猫の王子はニャンと言わない
不定期更新。心のままに書きます。
穏やかな日差しが差し込む中庭の一角のとある部屋。そこには豪華な装飾が施された赤いふかふかのソファーが置かれていた。外に向かって大きな硝子扉が中庭の側に開け放たれており、ふわりとした金色の髪をわずかに揺らす程度のそよ風と庭から貰った陽光が垂直に近い角度を付けて部屋に入り込んでいた。
「ふぁぁぁ……」
俺は猫王子である。
ソファーの置かれている床にはカーペットが敷かれており、そこで今日は優雅に午睡と洒落込もう、と決めていたのである。
(とたとたとたとた…………)
微かな足音が聞こえる
(「…………おにぃたま~!」)
幼な声のおまけも微かに聞こえる程度に響いてきた。
とたとたとたとた
「…………おにぃたま~!」
足音と声は次第にその音を大きくしていく。
足音がそばまで近づいてきたとき、それはぴたりと止んだ。
どんっ!
庭先とは間逆にある扉がノック無しに大きな音を立ててに開け放たれた。全身がビクッと震え、俺は恐る恐る扉の方を見た。
「おにぃたま!ここに居たにゃん!」
そこには白いドレスに身を包んだ桃色の長い髪から猫の耳が生えた仔猫、もとい幼女が立っていた。
我が妹、セリカである。
内心やれやれと思いつつも、可愛い血を分けた妹には思わずニッコリせざるを得ない。
「やぁセリカ、もうお勉強は終わったのかい?」
「もうとっくにお昼よ、おにぃたま。午前のお勉強はとっくに終わってるにゃ!」
セリカは腰に手をあてて得意げにポーズを決めたかと思うと、とてとてとやってきてそのままソファーに飛び込んだ。
「ねぇねぇ、おにぃたま『ニャン』と言ってにゃ!」
いつもセリカは俺にこのようにお願いをしてくる。しかし俺は『ニャン』などという恥ずかしいセリフを口にしたりはしないのだ。猫だが、猫王子ゆえに。
「セリカがいい子にしてたらそのうちな」
「おにぃたま~!いじわるしないで~!『ニャン』と言って!」
ソファーをばたばたとはたいて揺らしながらセリカは俺に懇願している。
「あらあらこれは何の騒ぎですか?」
そう言ったのはメイドのフェネスだ。騒ぎを聞きつけていつの間にかやってきたようだ。
「フェネス、丁度良かった。いやぁ聞いてくれ、セリカの奴がだな、突然部屋に押しかけて昼寝の邪魔をしてきて困って・・・。」
「おにぃたまのいじわる~!」
セリカは俺が言い終わる前に一層の批難をフェネスに表明した。
「ライア殿下、お昼寝などいけません。そもそも殿下には王子としての自覚が足りてないのです。」
これはいけない、2対1でいささか分が悪い。
「フェネスぅ~、おにぃたまがね、お願いしてもね、『ニャン』と言ってくれないの~!」
フェネスは俺とセリカを交互に見た。
「ライア殿下は仮にもスコティッシュ家の『猫王子』です。セリカ姫のおっしゃる事もごもっともでございます。」
……うむ。俺は猫王子だ。そして、だからこそまったくこのスコティッシュ家は訳が分からん。血を分けた妹セリカは確かに血を分けているが、俺から見ると義理の妹なのだ。
なぜなら俺は、異世界からやってきた移転者なのである。
「おにぃたま~、『ニャン』と言って!」
……やれやれ、困ったものだニャン。
はじまりました。