2 簡単、神様の説明
君たちは選ばれた。
そこはとある迷宮の一階部分。君たちは協力して、最上階まで行かなければいけない。
最上階へ辿り着ければ、君たちは元の世界へ帰ることができる。
二人ともゲームの知識はあるだろう。ゲームによくあるダンジョンと考えて間違いない。魔物がいて、回復の泉もある。魔物を倒せば食べ物も手にはいるし、経験値が入ってレベルもあがる。
そして君たちは戦士と魔法使いとなる。魔法やスキルも手にはいるし、使い方も自ずとわかるだろう。
宝箱には最低限の装備があるから活用するといい。
健闘を祈る。神様より。
「……」
「ね、ねぇ。なんて書いてあるの?」
あまりの内容に、私は答えることができなかった。
なんだこれ。ふざけてる。ゲーム? 説明雑過ぎる。なんでそんなことをしなくちゃいけないんだ?
私は震える指先で、如月さんに紙を差し出した。
私の反応に、如月さんは不安そうに眉をよせながら、紙を受け取って目を走らせ、蒼白になった。
「……じょ、冗談、でしょ? なに魔物って。は? は? なんで、そんなことしなくちゃいけないの? 神様? なに、ラノベの読みすぎ? は?」
「如月さ」
「あり得ないよねぇっ!? だって、意味わかんないし! そんな、魔物とか、絶対無理だし! そうだよ、こんなの、夢に決まってるよ! こんな、こんなもの!」
混乱した如月さんは、宝箱に向かって右手を横向きに振り抜いた。右拳の側面が、空に向かって斜めに停止している宝箱の蓋にあたって宝箱がゆれた。
「いっ、た!!?」
宝箱はゆれてばたんと蓋が閉めたけど、倒れたりはしなかった。
如月さんは手を押さえて、その場にうずくまる。
「嘘、嘘だよぅ。何なの。だって、さっきまで学校にいたのに。帰り道に、週刊誌買おうって、決めてて、だって。なんでぇ? なんで私なの? 無理だよぅ。魔物なんて、戦えるわけないよっ」
如月さんは泣きながらいやいやと頭をふっている。
その姿を見て、私はもう動揺なんてしていなかった。ただ如月さんが哀れで、助けないとと思った。
「如月さん、落ち着いて。私が守るから。如月さんのことは、私が守るから」
隣にしゃがみこんで、右手で如月さんの手をとって、左手で如月さんの左肩を抱いて、半ば抱き締めるようにしながら、耳元でそう伝える。
こうして耳元で話されると、より落ち着くのだとどこかで聞いたことがある。
「う、は、春風さん……ほんとに? 私のこと、守ってくれるの?」
「もちろん。約束する。絶対に守るから。だから、泣かないで。一緒に帰ろう」
「………うん。ごめんね、取り乱して」
「大丈夫」
「……うん。ありがとう」
如月さんは私の体に体重を傾け、私の右手をぎゅっと握り返して、自分のおでこにあてるようにしながら、小刻みに頷いた。
お礼を言いたいのは私の方だ。如月さんがいなければ、私だって如月さんみたいに取り乱しただろう。如月さんみたいな小動物がいるから、しっかりしないとって理性を動員させられるんだ。如月さんの温もりに、私もまた安堵を覚えている。
一人じゃないと言うだけで、どれだけ嬉しいことか。
とりあえずそのまま如月さんを慰めながら、私は今後について考える。
この神様とやらを、ひとまず全面的に信じよう。他に情報はないし、そうでないと話が進まない。
だからひとまず、私たちは頂上を目指そう。ゲームのダンジョンだと言った。もしかして、この世界は神様がそれを真似て作ったのか?
宝箱と言い、スキルがあり勝手にわかると言い、ゲームの世界のようなものだと思えば早いだろう。なら、スタート地点のここは安全のはずだ。さっきから何もいないし、間違いないはず。
だからこそ、あの穴から出れば魔物がでるだろう。まずは宝箱の中の装備とやらをみよう。戦士と魔法使いなら、私が前衛で決まりだろう。
別に私は体を動かすのが得意だと言うほどでもないけど、如月さんは中学から美術部と言ってたし、バケツを運ぶのに難儀するくらい力も弱いし。一応私は平均よりはタッパもあるから、その時点で決まりみたいなものだけど。
今は何も違いがわからないけど、装備したら何かわかるだろう。それでなんとかなりそうなら、とりあえず早いとこ穴から出てみよう。
そうしないと夜になったらお腹がすく。ここには水も何もないし、水源までたどり着きたい。魔物を倒してご飯もでるってことだし、水も出るなら水源はなくてもいいかも知れないけど、出る必要はある。
手持ちは何があったか。ハンカチ鼻紙と生徒手帳に絆創膏も入れてたよね。あと、あ、くそ! さっきのおかし、食べなきゃよかった!
いやまあ、一口だしそんなかわらないか。最初は不安だし、すぐここまで逃げてこれるようにしつつ、私だけで見に行くか。
いや、そもそもここまで魔物は入ってこれるのか? 勝手にこの広場には入ってこないと思ってるけど。理想を言えば、一匹だけひっかけて、ここまで誘きだしてってするのが、他の魔物の乱入を防げて安全だけど。
「あ、あの、春風さん」
「ん? なに、如月さん」
「うん、その。ありがとう。もう大丈夫だよ」
考え事をしてる間に、如月さんは復活したようだ。いつまで抱き締めてくれてるのか、と言うことだよね。
私は慌てて如月さんから離れる。如月さんは恥ずかしそうにはにかみながら立ち上がる。
私も立ち上がり、そして顔を見合わせてから、さっき閉じた宝箱を開けた。
宝箱を開けると中には恐らくこう分けるのだろう。
戦士:大剣 胸当て 鉄のグローブ
魔法使い:杖 マント 三角帽子
の合計6つの装備品が入っていた。今時のゲームにしたら装備品が少なすぎる気がするけど、最初のアイテムにしたら、ひのきのぼうじゃないだけマシだ。
薬草らしき草も、皮袋に入ってる。旅立ちの装備と考えたら上等だ。
如月さんに有無を言わせず装備をさせる。マントは如月さんの膝下まであって、三角帽子はつばがとても広い。着せると普通に可愛い。
剣を振ってみる。剣道は兄がやってて、竹刀の素振りはしたことあるけど、臭いから自分はしなかった。持ち上げた瞬間、ずっしりとした感触を感じていたはずなのに、思ったより動く。
重いから反動で振りきれそうなものなのに、後ろから振り回してもぴたっと前で止めれる。
これが戦士職のゲームシステム的な恩恵なのか。剣に振り回されなくていいのはよかった。
何度か振っていると、ふいに頭のなかに言葉が浮かぶ。
「『二段斬り』」
不思議に思いつつもそれを言葉に出すと、自然と体が動いて、私の体は宙に向かって二連激を繰り出していた。
「わっ!? 凄い! え、剣道やってたの!?」
「いやいや」
如月さんは剣道を誤解しているようだ。て言うかそんな訳なくね?
とりあえず、如月さんにも杖を振ったりさせてみると、魔法の呪文が思い浮かんだけどらしいので唱えさせた。
「ふぁ、『ファイアーボール』」
ほわんとした如月さんの声に反して、ぼわっと勢いよく杖の先から火の玉が飛び出して、前方5メートルくらいで消えた。
ちっ。当たり前っちゃ当たり前だけど、射程距離はあるのか。
とりあえずそのまま、構えたりして他に呪文がでないか試す。もちろん唱えない。
数値が見えないから、あるのかすらわからないけど、MPを使いきる訳にはいかない。
いくつか確認したところで、携帯電話で時間を確認すると15時半だ。そろそろ行って、夕食を確保しておきたいところだ。