隔たり
実に十年ぶりとなる異世界であったが、その風景は今も変わらず、現代日本を生きる勇人にとっては浪漫溢れるものであった。
石畳の道路の中央には一定間隔で花壇があり、そこに青々とした広葉樹が植えられている。道の両側には木組みの家々が建ち、中央の広場には噴水がある。時が経った今でもそれらは変わらなかった。
(どうやら初期地点は毎回ここのようだな。しかし――)
以前とは明らかに違う点がある。それは住民の様子だ。何かあったような、そんな慌ただしさだ。みんな中央広場の方へと向かっている。その理由を考察する。
(うーん。やはりこちらに侵攻しているからだろうなー。多分物資の輸送や徴兵とかがあるんだ)
いきなり前面に出て行ってもいいが、まだ全容が明らかになってはいないから出しゃばるべきではないだろうと考えて、最初のリスポーン地点である、人が通らない脇の小道で待機し様子を窺う。
そして丁度いいところに人――エルフだが――が通る。これは声をかける絶好の機会だ。建物の陰から半分ほど顔を出し、まずは下手に出る。
「……ぁぁ、あ、あの」
(しまった!)
勇人は仕事を一緒にするでもない知らない人と会話するのは実に3年振りだった。彼もまさか長年のニート生活がこのようなところで影響を及ぼしてくるとは思いもしていなかった。
エルフは怪訝そうに勇人を見ている。
(ええい!下手に慣れないことをするから萎縮してしまったのだ。俺はこの世界を救った英雄なのだからもっと堂々としてていいんだ!)
隠れることをやめ、エルフにしっかり顔を向け話し始める。
「俺は勇人。佐藤勇人だ。ほら10年前――」
「――きゃあああああ!!!」
女のエルフから勇人に向けて、黄色い歓声ではない、英雄に向けるべきでない、明らかな敵意と拒絶の篭った絶叫があがる。
「は?」
歓迎と尊敬の眼差しを受けると予想していた英雄は、その真逆の反応に困惑する。
助けて!と叫びながら走り去っていくエルフにどうしていいのかわからず動きが止まってしまう。
(俺の能力にこういうとき使えるのはあるけど……無いな。)
敵であるならば別だが、一般人であろう者には何もできなかった。いや、してしまえばそれはもう英雄ではない。
この場に留まるのは悪手だと考え、場所を移すことにした。