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[2-2]

 三日後、アンは一年ぶりに日本の空港へとやってきた。


 長時間座りっぱなしだった身体を思いっきり伸ばしてから、ショルダーバッグに押し込んであった皺だらけの書類を取り出す。タイムスケジュールによれば、午後二時ちょうどに一階南側のロビーで迎えの者と合流する予定になっている。

 アンはキャリーバッグを転がして移動を開始するが、内心この人の多いロビーで合流が可能なのか疑問に思っていた。

 しかしロビーに行ってみて、アンはすぐに機構の人間を見つけることができた。

 黒のコートを着た男が、ロビーの椅子にふんぞり返って黒い表紙の本を読んでいた。鋭角に切り揃えられた髪や真一文字に結ばれた口が、見るからに気難しそうな雰囲気を漂わせている。

 その不遜な態度にアンは一つ溜め息をついて、男の元へ歩み寄り、本を取り上げた。


「あなた馬鹿なの?」

「あ?」


 男は顔を上げ、鋭い目つきでアンを睨みつける。


「こんなところで“管理対象”を――」

「よく見ろ」


 明らかに気分を害した様子の男は、人差し指でアンの持つ本を示して言う。言われるがまま本を閉じて表紙を確認すると、それは古いSF小説だった。


「あ……」

「そのままお返ししよう。お前は馬鹿なのか? 黒い本はなんでも管理対象だと思うな」


 長期間コロンシリーズのみを取り扱っていたがゆえの勘違いだった。アンは赤面して、大人しくその本を男に返そうとする。だが奇妙なことに男は同じ本を持っており、それを読み続けていた。


「……その本何冊持ってるの?」

「何冊でも。気に入ったんでね」

「はあ……」


 男は本を閉じて立ち上がり、それをコートのポケットにしまった。


長南おさなみシノユキだ。アンネ・ラインハルトだな。日本にいる間は俺の指示の下で行動してもらう。ついて来い」


 そう言って、シノユキはアンを残して歩いていく。

 アンは頭から湯気が出そうなほどに憤慨していたが、なんとか理性で衝動を押さえつけると、シノユキのあとを追いかけた。


 空港の駐車場には暦史書管理機構の所有する黒塗りの車が停めてあった。シノユキはロックを解除すると、「乗れ」とだけ言って運転席に乗り込む。

 シノユキの微塵も愛想を感じない口調に反抗するように、アンは後部座席に荷物を放り込んで、自身も乗車してドアを勢いよく閉めた。


「なにを怒っているんだ」

「会うなりそんな態度されたら気分が悪いに決まっているでしょ?」

「会うなり人の本を取り上げるやつに言われたくないね」


 アンはぐうの音も出なかった。これまで他人に優位を取られることがあまりなかったためか、シノユキに会ってからアンの調子は狂いっぱなしだった。

 そんな様子のアンを気にもかけず、シノユキはエンジンをかけて車を発進させる。

 首都高速湾岸線は渋滞もなく、スムーズに流れていた。

 十月末の日本の空は、秋雨前線による厚い雲で覆われている。辛うじて雨は降っていないものの、車窓を流れる自分の心を投影したかのような天候にアンは溜め息をつく。


「かまってほしいのか?」

「誰がよ。黙って運転して」

「喋る権利を捨てた覚えはない。ところで、ここは日本だ。日本語で会話したらどうなんだ」


 言われて、アンはさらに眉間に皺を寄せる。これまでの間、アンは英語、シノユキは日本語で喋っていた。

 暦史書管理機構には様々な人種がいるが、基本的には自分が現在いる国に合わせて言語を変えるのが暗黙の了解となっていた。


「……日本語は苦手なのよ。聞き取ることはできるけど」

「お前、歌が下手だろう」

「な、なんでよ。関係ないでしょ」

「関係ないわけがない。言語の習得において、音感は非常に重要だ。発声をコントロールするということは歌うのとそう変わらない。それができないということは、お前は歌が下手だ」

「歌が下手でもこの仕事には関係ないでしょってことよ! そういうあなたは英語がさぞかし上手なんでしょうね!」


 シノユキは「得意な方ではある」と英語で答えた。アンはその一言で、はったりではなくシノユキの英語力が優れていることを認めざるを得なかった。

 完膚なきまでに叩きのめされて、アンはもう怒る気力もなくなっていた。


「……アンです。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」


 アンのたどたどしい日本語に、シノユキは微笑んで答えた。

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