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映画館を彷彿させるブリーフィングルームに、一同は集められた。
それぞれ空いている席につき、最後に長南シノユキが座席に腰を下すと、薄く長く息を吐く。柔らかな背もたれに埋もれていくような感覚。二年前のヒリフダ市に関わる一件が、ぼんやりと思い出された。
堂々とした態度と表情で壇上に上がり、オペレーションの内容を語るアンネ・ラインハルト。しかし今彼女はスクリーン上に、異端者として映し出されていた。
「これまでの経緯を説明しよう」
壇上のマシュー・アダムズは淡々と語り始める。
「彼女はヒリフダ市の事件での能力発現後、我々とともに“歴史の修正”にまつわる業務を行ってもらっていた。君たちも知っての通り、歴史が誤った方向に進まぬよう介入するのも我々の重要な仕事の一つだ。彼女の力は、我々に大きく貢献してくれていた。しかし一年前……彼女は突如暦史書管理機構から姿を消した」
「一年前?」
思わずシノユキは腰と声を上げる。
「それならばなぜ、その時点で対応しなかったのですか?」
マシューの目が鈍く光る。
「彼女は普通に暮らすことを望んでいたし、我々の業務にも支障がなかったので、そっとしておいた。住処を転々としているようではあったが、連絡を取ろうと思えば取れたからね」
「それならば問題は……状況が変わった、ということですか」
シノユキの慧眼に、マシューは頷く。
「今年、暦史書管理機構史上最大のオペレーションがある。彼女の能力はその成功に必要不可欠だ。彼女の意思に関係なく、その役割を与えられたからには、全うする義務がある。だが、彼女はそのオペレーションの内容を受け取った直後、完全に失踪した。行方不明だ」
「……その、オペレーションの内容とは」
半ば返答を予想した上での質問だった。
「言えない。これは暦史書管理機構内部でも、十二使徒およびオペレーションに関わる極少数の職員のみが知ることができる機密情報だ」
シノユキは浮いていた腰を再度下す。眉間には自然と皺が寄った。
暦史書管理機構の機密情報を保持した上での失踪。異端者として指名手配されても仕方がない状況であった。
そんな姿を見て、マシューは微笑む。
「そんなに深刻になる必要はない。指名手配はあくまでも、彼女を探すために必要な事務的な対応だ。無事発見され、オペレーションに加わってくれれば、罰則のようなものはない」
言われて、シノユキは顔を上げる。
「我々にアンネ・ラインハルトを捜索してほしいということですね」
黙って聞いていた他の面々は、納得したような表情を見せる。
マシューも深く頷く。
「こちらでも全力で捜索しているが、なにしろ彼女の能力は、現実という神の紡ぐ物語を書き換えていくものだ。痕跡を探すのは非常に難しい。可能か不可能かはわからないが、彼女は自分自身を書き換えて別人になっている可能性すらある。だが君たちなら、彼女の個人的な趣味嗜好から手がかりを得られるかもしれない。彼女にとっても、君たちからの接触なら応じやすいだろう」
「へい」
気の抜けた声とともに、セーラ・シュタインがぶらんと手を挙げる。少し考えるように間をおいて、眼鏡の位置を両手で微調整してから話し始める。
「そっちでも探してるっつーことは、探すことに特化したジーニアスも動いてるってことでさーね?」
「ああ。捜索に加わってもらっている」
「あっ、そうですか。なるほどねえ……」
セーラは事件を推理する探偵のように、額に手を当てて唸る。
「ははは、君の言いたいことはわかる。“じゃあ無理”だろう」
「まー、そのですねー。立場上暦管に所属しているジーニアスの能力は大体把握してるわけなんだけども、あんな能力やこんな能力でも見つけられないとなるとねえ……あ」
「あ?」と一同が声を揃える。
セーラは勢いよく立ち上がると、パタパタとサンダルの音を響かせて歩き、多少苦戦しながらも壇上へよじ登った。そして両手を腰の後ろへ持っていき、応援団のような発声で叫ぶ。
「一つだけー! 手がかりを得られるかもしれない方法があるー!」
「な、なんだい」
マシューは困り顔で尋ねる。
「イギリスへー! 行くぞー!」