5 二日目、相子出陣
翌朝、目が覚めた。特に夢落ちではなかったようでがっかりしつつも、昨日も散々痛かったしさすがにないと覚悟していたから顔に出さないように諦めることができた。
相子はまだ寝てるようだ。
携帯電話をひらく。朝7時前。遅くはないけど、早く寝たわりには早くもない。疲れていたのだろう。
時間は決めてないけど起こしてもいい時間だ。さっさと起こして、ご飯をとりにいかないと。
「相子、起きて。朝だよ」
「うーん? あ、さ……朝? 春風さん?」
「奏だよ」
「っ!」
相子は寝転がったままぼろぼろ泣きだした。なんだなんだ。
起こして抱き締めて慰めながら話を聞くと、現実に帰って夢落ちだったやったね、と言う夢を見たとのこと。そりゃ、ギャップで落ち込むわ。御愁傷様です。
「ご、ごめんね。昨日から、めそめそして。奏みたいに、しっかりしなきゃ」
「ゆっくりで大丈夫だよ」
しっかりしてもらわないと困るけど、相子のテンパりぶりが私をしっかりさせた部分があるから、そこは許容範囲だ。
相子を落ち着かせて、水を飲んでお腹をふくらませる。二本目のペットボトルが残り半分を切った。
ふと相子を見ると、もそもそと何かを食べてる。む。昨日のチョコ……!? ああっ! 私の馬鹿!
なんで残しておかなかったし! 朝御飯抜きとか、辛いょ……。
恨めしく思う気持ちが涌き出てくるけど、さすがに自業自得だ。相子から顔ごと反らして気持ちを落ち着ける。
「奏、よかったら、あげる」
「……え、い、いいの?」
「うん。半分こしよう」
「ありがとう!」
な、なんていい子なんだ! 相子のこと誤解してた。普通にいい子なんてとんでもない! この子天使だよ!
人間、極限状態では本性が出るものだ。だって言うのに、自分のお菓子を分け与えてくれるなんて。なんて、なんて……私、性格悪すぎじゃね!?
私だったら絶対あげないし、しかもいざとなったら相子のこと盾にしようとか思ってたし、ドン引きだわ。我がことながらドン引きだわ。
あー、ね。うん。相子には優しくしてあげよう。いざと言う時まで。
私は天使(相子)から受け取ったお菓子をもぐもぐしながら、決意を新たにした。
と、そう言えばだけど、手の感覚が戻っているし、しびれもない。一晩眠ると回復すると思っていいだろう。よしよし。
それを相子に説明して、命は大事にしつつ、薬草も大事にしようねと約束させた。
そしていよいよ出陣である。相子は初陣だ。
手を握って励まして、私の前には出ないように注意をして、可能なら魔法で援護を頼み、通路へ入った。
「わ、な、何だか変な感じだね」
フィールド移動も初めての相子は狼狽えている。まだ魔物もいなくて余裕があるので、肩を叩いて鼓舞する。
実戦が始まったらそうもいかないから、今のうちに励ましておこう。
「が、頑張るね!」
うんうん。間違って私に攻撃しない程度に頑張ってね。
そうして道を進む。はぐれないように振り向いたらすぐ視界にはいる距離で、私の後ろを着いてきてもらう。
グルルゥ
おっと。犬が近づいてきたな。私は相子に視線で合図して立ち止まり、剣を構え直した。
○
暗くて、ちょっと水っぽいような臭いがいつもしている。反響してるのか、自分達の足音さえいやに大きく聞こえて、いやがおうにも心臓が煩くなる。
私の二歩前を歩くのは、クラスメートの奏。
奏は普通に優等生系で、大人しそうなショートカット女子なのに、この異常な事態に対応して、私を励ましてくれている。
奏は凄い。普通なら自暴自棄になりそうな状況なのに、しっかりと自分を保って、足手まといな私に怒るどころか、率先して動いて、一人で魔物を狩りに未知へと進み、当たり前のように食料をわけてくれた。
奏がいなかったら、空腹のお腹を抱えて、いまだにどうしようもなくあの広場から動けなかっただろう。
どうしてこんなことになっているのかはともかく、パートナーが奏であることには、神様に感謝しなければならない。神様が悪の権化かどうかはともかく。
昨日置いていかれた時はそわそわして心配で、追いかけようかずっと悩んでいた。帰ってきてくれてほっとして、今日は一緒にと言ってくれて安心した。
危ないと心配してくれるのは嬉しいけど、私だって心配だし、一人きりで待つのももう嫌だ。
奏が一緒でよかったって思わず言ったけど、奏が私もだと返してくれたのだ。その気持ちに応えたい。
それにしても
「……」
ちらりと奏を見る。真剣な顔で暗闇を進む奏は、きりっと凛々しい顔付きをしていて、格好いいくらいだ。
こんな状態だけど、吊り橋効果で惚れてしまわないように気を付けないといけないかも知れない。
そして一日でこんな戦士然とした顔付きの奏だけど、私がお菓子をあげるとびっくりするくらい喜んだ。特に朝、私は朝食は基本的に食べない派だけどさすがにお腹空いたなーと思ってたら、奏がものすごい物欲しそうな顔で見ていたのだ。
すぐに目をそらされたけど、無視できるレベルじゃなかったから半分あげたら、もう、なんと言うか、完全に今好感度あがったよね、と言うくらいに目を輝かせて喜んでた。ちょっと可愛かった。
奏と仲良くできるか、おんぶにだっこになるんじゃないかと心配だったけど、普通に仲良くやっていけそうだ。
「!」
「!?」
突然、奏が立ち止まって私にアイコンタクトをしてきた。な、何事!?
驚いていると、呻き声をあげる犬が二匹、闇の中から姿を表した。
ぱっと見は普通の犬なのに、目が、おでこに目がある。それだけで、ぎょろぎょろしたその目だけで、固まりそうなほど恐かった。
「まず見てて! はぁ!」
だって言うのに、奏は全く怯まずに、右手で剣を降り下ろして右側の犬を牽制しながら、左手で犬に殴りかかった。
「!? か、奏!?」
殴りかかったと思ったら、まさかの左側の犬が奏の腕に噛みついた。思わず声をあげた私に構わず、奏は剣を振り上げた。
「『二段斬り』! 『斜め斬り』!」
右腕が面白いほどに早く動いて、左の犬を二回切り裂くと、飛びかかってきた右の犬もあわせて、斜めに大きく切り裂いた。
すると、左にいた犬が煙となって消えて、右の犬が地面に転がった。体勢を立て直すより早く、奏が左手も合わせて剣を握ると、上から地面に張り付けるように犬に突き刺した。
しゅぅと犬は煙になった。そしてさっきは気づかなかったけど、そこにはお握りが落ちていた。話には聞いていたけど、目の当たりにするとびっくりするなぁ。
奏はふぅと息をつくと剣を右手でもって、左手でお握りを。って! 怪我は!?
「か、奏! 手は!?」
「言ったでしょ。怪我はしない。ちょっとしびれてるだけだよ」
大丈夫だった? と奏は聞いてくるけど、そんなの、大丈夫に決まってる。奏が守ってくれたんだから。
そう言うと奏はそっかと微笑んだ。
攻撃されたら痛みは普通にあるって言っていたのに、噛まれても平気な顔で攻撃して、凄すぎるよ。
はぁ……びっくりしすぎて、どきどきしちゃうよ。
ようし、次の魔物こそ、私の魔法が火を吹くよ!