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嚆矢

 明転した眼前の景色は浪漫溢れるものであった。

 石畳の道路の中央には一定間隔で花壇があり、そこに広葉樹が植えられている。道の両側には木組みの家々が建ち、中央の広場には噴水がある。

 勇人は久方振りに味わった死の感触に肌が粟立ち背筋が凍ったいたが、それ以上に安堵していた。

(……良かった。『たとえこの身が潰えても(ネバー)』は機能するようだな)

 自身の持つ最大の武器『ネバー』――いわゆる死に戻りが発揮できたことに喜ぶとともに感謝する。

 これがなければこの異世界なんて、とてもじゃないが生きられない。この世界にしかない法則や異形のものなど星の数ほどあるのだ。


 死した直後で恐怖に染まっているが冴えた思考で状況を整理する。

「あれは……明らかに俺に憎しみを抱いていたな。何なら名前まで呼ばれた。ってことは人違いではない。この十年で何が起こったんだ?」

 余りにも過去と、想定と違い一瞬「不可能」の文字が頭に過るが、自分と同じ英雄の言葉を思い出し脳内から削除する。

 前の自分の不可能を、今の自分が可能にする。『ネバー』はそのための能力なのだから。

 この状況を理解するために自分ができることはやはり一つだ。

(何もしてこない弱い者に聞こう)

 少なくとも、瞳孔が縦に開いてない者に。

 英雄への道程を探すために、もはやポリシーなど気にしていられない。力のあるものが自由にできる。それは自然の摂理だ。弱き者が持つ情報は純度が低いが、一般的な意見を聞くことができる。

 大義名分を作り終えた勇人は、さっきの様子を見る限り市民が集まっているであろう中央広場へと向かう。

 予想通り人だかりができていた。だが戦争から想像される暗い感じではなくむしろ活気がある。

「何してるんだ?」

 みんな一箇所に集まって何かに注意を向けているため、誰か一人を捕らえることは難しそうだが同時に、近づいてもバレないとみて人だかりに歩みを進める。

 近くと、声の中に怒号が混じっている、というよりほぼそれだと気づく。しかも人によっては何かを投げつけている。

(なんだ?罪人か――)

 少し高めに設置された木に、人間が、魔法使いが、エルフが、ドワーフが、ドラゴンが、アンドロイドが吊るされ、血濡れになっていた。そして、そのどれもに見覚えがあった。

「――ヨタ?アラジア?レンナ?グラッド?ツァイス?カイリ?」

 いや違う。違う。違う。違うという確信がある。

 人混みをかき分けて石だらけの壇上に上がる。そして確信は砕かれた。

「みんな………ほんとに……?なんで?」

 血に染まり傷だらけになり皮膚が紫に腫れているが、それでも見間違えるはずがない。かつて戦いを共にした仲間たちだった。

「ユ……ト?」

 微かに、聞こえた。覚えのある、しかし記憶より遥かに弱々しくて消え入る間際の声。かつて、そして今も好きな人の声だった。

「レンナ‼︎」

「ふふ………おかし……よね、こんなの。私たち世界……救ったのにね」

「すぐ直すから!まだ……!」

「せっかく……会えたのに、こんな形でごめんね」

 そんなの聞きたくもない。見える未来を否定するため魔法を唱える。

「『回帰への天秤ジャッジメント‼︎』」

 微かな声が耳元に響く。

「こんな世界、救わなきゃ良かった」

 彼女の、誰よりも世界を愛した人の、最後の言葉だった。

「え…………嘘だろ?だっ、治療魔法‼︎……まだだ‼︎」

 もう一度、何度かけてもレンナ――好きな人が動くことはなかった。

 茫然とした。だがその時間も長くはなかった。背後が騒がしくなると首に激痛が走り、そのまま暗転した。殺されたのだ。間もなく明転し最初の地点へ戻ると気がつく。「今なら間に合うのでは?」と。

 だが、彼女は何度も「ごめんね」といい、何度も「救わなきゃ良かった」と言った。どれだけ急いでも。どれだけやり直しても。

 何回視界が明るくなり、暗くなっただろう。何回希望を持ち、絶望しただろう。その果てに勇人は気がつかされた。


 俺に彼女は救えない


と。

あのまん丸の目で驚いた顔、眉尻を下げて困った顔、口を尖らせて怒った顔、頬を赤らめ照れた顔、今にも寝そうな顔、咲いたように笑った顔。

 世界を愛し、希望に輝く花をやつらは摘んだ。


 心が決壊した気がした。

 殺した?殺された?あいつらが?死んだ?何で?お前たちのために戦ったのに?自分の身体も日々も犠牲にしたのに?なぜ?こんなやつらが?こんなやつらに?こんなやつらのせいで?俺の親友が、畏友が、盟友が、心友が、戦友が、好きだった人が!!!!



 殺す。


 英雄なぞどうでもいい。


 何を差し置いても。


 こんなやつらは。


 こんな世界は――


 四人の集団が意気揚々と通路を走っていく。その瞳は純粋で残酷で、今最も彼が嫌悪する感情にあふれていた。

「もうみんな着いてるってよー!」

「早いなー。道具は俺たちが持ってるのによー」

「何持ってきた?」

「へへ、これだよ、手持ち花火。これをあいつらの顔面にでもぶっ放――」

 男の首が落ちた。鼓動に合わせて血が噴き出る。

「は――」

 合計で八つの物体が地面に落ちる。その後ろには、暗く、黒く、冷たく、だが烈々と燃え上がる感情に支配された男が立っていた。



「……俺は。俺は一度この世界を救った。だが。決してお前らのような屑のために世界を救ったのではない。あいつらのために、あいつらが望んでいたから救ったんだ。あいつらがいないこんな世界。あいつらを殺したこんな世界なんて。……今ならあの魔王がこんな世界を滅ぼそうとしたのもよくわかる。だが俺はこんなことにも気付くことができずに、あいつを殺してしまった。けど俺には、あいつを倒すだけの力がある。俺ならあいつの成し遂げたかったことができる。俺は――世界を滅ぼす魔王になる」



――滅ぼしてやる。


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