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「大丈夫ですか?」

「……え、ええ。うぷ」


 ソファにもたれかかり苦しそうにするアンを、シノユキは白い目で見ていた。


「馬鹿なやつ」

「うるさいわね……聞いているから話があるなら進めてちょうだい……」

「それでは……。到着したばかりで申し訳ないのですが、早速お二人にお願いしたいお仕事があります」

「どういった仕事でしょう」

「暦史書の移送です」

「移送、ですか……」


 シノユキは横でぐったりしているアンを横目で見た。


「物はなんです?」

「“裏日本書紀”――」

「お断りします」


 ユウコの言葉を遮るようなシノユキの即答に、アンはソファに預けていた頭を起こす。


「ちょっと、もう少し詳しい話を聞いてあげてもいいでしょう」

「冷静に考えてください有栖川様。新人には荷が重すぎます。ましてやこいつは――」

「無視しないで! こいつはなによ!」

「……なにも知らない」


 アンを見るシノユキの目は、いつもの嫌味の時とは違っていた。


「なにも、知らない……?」


 ユウコは湯飲みにお茶を注ぎ、二人の前に差し出す。


「それを教えてあげるのも、研修の一環ではありませんか?」

「危険すぎますし、性急です。もっと段階を――」

「あなたがいるでしょう?」


 シノユキに笑みを見せ、ユウコはお茶を啜る。


「随分信頼されているのね」

「過大評価だ。蕎麦で腹をたぷたぷにさせた女を守れるほどじゃない」

「私が今ボコボコにしてあげましょうか」


 アンがそう凄むと、不意に扉をノックする音が響く。


「まぁ、頼もしいことね」


 返事を待たずに扉が開いたかと思うと、落ち着いた声でそう言いながら一人の女性が入ってきた。女性は長い黒髪をまとめて右肩から前に出し、その顔には静かな笑みをたたえている。手には小さなアタッシュケースを持っていた。


「リツコ様……!」


 その姿を見て、シノユキは姿勢を正す。


「そんなにかしこまらないでください。彼女を見習って」

「いや、しかし……」


 女性は至って普通に室内を歩き、ユウコの隣に座る。その所作の美しさに、アンは見とれていた。


「初めまして、アンネ・ラインハルトさん。有栖川リツコです」

「ユウコの、お姉さん……?」

「いいえ、母です。娘がお世話になっています」

「嘘……」


 ユウコよりは大人びているものの、どう見ても十代後半の娘がいるようには見えなかった。どこか非現実的な造形をしている。アンはそう感じていた。


「ふふ、ありがとう。若く見られるのは嬉しいわね」

「お母様、本題に入らないと」

「あら、そうね」


 娘であるユウコに指摘されて、膝の上に置いていたアタッシュケースをシノユキの前へと差し出す。


「こちらが移送対象です。確認してください」


 シノユキはそのアタッシュケースを一度見て、リツコと目を合わせる。


「お受けできません。もっと最適な人材がいるはずです」

「いいえ、あなたが最適な人材なのです」


 そう言われて初めて、シノユキはリツコの意図を汲み取った。深く息を吐き出す。


「……そういうことですか。しかし、こいつを同行させる意味がわかりません。危険だ」

「確かに危険は伴うでしょう。……しかし、彼女には知る権利があるのです」


 視線を向けられて、アンはソファに預けていた身体を起こす。


「どういうこと?」

「しかしそれは義務ではありません。あなたは選ぶことができる。彼に同行しますか?」

「……ええ、するわ」


 シノユキは頭痛を抑えるように、こめかみを片手で揉んだ。


「だそうですよ。しっかり守ってあげなさい」

「不本意ですが、わかりました。しかし時間が必要です。一晩は下さい」

「そうですね。それでは今日はここへ泊っていってください」

「いや、それは……」

「日本支部有数の稀少な暦史書です。外部に持ち出すことは極力避けるべきですよね」


 その発言にアンは眉根を寄せた。


「……わかりました。それではここをお借りしますので、リツコ様たちは和室でお休みください」

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