4 無事帰還する
五匹の犬が現れた。とりあえずコマンド戦うで。
「『払い斬り』!」
三匹切れたけど、残り二匹はひらりと避けて、そのまま噛みついてきた。右腕の肘と肩をやられた。
一瞬怯んだけど、壁に向かって犬ごと体当たりする。ぶつかった瞬間、強く食い込んで痛かったけど、勢いの反動で壁から離れる時にぽろりと二匹とも落ちてくれた。
さっき斬りつけた三匹が体制を整えてこちらを睨んでくる。くっ。さすがに無理だ。逃げよう!
と考えてから、頭のなかにふとよぎる。これ、逃げて大丈夫なのかな?
ゲームならともかく、逃げ足で犬から逃げ切れると思えない。そうなると、五匹まとめて広場にご案内だ。広場には如月さんがいる。危ないんじゃない? と思った。一瞬だけ。
すぐに踵をかえす。
如月さんがいればなお好都合だ! 盾にすれば隙ができるし、倒せる! なぁに、薬草があるから平気平気。
ワンワン!
犬たちは追いかけてくるので、時々遠距離攻撃の『衝撃波』を使い、犬たちが全力で走って追いかけられないよう、警戒させながら逃げた。
見えた、広場だ!
そのまま一気に広場に突入する。
「わっ!? は、春風さん!?」
すぐ近くに如月さんがいてぶつかりそうになりながら隣をすり抜け、回転するように通路を振り向いて剣を構える。
ナイス如月さん! そこで一回犬に噛まれてて!
「……ん?」
あれ。犬来ない。
「は、春風さん?」
「ちょっと待ってね」
そっと顔だけ突っ込むようにして中を覗くと、すぐそこまで来ていたはずなのに、犬は消えていた。
やっぱり広場と、エンカウントする通路は別フィールド扱いで、中にはいると魔物は消えるのか。ふー……助かった。
冷静に考えると、ここで如月さんを盾にしたら信頼感ずたぼろだし、今後に差し支えるもんね。危ない危ない。
「如月さん、ただいま」
「お、おかえりなさい。大丈夫だった?」
とりあえず、最初の宝箱の位置まで戻って腰を下ろして、状況を説明する。
座り込むとドッと疲れが吹き出してくる。水は三本あるので余裕がある。ぐいっと一口、生き返るー。
「だから、やっぱりここにさえ入れば大丈夫みたい」
「よかった。じゃあ、春風さんも休憩してね」
「うん。はい、おにぎり。梅干しとおかかどっちがいい?」
「春風さんはどっちが好き?」
「おかか」
「じゃあ、梅干し。と言うか、当たり前みたいな顔してるけど、私、もらっちゃっていいの?」
「当然でしょ」
明日からは如月さんにも活躍してもらうしね。
今後も如月さんを眠らせておくなんてとんでもない。パーティメンバーは常に欠員状態だ。
そして如月さんが活躍したとしても、私も欲しいし。最初に報酬は半分とすれば、後々如月さんが最強魔法使いになってもわけてもらえるしね。
「ありがとう……こんなことになって、まだ混乱してるけど、春風さんが一緒でよかった」
まだ混乱してるのかよ。大丈夫かな、この子。
私ははにかんでおにぎりを受けとる如月さんに、外面は優しく微笑んで見せながら、内心ちょっと心配になった。
最悪一人でクリアすることになるのかな。如月さんが殉職しないように気を使うつもりだけど、一人になったらやっぱり心情的にも、戦力的にも大変だしやだな。
「私もだよ。如月さん、明日は一緒に進もう。私が守るから、安心していいよ」
「……うん! 私も、ただ守られてるだけじゃなくて、春風さんを助けられるよう、頑張る!」
お、助ける助けるの恩着せがましさが効いてきた? さすがにここまで計算していたわけじゃないけど、ラッキーだ。やっぱりお互いに頑張らないとね。
如月さんとは仲良くやっていかないと。前衛だけでプレイとか無理だしね。
あ、そうだ。
「如月さん、提案なんだけど」
「あ、うん、なに?」
「下の名前で呼び会わない? こんな状況だけど、だからこそ、団結力を高めたいと言うか。二人だけなわけだし」
形から友達になろう。やっぱり他人のままより、相手に感情移入もしたほうが、連携もしやすいだろうし。
「う、うん。じゃあ、奏さん?」
「奏でいいよ。私も、相子って呼ぶから」
「うん。わかった。じゃあ、奏……えへへ、なんだか、改まると恥ずかしいね」
可愛いなぁ。和むわ。
左手首から先の感覚なくて、右腕全体がしびれてるけど、相子と話してると気にならなくなってきた。
やっぱ、話し相手がいると気が紛れていいね。
寝たら回復するかも知れないし、薬草を試すのは明日だ。
携帯電話を見ると、時間は18時を過ぎたところだった。思ったより時間がたってるな。
時間を認識すると、急にお腹がすいてきた。
「相子、ご飯食べて、早めに寝ようか」
「あ、うん。そうだね。明日は頑張るよ!」
やる気になってくれたようで、何よりだ。
気を取り直して夕食開始だ。
おにぎりを食べ終わる。食べ終わってしまった……少なくないですか?
おにぎり一個……ただでさえ運動してるのに。はぁ。ダイエットだと思おう。後寝るだけだし。
「あ、そうだ、はる、か、奏。最初に渡しかけたお菓子、半分持ったまま箱に戻したから、返すね」
「え、いいの?」
「もちろん。あげたものだもん」
な、なんていい子なんだろう!
絶対うやむやになって後でこっそり食べるんだと思ってた! 元々が相子のだしなんも言えなくて泣き寝入りになると思ってたから、二倍嬉しい!
「ありがとう、相子」
さっそく食べよう。ああ、美味しい。
まあでも、よく考えたら私の立場でも、渡しかけた分は渡すわね。普通普通。でも普通にいい人なのが再確認できてよかった。
私たち、うまくやっていけそうだね!
眠るためにさて、どうするか。
気持ち的にはお風呂とか入りたいくらいだけど、幸いに汗をかかないシステムらしく、体臭とかは気にならない。口はゆすいだし、水は無駄にできないから我慢しよう。
明日大量に蝙蝠倒したら、体拭くくらいしてもいいしね。
さすがに床に転がって寝るのは抵抗あるなと思ってたら、相子の提案で魔女マントをひろげてそこに寝ることになった。
いい子だ。私も同じこと考えてたよ。
「じゃあ、寝ようか」
「うん、あ」
「ん? どうかした?」
「……ちょっと、トイレ」
……。うん、まあ、そうだね。私もその内するしね。今はまだ食後だからあれだけど。
とは言え、通路の中に行くわけにはいかないし、普通にちょっとだけ離れたところにある壁のでっぱりに隠れて、私は反対を向いてしてもらう。
ぴちゃぴちゃぴちゃ、と水音が普通に聞こえた。距離はあっても、静かだし仕方ないね。
トイレで聞こえる分には全然気にしない私だけど、二人だけだとちょっと気まずいな。
「た、ただいま。その、聞こえた?」
「うん。でも恥ずかしがらないで。今だから離れたけど、今後、離れずに用をたさなきゃいけなくなるかも知れないし、もう割りきっていこう。私も今後、おならとか我慢しないから」
「お、おなら?」
「うん。私、結構出やすいタイプだから」
家で家族の前だと片尻あげておならする私だけど、さすがに外ではトイレのなかでする。だけどここではそうも言ってられない。あらかじめ宣言しておこう。
私、たまに自分でも笑うくらいぷっぷかでるし。
私の言葉に、一瞬耳まで赤くなった相子だけど、すぐに笑って頷いた。
さて、じゃあ私もトイレしてくるか。