縫われて動かなかった。

 スープを飲み干しながら、ちらりと母の目を見る。その眼にはまるで生気がない。淀んだ灰色と目が合って、慌ててぼくは顔を伏せた。


 『そんなに焦らなくていいのよ。私はいつも見ているわ』


 いつも見ていると、おかあさんは常々口にしていた。実際、ぼくはいつも母の視線を背に感じていた。


 『私はいつも見ているわ』


 成績はいつも平均以上だった。危ない遊びはしなかった。友達は少なかった。


 『私はいつも見ているわ』


 おかあさんに心配させたくなかったからだ。小言を言われるのが嫌だったからだ。ユダヤ人じゃない子供と話すと母が嫌な顔をするからだ。


 『私はいつも見ているわ』


 いつもぼくは母の眼に怯えていた。


 『私はいつも見ているわ』


 色のない瞳から逃げたかった。


 『今もね』 


  

 

 『──おはようございます、イライさん』


 目を覚ませばコンクリートの天井。おおげさな機械がいくつもついたベッドに寝かされていた。

 昔の夢を見ていたようだ。夢は脳が記憶を整理する過程で出力されるものだと言う。曖昧だった記憶が甦り、再び意味を持った気がした。


 『全身補装具の組み上げは完了しました。お目覚めはいかがですか』


 端末に何事か打ち込みながら話すのはグリナだ。言うとおりぼくの体はできあがっていた。少し身じろきしてみると、幻体はほとんど完全に補装具を追従する。まるで最初からぼくの体の一部だったかのようだ。


 『驚いたな、適合が早すぎる……いえ失礼、そろそろリハビリに移れそうですね。もうすぐ自由に動けるようになりますよ』


 補装具の体に懐かしさすら覚える。ぼくはそれが気持ち悪かった。ぼくの体は最初から機械で、肉の器など始めからなかったように思えたからだ。ならば、ぼくのたましいが最初から機械によって作られたものではない保証はどこにあるのだろう。

 

 

 

Making Cyborg 3

 

 立つ。歩く。座る。食べる。眠る。


 慣れ親しんだ自分の体でやるのは簡単だが、他人が作ったできたての体でそれをするのは難しい。初めて全身補装具を装着した人間は、まず日常動作の訓練を始めることになる。もちろん補装具の微調整も並行して進めていく。実際に装着し、長時間動作させなければ分からない違和感が必ずあるからだ。


 倒れる。這う。すがりつく。こぼす。うなされる。


 大きな怪我をしたり、寝たきりが続いたりすれば思うように体を動かせなくなるのは生身も同じ。特種補装具という技術があっても、日常に戻るためには痛みに耐えなければならない。もっとも、彼は寝たきりというより吊るされきりだったが。

 紙巻きの煙で呼吸器のフィルターを汚す。脳の中にニコチンを錯覚した。私自身もこうしてリハビリテーションをやった記憶があるはずだが、吸い込んだ紫煙のごとく頭のどこかに混ざりこんでしまった。何せ遠い昔の話なのだ。サイバネティクスがまだ手探りの人体実験をしていたころの話だ。


 立つ。崩れる。転がる。生まれたての赤子のように。バランスを失い、派手にこけたイライを抱き起こした。


 『すいません、ブレンドさん』


 吐き捨てるように言ったイライの声には隠しきれない苛立ちが滲んでいた。生身のころは当たり前にできていたことがうまくできない。そのストレスは深刻だろう。私の手を振り払って離れたイライはリハビリを再開する。彼は急き立てられたかのように焦っていた。父親の庇護下から一刻も早く抜け出したい、と語ってはいたが、こればかりはどれだけ急いでも仕方がないのだ。地道に慣れていくしかない。

 リカルドの一人息子。三十代にさしかかろうとする人間にしてはいささか子供染みたところがある、というのがここ数週間で彼に抱いた印象だった。もし私に子がいればこのぐらいの歳になるのだろうか。もし私に子がいれば軍の被験体になることを拒んだだろうか。もし私の子がサイボーグにならなければ治らないとしたら、リカルドのように古く薄い手づるに頼ってでも助けたのだろうか。


 『どうしたの』


 傍らに立っていたルーに声を掛けられ、思考を止めた。対圧対衝外殻の鉄仮面に感謝する。これがあれば思案に暮れるさまを周囲に悟られなくてすむ。


 「なんでもない。そろそろ食事にしよう」


 ルーはそれを聞いて頷き、おぶっていた荷物を漁り始めた。


 「それはいらん。今日からは経口摂取だ。食堂に行くぞ」


 グリナのラボがある最下層から四階層上。この施設は言わばサイボーグの病院で、部隊とも長い付き合いだ。無論禁煙である。訓練室を出る直前、煙草の火を握りしめて消した。


 装具が完成したイライの身元は、ラボのガレージからここのリハビリ病棟に移された。本人はそう感じていないようだが、イライは順調に新しい体に順応してきている。グリナによれば、胴体部分の部品構成を変更したところ大きく適合度が上がったという。イライは装具との相性差が明白に出るタイプだったのだろう。

 昼過ぎの食堂はサイボーグの患者達で賑わっていた。食堂は食事訓練室も兼ねている。通常はありえないことだが、とにかく敷地が足りない械人街ではままあることだった。鶏肉の入ったバターピラフとトマトのスープをテーブルに運ぶ。


 「サイボーグが普通の食事をするのは変に見えるかね」


 茫然と座っていたイライに言葉を投げた。慌ててスプーンを握ったイライが答える。


 『いや……。ぼくもしばらく普通の食事をしてなかったものですから』


 「栄養材の投与だけで済ませていたからね。私も現実の口から食べるのは一週間ぶりだ」


 『現実?』


 「普段は仮想体感ソフトで済ませている」


 味覚はもちろん、料理の歯触りや香り、喉を伝う感覚に至るまでを再現し、補装具から脳にフィードバックするソフトウェアだ。機械の眼が捉えた視覚を脳に入力するのと同じ原理で作られている。仮想体感を噛ませながら栄養材を投与することで、身体とのギャップを大きく減らせるのだ。常在消化器官を搭載するより省スペース省エネルギーで済むため現行の全身補装具では一般的だ。


 「あんたの場合は口や鼻が健在だから関係ないがね。せっかく残っているんだ、普通に食べた方がいい」


 ルーから栄養材ペーストのパックを取り上げる。


 「お前もだ。飴以外のものも口に入れろ」


 イライのために持ってきていたものだ。彼女はしぶしぶ食事を取りに行った。


 『仮想じゃ駄目なんですか』


 バターライスを掬うのに苦戦していたイライが反発する。


 「駄目じゃないが……。そうだな、あんたは不安に思うことはないかね。体の構成要素の約八割が別物になった自分はまだ自分なのか」


 図星だったのか、イライは動揺を隠せないでいる。何もこれは彼だけでなく、全てのサイボーグが思い煩うことだ。そして、この問いはサイボーグの精神を殺す呪いでもある。


 『ここに来てから起きたことが全部他人事みたいで、まるで現実感がないです。体が変わったら人格まで変わってしまったような気がして、恐ろしくて……本当のぼくはあの爆発でもう死んでるんじゃないかって』


 「私もそうだった」


 沈黙。彼は唖然として固まっていた。


 「──テセウスはクレタ島からアテネに帰還する際に、ある木造の船を使った。これを保存していたアテネの人々は、経年劣化で腐っていく帆や甲板を新しいものに置き換えていった。形状や機能は同じにしてね。それを続けていたら、船体や舵、やがては竜骨に至るまで、全て新しい部品に代わってしまった」


 『「テセウスの船」ですか?』


 「そうだ。全ての部品がオリジナルと置き換わった時、それは『テセウスの船』と呼べるのか」


 唯物論的に考えれば、答えは否だ。船はある複数の部品の集合体であるから、全ての部品が置き換わった時、それは最早テセウスの船ではない。しかし意味論的に考えれば、設計や構造、使用目的等を同じくするぴかぴかの船も「テセウスの船」だ。これは物体のアイデンティティが何によって決定されるかというパラドックスであり、過去様々な解答が試みられてきた。


 「部品がオリジナルかどうかは関係なく、その役割や行動を遂行している方が本物だと私は思う。生身の頃の習慣を続けていれば、私は私でいられると信じている」


 自分を失ったサイボーグの末路は悲惨そのものだ。記憶と意識が混濁し、欲望やトラウマに任せて自らの体を作り替える。最後は本能のままに暴走して分解されるか、自分自身の体に潰される。


 『……煙草はそれで』


 最適化された呼吸器は紫煙のような毒物を通さない。煙草を吸ってもフィルターの寿命を早めるだけだ。唯物論的には何の意味もない行為であるが、私にとっては重要なことなのだ。


 「ああ。あんたも生身の時のように体を動かしたいなら、生身の時のように食べることだね」


 長話をしてしまうのは年寄りの悪い癖だ。いつのまにか席に戻っていたルーが呆れたようにこちらを眺めていた。私の言葉を聞いてひとしきり考え込んだイライは、やがて意を決したように口を開く。


 『食前の祈りを捧げても?』


 「勝手にするといい」


 彼はぶつぶつと何事か呟き始める。ヘブライ語の祈りの意味は知らないが、共に手を合わせておいた。





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