001シャルル・ホワイティスの朝ごはん
ご都合主義でれっつごー
私――シャルル・ホワイティスの朝は早い。
遠方に連なるアクリア山脈から朝日が顔を出す前に、白み始めた空に向かってニワトリが高らかと鳴く事によって目を覚ます。
床を整えた後に作業服に着替え、栗色のクセが強い髪をポニーテールに束ねながら外へ出る。本来、女性がうなじを見せる行為は恥ずべきものとされているが、不干渉の森に住む私を早朝から見る人間などいないので気にしない。
作業服である紺色のワンピースをひらりとさせながら、外にある井戸から水をくみ上げると、顔を洗ってすっきりするのは欠かせない。指先一つで清潔にする魔法はあるけれど、水を肌で感じるのは大切だと思うんだ。桶に残った水をバケツに移し、それを両手にぶら下げながら家庭菜園という名の畑へ向かえば、どこからともなく、ふぅわりふわりと精霊達がやってきて、朝の挨拶とばかりに次から次へと頬にキスをしてくれる。
時々、イタズラな精霊が私の持っているバケツに入って水浴びの真似事をしてみたり、ポニーテールを小さく引っ張るけれど、バケツに手を突っ込んで指先でピッと水しぶきを飛ばしてやれば『きゃっきゃっ』と喜んで私の周囲を飛び回る。
実際、実態のない精霊達に水しぶきをかけることは不可能なのだけれど、そういうフリをするだけで、精霊達が喜ぶので良しとする。いくら私が精霊に好かれる性質とはいえ、無下に扱っては罰があたる。
そんなこんなで家庭菜園――とはもはや呼べないほど広大になってしまった畑に到着すると、バケツを置いて周囲を見渡し両手を広げて生まれたばかりの水に属する下位精霊達を呼び寄せる。呼ばれた下位精霊達は次から次へとバケツの中に飛び込み、一気に飛び出せば霧状の水をまき散らす。
これも自分が魔法を使えば、わざわざバケツで水を運ばなくても簡単に水まきくらいはできるのだけれど、朝から働けば働いた分だけお腹がすいて朝食が美味しくなるし、生まれたばかりの下位精霊達はうまく自分の力を操作できないまま消えてしまう事があるため、こうやって上達する手助けにもなる。
まさに一石二鳥であるがゆえのひと手間だ。
「今日もありがとう」
水まきを手伝ってくれた下位精霊達に感謝の言葉を述べれば、小さな精霊達は嬉しそうにくるくるとダンスを踊る。
ふわんっ、ふわわんと手を取り合って、空中をくるりくるりと器用に飛び回る姿は本当に可愛らしい。
昇り始めた太陽の光に反射し、霧状の水がキラキラと瞬いたかと思えば虹をつくり、他の精霊達はその小さな虹をくぐって遊んでいる。
思わず笑みをこぼしながらようやく空になったバケツを手に取って、手ごろに育った野菜を収穫する。
保管庫に残っている材料を頭に思い浮かべながら、今日はちょっと収穫が遅れて固くなってしまったアスパラガス三本と小ぶりなレタス、トマト一つを収穫。
収穫時期がずれている? って思われるかもしれないけれど、聞いて驚け。
私が開発した《収穫時期・変わるんですクン》という肥料のおかげで、春夏秋冬問わずいつでもどの時期の野菜でも食べられるようにしてみたのだ。
家庭菜園を綺麗に四等分して、土に混ぜる肥料の量を変えるだけで、周囲の空気や気温、気候が春夏秋冬に分かれている。
成功したときは驚いた。だって、空気が酷く蒸し暑くなっているすぐ隣で豪雪だったり、ぽかぽかとした陽気の隣では木枯らしが吹いていたりと、超複雑な状況が出来上がっていた。ちょうど半分にあたる位置に立って遊んだのはいい思い出だ。左側の鼻から鼻水が止まらなかった状況だったとしてもいい思い出だったのだ。以後、気を付ける教訓となったので。
さてさて。
家庭菜園で手に入れた野菜をバケツに入れ、次に向かったのは隣に並ぶ家畜小屋。
森の精霊達が牛と馬の世話をしてくれているので、そっちには手を付けず、さらに横に並んでいる鳥小屋に屈みながら入って卵を三つ拾う――直前に雄鶏が喧嘩を売ってきたので買う。バタバタとけたたましく翼をばたつかせながら、鋭い爪で蹴ってくるので軽くパンチングである。本日もシャルル・ホワイティスが防衛に成功し、卵を三つゲットした。
防衛する側は雄鶏である? 知らん。私の腹を空腹から防衛したのだ。そういう事にしておいて欲しい。
飛べもしない翼で威嚇されたからと言って、私は空腹を黙らせるために今日も戦うのである。
格好よく言ってみているけれど、飼っている家畜に馬鹿にされている現実に気付いていないわけではない。ぐすん。
ちょっと擦り傷を作りながらも、なんとかゲットした卵を割れないよう野菜の入ったバケツに入れて自分の住む小屋へと帰る。帰る道中でも精霊達がイタズラしてきているが、気にしているとキリがないので黙々と歩く。
小屋に到着すると真っ先にキッチンへ向かう。
野菜が入ったバケツを足元に置いて、手を洗いながら横に視線を向ければ、自分が立つすぐ隣の何もない空間に突如としてピッと亀裂が入る。と次の瞬間にはパカッと口を広げたその亜空間に顔をつっこみ、残っている食材を確認する。
まったくもって便利すぎる保管庫である。
亜空間を作るのは魔法が使える人間であっても、高等魔術にあたるため、実行できる人間はめったにいない。使えたとしても魔力が少ない人間は空間が狭く、下手をすると格納したものごと亜空間が消えてしまうこともあるため、やたらめったらと使う人はいないのだが、魔法知識も魔力も申し分ないらしい私にとっては便利すぎるものだ。
亜空間の中は時が流れない。そのため、収納した食べ物は新鮮なままだし、農具もきれいなまま。温かい料理を入れておけば温かいまま保存され、冷たい食材を入れておけば冷たいまま保存される。チートって言葉はあまり好きではなかったけれど、自分がなったら万々歳である。
さて、その亜空間――改め保管庫の中にあったのは街に下りた時に購入していたブロックベーコン。以前絞ったミルクと、ちょっと失敗して固くできてしまったパン、小麦粉をひっぱりだして料理開始といこう。
畑で取ってきたレタスを一口サイズにちぎってザルに入れる。トマトはそのままレタスの上に乗せて、水魔法で冷たい水にさらしておく。これでサラダの下準備は万全である。
魔石という魔力がこもった石でコンロに火をつけ、フライパンにオリーブオイルを垂らして温めておく。
フライパンを温めている間に、アスパラガスの固くなった部分の皮を包丁で剥ぐ。口に入れた時に繊維が残ってしまうための策だ。五本とも処理を終えると斜めに切っていく。厚さが多少揃っていなくても気にはしないが、大体は3~5mm幅が理想的だ。
続けてブロックベーコンも同様に切る。こちらは斜めではないが、ブロックであるのを活かして、少し分厚めに切るのがいい。ブロックベーコンがなければ、薄いベーコンでも問題ないが、私は加工肉が大好きなのでついつい大きくしてしまう。
ブロックベーコンを切ったら、フライパンが温まっているのを確認して火力を中火にしてからアスパラガスを炒める。ジュワッとアスパラガスに含まれている水分にオリーブオイルが反応し、一気に弾ける音がたまらない。
オリーブオイルを纏わせながら、少しずつ鮮やかな色に変化し、火が八割ほど通ったのを確認して、次はブロックベーコンだ。
アスパラガスのグリーンとブロックベーコンのピンクがフライパンの中で爽やかな色彩となり、芳醇なベーコンの表面がカリカリになっていくのを混ぜながら見つめる。塩分はベーコンで補えるため、あえて荒めのブラックペッパーで香りづけして完成だ。
火を止めてから食器棚より大き目の白いプレート皿を取り出し、端の方に出来上がったベーコンアスパラ炒めを盛り付ける。全部は乗り切らないので、残りは別の器に移して保管庫へ収納。
使ったフライパンに洗浄の魔法をかけてからもう一度火にかける。
ボールにミルクと小麦粉、塩と砂糖を一つまみずつ。個人的には塩分多い方が好きだけれど、今日はなんだか甘めのものが食べたい気分なので砂糖をもう一つまみ。高級品なのにこの贅沢な使い方。たまらん。
よく混ぜ合わせてから卵を割ってかき混ぜれば、白身と黄身の境目がなくなって淡いオレンジに変化していく。そこにミルクを流し込むと淡いオレンジがパステル調のオレンジに変化し、見た目がすでにまろやかさを演出している。コツはミルクを大目にすることと泡立てないこと。
あ、忘れてた。バター必要だった。
保管庫から慌ててバターを取り出すと、一切れ取り分けてすぐに保管庫へリターン。バターもそこそこ高級食材なんだけど、バター美味しいからやめられないんだよね。砂糖よりは断然バターの方が安いので良しとする。お財布には優しいけれど肉体にはあまり優しくないのを知っているので、過度な摂取は控えるけれど……。
弱火で熱していたフライパンにバターを放り込めば、触れてもないのにバターがツルンッとフライパンの中を滑っていく。固形バターのふちからプツプツと溶け出し、フライパンを軽く揺らせばバターは溶けながら膜を張る。バターは焦げやすいため、形がなくなった直後に卵液を流し込む。ここも弱火。全然火が通らないけれど、美味しいものを食べるのであれば、多少の忍耐は必要だ。
ゆっくりゆっくりかき回しながら、次第にプルプルっとふちの方から固まっていく。あくまで全部火を通してしまうのではなく、全体が何となく固まればいいのだ。
半熟のトロットロな状態になれば完成だ。
先ほどベーコンアスパラ炒めを乗せたプレートの上に同乗させる。
フライパンはこれにてお役御免であるため、洗浄の魔法をさらっとかけてお片付け。非常に便利です。
水にさらしていたレタスの水を切って、プレートに盛り、トマトを八等分のくし切りにしてレタスの上に二切れほど。軽く塩を振りながら、残ったトマトの一切れ口に放り込んで、残りは保管庫へ。ついでに残った食材なんかもまとめてイン。フレッシュなトマトはたまらんです。もぐもぐ。
固いパンを食べやすいサイズに切り分けてプレートに並べ、残ったミルクをグラスに注いで出来上がり。
キッチンの後ろにあるテーブルにプレートとミルクの入ったグラスを運んで、いただきます。
本日の朝食はこちら。
・ベーコン・アスパラ炒め
・ふわとろスクランブルエッグ
・レタスとトマトのフレッシュサラダ
・固いパン
・ミルク
ベーコンの塩分がアスパラの爽やかさを引き立て、軽くピリリと効いたブラックペッパーがアクセントになる。一緒に食べればもちろんいいけれど、表面がカリカリとしたベーコンはフレッシュサラダと一緒に食べても相性がいい。レタスはシャクシャク、と青々しくもみずみずしい。トマトの酸味がじゅんわりと。
ふわとろスクランブルエッグは固いパンの上にほわっと乗せて、一緒にお口へいざ参る。
いや、ほんと参るよねこのうまさ。
口に入れた瞬間、まろやかな卵の風味がぶわっと広がって、同時にとろとろすぎて口の中で溶けていく。固いパンだってその固さを保つ意志をほぐさずにはいられない。じゅんわりと染みたとろとろ卵に降参するしかないだろう。ふわとろなのに、時々ぷるゅんっとした主張もまたたまらない。
それでも、と固さを主張するパンにはミルク様がお通りだ。鼻から突きぬける甘くも独特な香りに、パンはとうとう服従したらしい。
ようやく昇った朝日が窓から顔を出す。
同時に聞こえてきた鳥たちのさえずりは今日も清々しい朝を教えてくれる。
私にとって料理をしている時が一番楽しい時間と知ってくれている精霊達は、食事をし始めた私を覗き込んでは嬉しそうに笑う。きっと私が嬉しそうにご飯を食べているからだ。
ご飯が食べられるって本当に幸せだ。
口いっぱいに頬張ってもぐもぐと咀嚼すればするほど、食事の大切さって身に染みるよね。
あ、そういえば言い忘れていたけれど。
不肖、シャルル・ホワイティス――日本人の転生者です。えへっ。
《ベーコン・アスパラ炒め》
材料:・ブロックベーコン(なければ普通のベーコン) 30g
・アスパラガス 3本
・荒めのコショウ(普通のコショウでもOK。物足りない方は塩も) 少々
・オリーブオイル 小さじ1
手順:1.アスパラガスを斜めに切る。3~5mm幅が理想
2.ベーコンを切る
3.熱したフライパンにオリーブオイルをひいて、アスパラガスを炒める
4.火が通ってきたらベーコンを加え、コショウを加えてできあがり
《ふわとろスクランブルエッグ》
材料:・卵 2個
・牛乳 100g
・小麦粉 大さじ1
・塩(もしくは砂糖) 少々
・バター 10g
手順:1.ボールにミルクと小麦粉、塩を加えて混ぜ合わせる
2.卵を割って混ぜる。泡立てないように注意
3.フライパンにバターをしいて、卵液を加え弱火で火を通す
4.ゆっくりとかき回しながら、半熟になったらできあがり
※弱火でなかなか時間がかかるかもしれませんが焦らずじっくりと火をいれましょう。どうしても急ぎたい場合は中火にしてかき混ぜる速度を早くして、固まってきたら弱火に変えてください
分量はあくまで目安です。
使用される調理器具、コンロ・IH等により多少の差が出る可能性がありますのでご自身で調整下さいますようお願いいたします。