10 依存か恋か知らないけど
今日で、私と奏がこの訳のわからない世界に落とされて、落とされて? うーん、転移させられて? まあ、なんでもいいか。とにかくこの世界に来て一週間がたった。
話し合ったけど、休日はなしだ。どうせ魔物がずっと来るんだから、じっと休んだって仕方ないしね。
最初はもう、目も当てられなかったかも知れない私だけど、最近はだいぶマシになってきたと思う。
奏にも褒められるし。……て言うか、奏って、簡単に褒めすぎだよね。調子にのっちゃうって言うか、好きになりそうだ。
いや、うん。わかってる。こんな二人きりで、頼れる人も話せる人もいないところで、ずっと二人でいて、もう奏がいないとか考えられない。
ちょっとトイレで離れるのだって不安になってしまうから、段々トイレの距離が縮まってるのも自覚してます。
わかってる。こんなのは依存だ。一人だけの奏に執着して、依存しようとしてるんだ。だからこんな状態で好きだなんだなんて言ったって、脱出したらどうなるかわからないし、言われたって奏も困るだろう。
なのにドキドキしてしまうのを止められない。奏が側にいるだけで、奏の為ならと思えば、どんな敵にだって向かっていく勇気がでる。
奏が側にいれば、奏が眠っていても頑張れる。まあ、それはやっぱり怖いことは怖い。震える。だけどそれを覆して動けるのは、奏がいるからだ。
今だって奏はすぐ隣で眠っているけど、その顔を見るとどきどきして、触れたくなる。もう誤魔化せない。昨日より今日、今日より明日はきっともっと、好きになっていく。
「……奏」
そっと小さな声で呼んでみた。反応は当然ない。
「奏」
奏の名前を口にするだけで、心臓がうるさいくらい早くなって、体が熱くなる。
抑えきれないくらい、好きって気持ちが溢れてくる。格好いい奏にもドキドキするけど、ご飯を美味しそうに、いっそ幸せそうなほどの笑顔で食べる姿も可愛くてドキドキする。何ならその食べてる奏を私が食べたい。
「って」
私は何を考えてるんだ! うー、確かにさっきも、最後に唇をなめて焼き豚のタレの一滴まで味わう奏を見て、その唇を私も舐めたいって思ったけども。
頭を掻いて誰もいないけど誤魔化す。あー。もう。やだ。めちゃくちゃ好きすぎる。だいたい私はそんな、肉肉したの好きじゃないし、焼き豚も別に好きじゃないのに。
「………奏」
はぁ、ドキドキする。
たまらなくなって、名前を呼びながらそっと近寄る。真横まで来て、魔物が来てないのを確認してからそっと覆い被さるようにして、顔を寄せる。
奏の顔まであと10センチ。やばい。奏ってすごい肌キレイだ。やばい。ちょっと顔を近くで見たいなって、息づかいを感じたいなって、それだけだったのに。
上下する静かな奏の動きを、命を感じてると思うと、ドキドキが余計に加速する。
やばいって思ってるのに、体が勝手に、腕を曲げて、奏にどんどん顔が近づいてしまう。
あ、ほんとにやばいって。
こんな。
勝手にキスとか。
そりゃ奏は起きないだろうけど。
好きだけど。
あー……
私の内心の葛藤は無視して、キスしてしまった。そっと唇をあわせた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。
やばい。幸せすぎてもう感覚もない。やばい。ダメなのに、やめられない。
○
「……奏」
何だこれ。やべぇ。起きるタイミング逃した。
やばい。やばい。めっちゃキスされてる。魔物来てないだろうな、おい。て言うかさすがにやめさせるべきじゃない?
名前まで呼ばれて、気づかないはずもなく、ずっと起きてましたよ。ええ、ずっとね。
頭の中で冷静な私が、とめろよと言う。だけど相子の唇が凄く柔らかくて、熱くて、体が動かない。
相子が私に好意があるんじゃないかって、そんなことは気づいていた。気づいてたと言うと違うかも知れないけど、熱のこもった目だなとか、普通の女友達の反応じゃないなとか、思ってはいた。
でも環境が環境だ。相手に対して普通じゃなく執着してしまうのは、十分許容範囲内だ。現に私だって、普通なら一週間程度でここまで相子に心を許さないと思うくらいには、好きになっている。
だけどここまでするか!? こんな、こんなの、おかしい。と、思う。思うのに、全然嫌な気持ちではなくて、むしろ、もっとしてほしいとさえ思う自分がいる。
駄目だって。こんなの、ただの共依存だって、賢い私が言う。だけど、それでもいいじゃんって、快楽主義の私が言う。だって少なくとも、相子のことを私もいいと思ってて、気持ちいいと感じてる。
でも恋かと言われたら違うと思うし、やっぱりこう言うのはちょっと違うと思う。どうしよう、どうしようと頭の中でぐるぐる回ってて、答えがでない。
「はぁ、奏ぇ」
固まる私に、息を荒くしだした相子がぺろりと唇を舐めてきて、あ、これもう流されようと天秤が傾いたところでぴぴぴぴぴ!とアラームがなった。
「!」
交替時間をずらせないよう、二回目の野宿からアラームをかけることに決めたのだ。
音がなるとほぼ同時に、戦闘でもそのくらい機敏に反応しろよと言いたくなるくらい素早く、相子はぱっと私から体を離した。
「んーっ」
今までもアラームが鳴ったら私は熟睡モードでもすぐに目覚めていた。今回だけゆっくりだと不自然なので、平静を装って体を起こして伸びをする。
「はぁ、おはよ。て言うか今、私の顔触ってなかった? 何かついてた?」
「え、あ、む、虫がいた気が、したけど気のせいだった! うん」
「まあ、ここ虫いないしね」
虫がいたらうら若き乙女が野宿なんてできるはずがないしね。
とりあえずこれで、起きてたことはばれてないだろう。まだ、まだ結論は出てないし、あくまで相子はこっそりキスしただけだ。なら私も気づいてないふりをするべきだ。
でも相子はもうちょっとうまく隠すべきだと思う。何かあると言わんばかりの反応だ。真っ赤で顔ごとそらして。まあ、そう言うとこも可愛いけど。……!? え、いや、うん。普通の意味でよ? 普通の意味で。流されてないわよ? ないない。全然ない。
「じゃあ交替ね」
「う、うん」
相子は赤い顔のまま私と場所を交替して横になった。目を閉じて、だけどしばらくたっても眠れないようだ。
身動ぎ一つしないけど、呼吸音から寝てないのは明白だ。
「……」
相子は目をぎゅっと力を入れて閉じたり、唇をむにむに動かしたりして、音をたてない程度に気持ちを入れ換えようとしているようだ。
これで寝たフリをしているつもりなんだから、相当アホだ。可愛いなぁ。…………ええい! 可愛いもんは可愛いんだから仕方ないでしょうが!
あーもう。何なの。さっきまでそんな思ってなかったのに、めちゃくちゃ意識する。
相子のせいだ。気持ちよかったなー。キスしたい。あー………よし、しよう。まだ起きてるけど知るもんか。相子からしてきたんだから。
そっと近寄ると影が相子の顔に落ちて、さすがに相子も気配を感じてるのか、ぴくりと睫毛が反応した。だけど目を開く様子はない。覆い被さり息が当たるほど顔を寄せると、真っ赤になって僅かに震えるほどだけど、まだ目は開けない。
どきどきと心臓がうるさいけど、無視してそっとキスをした。
さっきは目を閉じていたから、唇に全神経が集中したけど、目を開けていると相子の顔が見えて、反応がよくわかる。
わかりすぎて、感触なんか全然わからない。さっきよりずっと興奮してるのか、心臓がうるさすぎて自分の呼吸音すら曖昧になる。なのにどうしてか、相子の息遣いだけは大きく聞こえる。
魔物のことも忘れて、私はそのまま唇をむさぼった。相子は最後まで目を開くことはなかった。
百合話はここまでで終わりです。
次話はこの状態になった説明をして終わります。