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第三者視点

彼女は、どす黒く変化した鬼を前にしても尚、穏やかに笑っていた。最強とも言われる大海を統べる神ワタツミの巫女。






「酒呑童子は、俺たち鬼の中でも最も純血に近いと言われとる。純血の鬼の戦闘能力は、犬神や猿神に引けをとらんとも言われるとる」





「だから、どうした?」





「久しぶりにタマが怖いわ」





「アイツは、意味なく俺たちに刃を向けることはないぞ?」





「わーっとる。でもな、朔夜。お前は姉弟として育ってきたから思わんだけや。ただの、神殺しの巫女が、何であんなに戦闘能力が高いんや」






普通なら渡り合うどころか、瞬殺されるがオチやで?そう続けた一宮の言葉に、朔夜は目をしばたたかせた。こいつは、何を言っているんだろう。





「巫女ってそんなもんじゃないのか?」





「はぁ?」





「いくら、アイツが規格外でも戦えない巫女って居るのかよ?」





「は?朔夜、何を言っとるん?周りをよぉーに見てみ?戦うこともおろか結界すら張れん巫女ばっかやで?穢れ祓いも出来んような巫女やで?」






なんやコイツ。いつの間に、タマが基準になったんや。ふさふさの黒い尻尾を、機嫌良さそうに揺らしとるけどさ、何やコイツ。





「大体、戦える巫女なんてそうそう居ないからな?そもそも巫女なんて戦えなくて良いもんなんだぞ」





「そうや。巫女は、神の声を聞き伝える役目やし。タマみたいに血を被る巫女はすっごい数少ないで。朔夜、知らんかったんか?」






刀を振るい、酒呑童子の首を取ろうとする環妃を見ながら、朔夜は御先と一宮の言葉を噛み砕いていた。





「…そういえば、御所様の奥方(巫女)も戦えないし、アイツも最初は戦えなかった」





「だろ」





「戦えなくて普通なのか」






「戦えなくて普通っつうか、神様の巫女は花嫁でもあるからなあ。元より、タマは人とは違う立場だったんやろ?」





「まあ、元々は生け贄だったらしい」





「生け贄ぇ?」





「村の人間は巫女なんていう観念がなかったから、神様の供物として、神様のものとして、捧げられたって聞いた」





「生け贄を巫女と呼ぶ地域も少なくはない。今となっては生け贄制度は廃れたが…」






御先と朔夜の言葉が衝撃的過ぎて、一宮は言葉が出てこなかった。どこまで悲運な娘なんや。今どき生け贄なんてと笑い飛ばせても、当時は笑い飛ばせなかっただろうな。






「父上は、母上を愛していたし、人間が好きだったからアイツを巫女として育ててきた。神様の糧になるから誉れ高いと両親は呆気なく、アイツの手を離したんだと。アイツの為に、父上は生け贄制度をなくすように、ワタツミ様に頼み込んだんだ」





「…へえ、」





「時が来たら、村から離れた場所で暮らせるように、巫女でも生け贄でもなく、人として生きていけるようにって父上と母上が、色んなことを教えたらしい。でも、叶わなかったけどな」





「朔夜は、それでええんか?巫女は、本来神様の花嫁や。愛されて当たり前の存在だ。でも、タマは花嫁でもなんでもない」





「さあ?それが正しいことなのか、悪いことなのか、俺には分からない。俺も、そのときは御所様に引き取られて、御所様と奥方にアイツが全部悪いって聞かされていたもんだから、アイツを殺したいほど憎かったんだ。幼かったからな、調べる術もなかったし」





「殺したいほど憎かった、か」





「あぁ、もちろん今はそんな気持ちないけどな?だとしても、俺が今アイツに近づいても、御所様の反感を買うだけだろう。今度は名前だけじゃなく、命を捨てなければならない事態になりかねない」





「…情けないな、犬神」





「何とでも言え」






朔夜は、酒呑童子と戦う環妃を見た。アイツは、どんな気持ちで今まで生きてきたんだろう。どんな気持ちで、生を延ばしてもらったんだろう。





一緒に野原を駆け回ったあの時、寝物語を読んでくれたあの時、母上にプレゼントする花冠を作りあっていたあの時。もう、訪れることのない幸せだった頃。





二度と、交わることのない幸せ。






「ーー酒呑童子、茨城童子の元に還ろうね。彼女と約束をしたんでしょう?幸せになろうって。だぁいじょうぶ、今度は誰にも邪魔されないからね。私が、守ってあげるから」






いつの間にか地面に倒された酒呑童子。環妃は、酒呑童子に馬乗りになり、切っ先を心臓に突きつけていた。柔らかな声音で、子守唄を歌うように言う。






「茨城童子が待ってるよ、還ろっか」






突き付けた切っ先が、心臓に押し込められた。噴き出す障気に、朔夜たちは後ろに飛び退く。障気のなかに残された酒呑童子と環妃。






「だぁいじょうぶだって。私を信じなさいな。穢れた部分は、置いていって良いよ。私が引き受けるから。ほら、茨城童子が待ってるよ」






話をしているのだろうか、環妃が可笑しそうに笑っている。コロコロと、鈴を転がしたような声音。だぁいじょうぶ、だぁいじょうぶ。そうやって、何度も宥めるように繰り返す。






「ちゃーんと居たでしょ?ふふ、次に生まれてくるとき、覚えてたら私の所においで。茨城童子も一緒に連れてくるんだよ。ん?あの子たち?あぁ、教えてくれてありがとう。うん、助かったよ。君たちの幸せを願っているからね」






障気が収束したと同時に、酒呑童子の姿は消えていた。大地に突き刺さった刀に、すがり付く環妃。何度か肩で荒く息をして、顔をあげた。






「終わったよー!!行方不明の花嫁たちは、全員無事!この奥の洞窟に居るってさー」





あー、マジで疲れた!!





環妃は、そう言って倒れた。穏やかに繰り返される呼吸に、御先たちは顔を見合わせる。この巫女のおかげで誰も死なずに、愛しい娘のところに帰れるのだ。





「ゆっくり休めよ、タマ」





「タマちゃん、お疲れ様。タマちゃんの仕事とは言え、ラスボスをタマちゃんひとりに任せて悪かったね」





「たまには共同戦線も悪くないなァ、お疲れさん」





「ははは、タマのおかげで暫くはのんびり出来ますねぇ。お疲れ様でした」





「じゃ、我等は帰るとするわー。九尾くん、タマによろしく伝えといて。よーし、俺んちの神様!道繋いでねー」






環妃が召集を掛けた同業の協力者たちは、口々に労いの言葉を掛けたあと、すっと音もなく消えた。何あれ、神様ってそんなことも出来るの?





「よ、し、花嫁を回収したあと俺たちも解散な」





「朔夜、タマのこと頼むで」





「は?俺の話、聞いてなかった?」





「知らん。だが、タマには味方が多いみたいだから安心しろ」





「ーー俺たちも、世話になったからな。何かあったら頼ってくれや」






こうして、酒呑童子との戦いは幕を下ろした。

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