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COLON:SERIES - アンネ・ラインハルトの記録  作者: 志室幸太郎
ANNE:2020 - アンネ・ラインハルトの黙示録
44/53

[5-7]

 部屋は一面、本で埋め尽くされていた。素材やページ数、題字の言語は様々だったが、表紙は一様に黒く、白い文字が刻まれている。そのすべてが暦史書管理機構内で“異端書”と呼ばれる、異能力を持つ本である。

 セーラの忠告を思い出し、シノユキはすぐに理解した。


“この青年は、この本すべてによって守られている”


 異端書たちに囲まれるようにして、中央には作業机があり、アランはそこで本の背の歪みを直す作業をしている最中だった。

 万力に挟まれた本の背の接着剤を専用のカッターで削り終え、羽根帚で机を軽く掃除したところで、アランはようやくセーラたちの方へと向き直る。


「お待たせ。本の修理の依頼かな?」

「いいや、ちょっと探してほしい人がいてね」


 そう言って、セーラは白衣のポケットから一本のチューブを取り出した。それは血液検査の際に使用されるような、プラスチック製の真空チューブだった。


「結構前に採血したものだけど、DNAの分解を抑える薬剤が入ってるから、ゲノム情報はギリ残ってる」

「なるほど。あの本を頼ってわざわざイギリスまで来たわけか」


 アランは立ち上がり、猫のように大きく伸びをしてから、背後の本の山の前へと移動する。少しの間なにもせずに立ち尽くしていたが、本の場所を思い出したのか山の一角を崩していった。


「あったあった」


 被っていた埃を吹きはらって、アランは両手で本を持ち上げる。いや、抱えると言った方が正しい。

 巨大な本だった。短辺が四十センチメートル、長辺は六十センチメートルほどある。アランは工具を押しのけて、その本を作業机の上においた。


「ふう。こっちへおいでよ。君たちが怖がるのもわかるけど」


 声をかけられて、シノユキとニーナ、セーラも机の周囲に集まる。


「登録No.173、呼称“コルカノの書”」


 それはその他のコロンシリーズにもよくあるような、黒い革張りの表紙の本だった。

 だがニーナがさらに近づいて見ると、その本の違和感に気がつく。


「この溝……」


 よく見ると、その本の表紙には細かな凹凸が刻まれていた。色がついていないため遠目からはわからなかったが、それは見覚えのある形をしている。


「大陸」


 ニーナの言葉をきっかけに、アランはその本に手をかけ、机いっぱいのページを開いた。

 予想通り、そこに描かれていたのは世界地図だった。紙自体はかなり劣化していたものの、海や山の起伏までが鮮やかに描かれている。しかしかなり古い時代の地図なのか、ところどころ現在の位置関係とは違った部分もあった。


「この本で開くべきは、このページのみなんだ。他のページの記述は、すべてこの地図を動かすためのプログラムのようなものでね。血を」


 アランの差し出した左の義手に、セーラがチューブを預ける。アランはチューブのキャップを外し、粘度のある血液をおもむろにそのページに垂らした。

 血は表面張力によって小さな血だまりを作ったあと、ページに跡形もなく吸い込まれた。直後、ニーナが地図を指さした。そこには小さな一つの赤い点が現れている。


「ドイツですね」


 そしてその点は、小刻みに震え始めた。しばらくの間ほとんど同じ位置に留まっていたその点だったが、不意に線を描き始める。その線の行き先は、アメリカだった。


「……まさかこの本は、吸った血の持ち主の生涯の位置を追跡できるのか?」

「ご名答」


 シノユキの質問にアランが短く答える。

 アンはドイツで生まれ、アメリカの大学に入学した。何事もなければその大学を卒業し、優秀な学者になることもできただろう。

 しかしあの出会いによって、しばらくアメリカ内で渦を巻いていたその線は、大きく東へと伸びることになった。しばらくの間日本とアメリカを行き来する線を、シノユキは静かに見つめていた。


「そろそろのはずだ」


 シノユキの言う通り、その線は突如奇妙な動きを見せた。日本を出たその線は、太平洋上をしばらく漂ったあと東へ向かい、大西洋の南を経由してドイツへと戻った。

 ドイツで落ち着いたかと思えば、その線はまた西へと伸び、今度は北大西洋上にしばらく留まって――。


「消えた……?」


 それまでアンの足跡を辿っていた血の線は、一瞬にしてすべて消え去った。

 シノユキはただの世界地図となった本を少しの間見つめていたが、なんとか口を開く。


「……線が消えたということは、どういうことなんだ?」


 アランはなにも言わず、セーラに視線を送る。セーラも視線に気づいて、小さく頷いた。


「今もそこにいるか、この星ではないどこかへ行ったか――そこで死亡したか」

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