そして女王は処刑台に立つ。
前書きとして言葉を残すなら、僕は日本国民としてそれなりに憲法を大切にしたいと思う。これはきっと、今の時代に生まれてきたからなのだろうけど、与えられた権利と自由は愛おしい気がする。尤も、自分は必要以上に出張る人権団体やらご高尚なNPO法人に籍を置いていないため、これといった言及は控えたい。
さて、そんなわけでこれから読んで頂くわけですが、気分を害された場合はどうぞ途中で切り上げてください。見たくないものを見るなんて、よっぽどな重要場面以外しなくていいと思うので。
あと、できればこれのジャンルを教えて欲しいところ。
女王の治める国がある。そこでは奴隷制度が採用され、一部の知識人と多くの労働力によって発展し続けていた。しかし国家として見るとその繁栄は誰もが羨むほどであったが、国民を見ると貧富の差は大きく、まるで張りぼてのような国となっているのが実態だった。
そんな国の女王は夜な夜な護衛もつけず、変装をして城下町に出かけていた。行き先は女王自らが保有する屋敷の馬小屋である。そこで彼女は毎日のようにある男に会っていた。
女王が小さな馬小屋に入ると、そこには3頭の馬が柵の向こうで眠り、1人の小汚い男が柵の前で丸まっていた。彼女はその男の元まで歩いて行くと、冷徹な眼差しで見下ろし、綺麗な脚を美しく振り抜いて男の脇を蹴り上げる。
「奴隷、私がきたのよ?」
男は蹴られた場所を押さえて呻き声をあげるも、よろりと身を起こし、女王の前で平伏した。夜の寒さにボロ服1枚だけという男は肩を震わせていた。女王はそれを見て、男の前にしゃがみこむ。
「寒い?服を貸しましょうか?ろくに食べられず、痩せこけた貴方なら私の服でも着られるでしょう?」
「滅相もありません。女王陛下の服を汚してしまっては…」
「それもそうね。顔を見せて」
男は怯えた表情をして女王の顔を見る。その顔は泥で汚れていて、その泥は男の傷の数々を覆い隠していた。
「酷い傷ね。今日は誰にやられたの?」
「屋敷の使用人の方々に…」
「それは可哀想に。普段は今の貴方みたいに怯えているのにね」
女王は男の左頬を人差し指で撫で、泥汚れを部分的に拭う。すると泥に隠れていたあるものが姿を現した。
「じゃあ屋敷の使用人は全員処刑しましょう」
「女王陛下…!」
男は目を見開く。そして自らを痛みつけた者達を頭の中で思い浮かべながら女王に何か言おうとしたところ、その口は彼女の泥で汚れた人差し指によって押さえられる。
「大丈夫よ。だって、彼らは私のものを傷つけたのだから」
男は無意識に自分の左頬に押されたそれを思い出す。そこには奴隷の身分を絶対的なものにする烙印が押されていて、彼は女王に買われた奴隷なのだと身震いをした。
「貴方を買う時、金貨200枚よ?金貨200枚、それは私が履く靴と同じ価値よ。使用人が女王である私の靴を汚して、何も罰を受けないのはおかしいとは思わないのかしら?」
「しかし女王陛下…自分はただの奴隷。使用人ほど価値があるわけではないのです。貴方は靴のためにより価値のある物をお捨てになると?」
男の声は情けなく、女王は耐えかねるように吹き出した。そして男の目を見て口を開いた。
「誰が貴方より価値があると?」
「使用人の…」
「冗談はやめなさい」
女王は立ち上がると、男の周りをゆっくり歩き始めた。男は顔を青ざめて咄嗟に平伏する。
「使用人には毎月銀貨25枚を支払うわ。この屋敷にいる使用人は17人。全員が雇われて5年未満。まだ金貨200枚には到達していないのよ。少しもね」
男はお金に触れたことがなかった。だから女王が何を言っているのか、全てを理解したわけではない。しかし何を言おうとしているのかは理解し、唇を少し噛んだ。
「それでも自分は………奴隷ですから」
女王は男の後ろで立ち止まる。そしてそこにいる弱者を見下ろし、呆れたようにため息をついた。
「じゃあこう言えばいいかしら?」
女王は男のボロ雑巾のような髪を強引に掴み上げ、苦痛に顔を歪めた男の耳に口を近づけた。
「お気に入りの靴を取るに足らない小者どもに汚されたんだ。私がどうしようと構うまい」
その声は熱した鉄をも一瞬で凍らせてしまうほどに冷たく、男は何に対して震えているのかわからなくなった。一方の女王は静かに笑って見せ、男の髪を引っ張って真横に引きずり倒した。
「これが許されるのは私だけよ」
女王は頭を抱えて苦しむ男の頭を踏みつけた。
「女王陛下……どうかお許しを」
それからというもの、男は蹴られ、引きずられ、蹴られ、転がり、泣いて、叫んで、また踏みつけられる。女王のその動作に躊躇いはなく、ただ冷淡に、残酷に、男をいたぶり続けた。それは10分20分と続き、その間に女王が口を開けることはなかった。
「私は一方的な暴力があまり好きじゃない」
女王がようやく口を開いた頃には男は血と泥に塗れ、どこを見るでもなく目を薄っすらと開き、力なく地面に倒れていた。
「あまり好きではないのだけれど、使用人だけが貴方にやるのは不公平でしょう。私にも同じ利用をさせなさい」
女王は倒れたまま動かない男の目の前に屈む。
「代わりにこれをあげるわ」
そう言って女王は隠し持っていたナイフを男の手に握らせた。
「私は一方的な暴力が嫌い。じゃあ今の貴方はそのナイフをどう使うのかしら?」
男の身体に力が宿る。
「そう、それでこそよ」
次の瞬間には女王は湿った藁の上で押し倒されていた。女王の上に乗っているのは…ナイフを手にした男だった。そして男は荒い鼻息を立て、ナイフを女王の首に突きつける。
「自分は…!俺は…!あんたらが大嫌いだ!」
男はまだ震えていた。しかしそれが恐怖でないことはその熱い目を見ればすぐにわかった。
「知ってるわ」
男の持つナイフが震え、女王のキメ細かい肌を浅く傷つけると、少しばかりの血が首を回る。それでも女王は男を見透かし、嘲笑うかのような目をしていた。
「どうして…どうして俺は…!」
男は何かを口にしようとする。しかし男は不意にも女王の体の方に視線を落とした。当然、そこには男とは違う美しい女体があり、生まれて初めて誰かの上に立った男はごくりと喉を鳴らす。そして、空いている手で女王の両手を彼女の頭の上に押さえつけ、ナイフを持つ手に力が入る。
「女王陛下…なぜ何も抵抗しないのですか?」
男は自らの沸き立つ興奮を抑えつつ、女王の顔を見て尋ねる。女王はゆっくりと口を開いた。
「私は腕の立つ将軍でも兵士でもない。そもそも男でもなく、女の中でも決して力強くはないだろう。そんな私が抵抗して何になるというのかしら?」
女王は男の目の奥を覗き込んで笑う。
「怖くないのですか?諦めるのですか?」
男はナイフを捨て、女王の鎖骨に触れる。
「怖いわね。今にも泣き叫びたくなるわ。でもね…」
女王の視線は揺るぎなく男の目を捉え続ける。そして彼女は首を伸ばし、男の顔に近づくと……冷たく笑った。
「お前は何もできないでしょう?だって、お前は弱者だもの」
男はこの時、初めて人を殴った。
「馬鹿にするな!」
初めて人にされてきたことを人にした。
「俺だって!俺だってできるんだ!」
1回、2回、3回、その初々しくも痛々しい打撃音は馬小屋に何回も何回も響いた。
「クソッ…クソッ…クソッ…!」
こうして男は初めて力を使った。それは抑圧されてきた男の全てを解放するに等しく、一瞬にして男の頭を軽くした。
「どうだこの…!ハハッ!」
しかし男が思わず笑い、ついに女王の胸元に手をやった時だった。男は自分の血で汚れた手を見て固まった。
「違う。こんなことを俺は望んでいない」
男に迫ったのは後悔だった。男は感情の赴くままに、抑圧されてきた全てを女王に向けた。それが今になって後悔となり、男の動きを止め、大量の冷や汗とともに男の熱い頭を急激に冷やしていく。
果たしてどこに男は後悔したのか。
女王はその答えを知っていた。
「貴方、自分で私達が嫌いと言いつつも、結局はそうやって力を使ってしまうものね。実に滑稽だわ」
女王は特に力を入れることなく、両手の拘束から脱すると、ひどく怯え始めた男の左頬を手で撫でる。
「ちなみに、貴方が言えなかった言葉の続きを教えてあげましょう」
男は力なく女王の上から降りると、その場で頭を抱えてうずくまった。対して女王は顔に出来た傷の数々から血を流すも、特別気にすることもなく、悠然と立ち上がる。
「よく聞け奴隷」
女王は男の耳元で囁く。
「どうして俺は弱いのか、お前はそう言おうとしたのだろう?」
男はあっという間に力を失った。そこに女王は問いかける。
「では問うわ。貴方は奴隷をやめたい?やめたいなら奴隷から解放してあげる」
男は咄嗟に顔を上げた。
「市民になれば、今より酷いことは起きないでしょう。何より、貴方は自由が手に入る。もちろん税金は払ってもらう。でも私に無害であれば、どんなことをしようとも勝手にして構わないわ。私には関係がないことだもの」
女王は服のポケットから1枚の紙を取り出して男に渡す。
「貴方と私の契約書よ。市民権を持たない貴方の身分を唯一証明し、貴方を絶対的に拘束する書類よ。それを破り捨てるのであれば、私が貴方に新しく市民権をあげるわ」
それは奴隷として生を受けた男にとって、まさに夢のような話だった。そして、女王の奴隷として彼女を知る男は女王が嘘をつかないことを知っていた。男はただその契約書を破ればいいだけ。そうすることで男は弱者から抜け出すことができるのだ。
男は迷わなかった。
「この契約書はお返しします」
男は女王に頭を下げて契約書を差し出した。
「自分は……怖くてしょうがないのです。どうかお捨てにならないでください。自分を側においてください。女王陛下…我が主人」
男は自ら進んで奴隷であることを選んだ。男はこの時ようやく、今まで自分が何に怯えていたのかに気がついたのである。
「貴方は奴隷の地位に安住するつもりなのね。ええ、それも悪くない。貴方が選んだのなら」
女王は契約書を受け取り、自分の足元で震えている男を見下ろし、一瞬だけ眉を顰める。
「ねぇ、でもそろそろ私は市民に殺されるわよ?行き過ぎた奴隷制度と時代遅れな封建社会、近々この国にも革命が起こるんですって」
女王はまた男の髪を掴み上げる。そして今度は男の目に対して口を開いた。
「奴隷制度も廃止になるそうよ。それでもお前はここにいたいか?」
男は伏し目がちに答える。
「自分は女王陛下のものですから」
それを聞いた女王は冷たく笑った。
しばらくすると、女王は大勢の市民を前に処刑された。誰も彼もが圧政の象徴に罵詈雑言を浴びせる中、男はどんな顔をしてあの馬小屋にいたのだろうか。
危うく官能小説を書くところだった…などと一瞬だけ焦ったのですが、いかがでしたか?まぁ、結局何を伝えたかったんだお前は?という感じにはなりますかね。一応、伝えたいことは伝えたつもりなので、卑怯な言い方をすれば、分かる人には分かるかと。もちろん解釈は人それぞれ。そうでなくてはキリスト教宗派もあんなに多くなってないのでは?
一応言っておきますが、僕は奴隷制度を認めちゃいませんよ。でも、農奴的な雰囲気の社会にはなりつつあるような…っと、社会派ではないのであれですけど。
それから、個人的に最も伝えたいことは「英雄の登場はあまり喜ぶべきじゃない」ということですね。革命の英雄とかって、正直どうにかこうにか生き残れている社会的弱者を激動の世界に突き落とすもんですから。
お前らは強いからいいけど、急に世界が変わったら基本的に大多数は困るわ。っていうね。
感想と評価は大歓迎。ただ酷評は心が折れますので、お手柔らかに。