[4-19]
「お手!」
「おてっ」
「おかわり!」
「おかわりっ」
「伏せ!」
「ふせっ」
「よおーしよしよしよし!」
命令を忠実に実行したダリアの頭を、セーラはわしゃわしゃと撫でた。そして角砂糖を放り投げると、ダリアは凄まじい瞬発力で追いかけ、口でキャッチする。
その様子をヨミヒト、リリィ、シノユキが困惑した様子で見ていた。
「ね、良い子でしょ? まったくエトセトラは悪いやつだなぁ、こんな良い子に暗殺を命じるなんて」
「俺は殺されかけたんだが……」
「俺は殺しかけた」
「私も。というかなんで角砂糖なの……」
「まぁまぁ、過去のことは水に流そうじゃないの。リリィ女史は得意でしょ?」
セーラは犬のようにじゃれつくダリアを撫でまわしながら言う。諦めたようにリリィはため息をついた。
「……そうね。エトセトラすべてをというわけにはいかなかったけれど、友だちになれる子なら友だちになりたいわ。アンが言っていたように」
アンの名前が出て、シノユキはうつむく。地雷を踏んでしまったことに気づき、リリィは軽く咳払いをした。
「大丈夫ですよ。パパが一緒ですから」
「大丈夫には大丈夫だろう。だがあいつは、もう普通の生活には戻れないかもしれない――」
・・
薄暗い部屋に入って、まず目につくのは木製の円卓だった。
材質は黒檀。一体いつ作られたものなのか、現代の家具には持ちえない異質な存在感を放っている。
そしてそれぞれの席に着いている、十二人の男女。十二使徒と呼ばれる暦史書管理機構の実権を担う人々。その中にはマシューと、ヨミヒトとユウコの父である有栖川ユキヒトの姿もあった。
「さて、話を始めよう。――君はどこまで気づいている?」
マシューに声をかけられて、アンは一呼吸置いて語り始めた。
「エドワード・アダムズ――いいえ、“エーフェス”は、私に特別な力があることを知った上で声をかけてきた。そしてコロンシリーズと暦史書管理機構へ到達できるように手掛かりを残した。さらにあなたたちは私を危機的な状況に陥らせることで、能力の覚醒を狙った。違う?」
マシューは続きを促すように手を挙げる。
「エーフェスは古来から、その時代時代に生きる人の身体を借りてこの星を見守っていた。私のような偶発的に力を持った者は、彼にとって必要な存在だった。“真の実在”へと至るために」
乾いた拍手の音が響く。
「概ね正解だ、アン。補足をしよう。エーフェスはこの星にアダムとして生まれ、そして宗教による人類のコントロールを始めた。その際にエーフェスは、自分の持つ力を切り離して十三人の人間に与えた。彼らを我々は、“与えられた十三人”と呼んでいる。君は、なぜエーフェスが自分の力を分け与えたのかわかるかな?」
アンは目を閉じてエドワードの顔を思い浮かべる。
「……助けてほしかったのよ。自分の力だけでは、理想の世界を描けなかったから」
一同は顔を見合わせて頷き合う。
「我々から説明すべきことはなにもないようだ」
そう口を開いたのはユキヒトだった。
「君は与えられた十三人の一人に酷似した塩基配列を持っている。最も強力な力……リコード《改竄》をね」
「イデアを直接書き換える力……恐るべき御業だな」
白髪の男は机を指先で叩きながら独り言ちた。
「君には然るべき段階を踏んで、我々に直接協力してもらうことになるだろう」
「真の実在へと至るために?」
「その通りだ」
ユキヒトの予想通りの答えに、アンは肩をすくめた。
「まあ、それはいいわ。あなたたちの手の中で踊っていたのは癪だけど、確かに必要なステップだったと思う。――でも私は私の生きたいように生きるわよ」
「それは不可能だ。君は自分の価値をわかっていない」
「あなた誰よ。名乗りもしないで勝手なこと言わないで。顔に落書きするわよ」
場の空気が凍りついた。しかしすぐにマシューが吹き出してしまう。
「まったく、君の度胸は大したものだよ。我々もすぐに君をどうこうしようというつもりはない。ただ、然るべき時が来たらその力を貸してほしい」
「……マシュー、それは甘い考えだ」
「彼女の幸せも含めての、真の実在だろう? それにもう、自分の力で身を守れるさ」
言いくるめられて、十二使徒の一人である女性は黙った。
「すまないね、彼女も君を心配して言っただけなんだ」
「あらそうなの? ごめんなさい」
「竹を割ったような性格、とはこのことだね」
ユキヒトはその年齢を感じさせない中性的な顔でアンを見つめる。
「とにかく歓迎するよ、アンネ・ラインハルト。改めて、暦史書管理機構に所属してくれてありがとう。そして共に紡いでほしい。――真の実在へと至る物語を」
アンは少し悩んだような素振りを見せたあと、すました顔で笑う。
「小説を書くのは苦手なんだけど」