[5-1]
――神は永遠に幾何学する。
天候は快晴。空も海も、青の絵の具を水に溶かしたかのような澄んだ色をしていた。その境界には一筋の白。閉ざされた地が横たわっている。
一九四一年。南極大陸近海。
その美しい光景に、無機質なグレーが混じる。鋼鉄の船団は流氷をかき分けながら、まっすぐに南極大陸へと向かっていた。
先頭の船の艦橋。望遠鏡で熱心に大陸の様子をうかがう青年がいた。
「目的のものは見えますか?」
脇に立つ女性に尋ねられて、青年は気恥ずかしそうに望遠鏡をおろした。
「いや、見えないよ。なにせあれは氷床の地下深くにある。だけど、はやる気持ちを抑えられなくてね」
「預言の通りですものね」
「ああ。先人たちに感謝しないと。ニムロデ探査の功績はナイトの勲章なんかじゃ見合わないよ」
女性は懐中時計を確認する。
「そろそろ上陸の準備を、アダムズ様」
「わかった。行こう、アイリス」
・・
アダムズとその一行は南極大陸に上陸後、まっすぐに雪原の中を進み始める。船内でアダムズと呼ばれた青年は、雪に足を取られて早くも息が上がっていた。
「道を作りましょうか?」
「いや……大丈夫……。君は……このあとの大仕事に……備えて……」
とても大丈夫なようには見えなかったが、アダムズの足は衝動に突き動かされて止まらなかった。
やがて一行は、それを目にする。
「あった……」
白銀世界に突如そびえる巨大な三角形。山であれば別段違和感はなかった。しかしそれは、明らかに自然にできたとは考え難い正四角錐をしていた。エジプトのピラミッドを彷彿とさせる形状だった。
アダムズは呼吸を整えると、一団を引き連れて歩を進める。
想像以上の体感時間を経てピラミッドの近くにたどり着く頃には、あれだけ快晴だった空に白い雲が垂れこめていた。風も吹き始め、アダムズたちの到着を拒むかのようでもあった。
「このあたりだ……測定を」
アダムズの指示を受けて、同行者のひげを蓄えた男が抱えていたケースを開く。そこにはドイツ製のガイガー=ミュラー計数管が収められており、近くの雪を採取して装置にセットする。
いくつかのスイッチとダイヤルを調整すると、メーターの針が振れ始めた。
「放射線の反応がある」
報告を受けてアダムズは頷く。そして、アイリスへと視線を送った。
「頼むよ、アイリス」
「わかりました。離れていてください」
言われて、一行はアイリスを残し数十メートル後退する。
充分に離れたことを確認すると、アイリスはピラミッドの方へと向き直る。
そして手袋を外し、しゃがみ込んで雪の上に手を置いた。常人であれば耐えがたい冷たさのはずだったが、そんな一般的な感覚とは正反対の現象が起こる。
アイリスが触れている雪が溶け始めた。
それどころか、溶けて水となった雪は沸騰して湯気を立ち上らせる。その範囲はアイリスの前方へと広がっていき、ある地点を中心に渦を巻き始めた。雪原に突然湖ができたかのような光景だった。
アイリスはさらに集中し、その力を湖の奥深くまで巡らせる。すると、周囲一帯が細かく振動し始めた。
「来る……」
離れた場所で望遠鏡を覗いていたアダムズは、無意識にそう呟いていた。
湖の奥底から、巨大な影が浮かび上がってくる。大量の水しぶきが上がるが、水はアイリスを避けるように散った。
そして轟音とともに、それは姿を現した。
「見つけたぞ……」
アダムズの声は震えていた。
一言で言えばそれは“円盤”だった。鈍く光るなんらかの合金で覆われた表面には、意図不明の幾何学模様が刻まれている。
そしてその巨大な物体が水中から浮上してきたということは、内部に大きな空洞があることを示していた。
アダムズは目を閉じ、天を仰ぐ。
「――これで、僕たちは先に進める」