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シノユキはテーブルの上で指を組み合わせ、深く息を吐いた。
「……自分も暦史書管理機構に所属する者として、様々な非常識を体験してきたつもりでいました。しかしまだまだ、私の知らない世界があるようだ」
「知る必要のない世界ですからね。そのために私たちがいます」
落ち込む子を励ますように、イヴはシノユキに笑みを向ける。
「さあ、今度はあなた方の番です。なにを求めてここまで来たのか、聞かせてください」
シノユキは姿勢を正して、イヴに向き直った。
「人を探しています。アンネ・ラインハルトという女性で、出身は――」
「出身はドイツ。少し癖のある黒髪と、むすっとした顔。破天荒な、でもまっすぐな性格で、曲がったことを見つけたら、止める間もなく正すために動いてしまう――そんなアンネ・ラインハルトのことなら、よく知っていますよ」
言おうとしていたことをほとんど言われてしまい、常日頃冷静でいることを心がけているシノユキも、目を見開いて驚いた。
言葉を失ったシノユキを見て、イヴは小さく息を漏らして笑う。
「ごめんなさい、そんなに驚くとは思いませんでした。でも……ええ、アンは確かにここにいましたよ」
少しの間思考が停止していたシノユキだったが、「ここにいた」と聞いてまだ安心できないことに思い至る。
「ここにいた、ということは今はもういないということですね」
「ええ。彼女がここに来た時のことから、順を追ってお話ししましょう。ついてきていただけますか?」
そういって立ち上がると、シノユキとニーナも後を追った。
三人が玄関を出ると、夕日によって赤く染められた海が待っていた。突風が吹いて、舞い上がった髪をイヴは手で押さえる。そして、もう片方の手で入江の波打ち際のあたりを指さした。
「ちょうど一年前くらいでしょうか。あのあたりの海辺に打ち上げられていました」
静かな波の音がする。レイチェルたちの夕食の準備が整ってきたのか、周囲には食欲をそそる香りが漂っていた。時折強い風が吹いて、森の木々を揺らした。穏やかな夕方だった。
「……な、なぜ」
先ほどとは違った意味で言葉を失っていたシノユキは、ようやく口を開いた。
「すみません、なぜそうなったのかについては教えていただけませんでした。ただ私たちは彼女を救助して、しばらくここで生活してもらいました」
「なるほど……彼女はどんな様子でしたか?」
「そうですね……強いて言えば、時折集中して考え事をしていたようで、少し声をかけたくらいでは気がつかないこともありました」
おそらく暦史書管理機構から依頼されたというオペレーションについて考えていたのだろう、とシノユキは考える。
「ここでは主にどんなことをして過ごしていました? 誰かと連絡を取っていたとか」
「この島に外部と通信する電子的な手段はありませんし、連絡を取っていた様子もありませんでした。彼女には衣食住を提供する代わりに、レナードという男の子のお世話をしてもらっていましたね」
「レナード……?」
シノユキが質問をしたところで、玄関から顔をのぞかせたレイチェルが「ご飯できましたよー!」とよく通る声で呼びかけた。
「お腹が空きましたね。続きはご飯を食べてからにしましょう」