表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
COLON:SERIES - アンネ・ラインハルトの記録  作者: 志室幸太郎
ANNE:2020 - アンネ・ラインハルトの黙示録
46/53

[5-9]

「あ、セーラさん引いてますよ」

「えっ、マジ!?」


 竿の見張り番をしていたニーナがそう言うと、パラソルを立て、その下でデッキチェアに寝そべっていたセーラが飛び起きてくる。

 確かに竿は均等ではない間隔で震え、時折大きくしなっていた。生物が針にかかっている証拠だった。


「うおおおお!」


 セーラは腹の底から聞いたこともないような雄叫びをあげ、巧みに魚の力を逃がしながらリールを巻いていった。

 少しの間格闘していると、日の光を受けて光るなにかがニーナの目に入った。素早く用意していたタモ網を持ってきて、それを掬いあげる体勢に入る。


「おりゃああああ!」


 セーラ渾身の一振りで、一匹の魚が地中海の空を舞った。ニーナはそれを居合いのようなフォームでタモ網に収める。完璧なコンビネーションだった。


「やりました」

「よくやったニーナちゃん! 今度ラーメン奢る! 見せて見せて!」


 心なしか目を輝かせながらニーナがタモ網をめくっていくと、釣果が姿を見せた。それまでウキウキだったセーラの表情が、ゆっくりとしかめっ面に変わっていく。


「なんこれ」


 それは一見するとアンコウのようだったが、底面には小さな手足のようなものが生えており、それをじたばたと動かして暴れている。


「……新種の深海魚でしょうか」

「キモいなぁ~。海に返そう」


 セーラはそれをつまみあげると、ひょいと海に放り投げた。

 ちょうどその時、貨物船に積まれたコンテナの一つの扉が開いた。中から出てきたのはシノユキで、「ちょっと来てくれ」と二人を手招きする。

 二人は一度顔を見合わせたあと、釣り道具をそこに放置してコンテナの中に入っていった。


 船上に無数に積み上げられたコンテナ。という表現は嘘になる。

 そのコンテナの内部は一つの大きな空間になっており、戦艦に匹敵する索敵装置と人員が詰め込まれていた。

 正面には映画館のスクリーンほどのディスプレイがあり、周辺海域の天候や各種ソナー・センサーからの情報がリアルタイムで表示されている。

 シノユキたちは揃って、船長席のところまできた。船長は作業着姿の中年男性で、特殊な人間という雰囲気はない。シノユキを一瞥すると、自分の顎を揉むように無精ひげを撫でた。


「間もなく指定のあった座標だ。確かにここはよく獲物がかかる場所ではあるよ」

「ここ数年で、なにか変わったことは?」

「都市伝説じみた失踪やらか? 最近じゃ航行技術も飛躍的に進歩してるし、怪しいものは我々が回収してる。ニュースになっている以上のことは起こっていないと思っていい」


 言われて、シノユキは黙ってディスプレイへと顔を向ける。船を示す光点が、徐々にコルカノの書が指した地点へと近づいていく。しかしそこを通り過ぎてもなにかが起こることはなく、船のエンジンと時折放たれるソナーの音だけが船内に響いた。

 不意に、シノユキのポケットで端末が鳴動した。すぐにそれを取り出し、画面を一度タップしてから耳に当てる。


「どうした?」

『なにかおかしい』


 ダミーとなっていた艦橋にいるヨミヒトからの連絡だった。


「なにがだ?」

『光が。……“干渉”の痕跡がある』


 一瞬、シノユキは口を薄く開けたまま硬直した。


「まさか……なにかが隠されているのか? 光による干渉によって」

『可能性はある。だが同じく光に干渉できる力を持つものとして、人間業だとは思いたくないな。どれほどの規模のものを隠しているにしろ、こんな遮蔽物のない海上で、年中無休の干渉を続けるなんて』


 シノユキは悩んだ。


“これは手を出してもいい領域なのか?”


 しかしすぐに背中を叩かれたような気がして、声が出た。


「……解けるか?」

『やってみる』


 ヨミヒトはリリィに端末を預け、艦橋を出て肉眼で進行方向を確認する。

 ゆっくりと右手をかかげ、意識レベルを落としていった。船が水を切る音が遠ざかっていく。そして、次第にこの世界のイデアが見えてくるはずだった。


「……なんだこれは」


 ところが、実際に見えてきたのは暗闇だった。この船の周囲、どこを見渡しても完全な黒。どちらに向かって進行しているのか、もはやヨミヒトにはわからない。

 しかしそれがどういうことなのか、理解するのにそれほど時間はかからなかった。


「なるほど、そういうことか」


 納得した様子で、ヨミヒトはイデアル・スコープを展開する。


「なにかを隠していたんじゃない。“俺たちが隠されていた”んだ」


 そう言って正面に最小限の光線を放ち、そのまま腕を直上に振り上げた。船を覆う膜のように展開されていたスクリーンが、切って落とされた。


 ――その瞬間、目の前に現れたのは巨大な龍だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ