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COLON:SERIES - アンネ・ラインハルトの記録  作者: 志室幸太郎
ANNE:2018 - アンネ・ラインハルトの福音
32/53

[4-14]

 ヒノテとイーサンは全身を念入りに拘束され、暦史書管理機構の護送車の中に運ばれた。

 その気になればヒノテは拘束具を燃やして逃げ出すことができたが、その気にはならなかった。倦怠感に身体が支配され、抵抗する気が起きない。

 ヒノテは隣に座るチトセを目の端で見た。チトセはヒノテとイーサンの頭に手を添え、静かに目を閉じている。


「セロトニンやドーパミンを、消失させているのか……」

「まだ覚えたての技術です」

「カナエの力を一番純粋に受け継いだのは……君のようだ……」


 目を閉じたまま、ヒノテは薄く笑った。


「出して」


 助手席に乗ったアンの指示で、シノユキがエンジンをかける。護送車はヤルダバオートの地下駐車場を出て、公道に乗るはずだった。


「え――」


 アンの呆けたような声。シノユキも、自然とアクセルを踏む足を上げた。

 駐車場を出てすぐの道に、無数の人が押し寄せていた。老若男女、国籍も様々な人々。顔に浮かぶのは怒りや哀しみ。バッドや工具などを、武器替わりに持っている者もいた。


「なに……どういうことなの……」


 突然車の窓をノックされ、アンは思わず身を震わせた。見ると、窓の外には見覚えのある褐色の肌の男性の姿があった。アンとシノユキがインタビューをした、サイモンだった。


「君たち、彼らをどこへ連れていくんだい」


 サイモンの目は据わっていた。


「……彼らには、窃盗の容疑があります。警察に届けないと」

「本当かい。それなら私も同行しよう。だがその前に一つ聞きたいことがあってね」

「……なんでしょう?」

「ダリアという子を知らないか」


 これまでも危機的な状況を何度か経験したアンだったが、今回ばかりは背筋に悪寒が走る思いだった。なぜなら沢山の人を嘘で欺き、誘拐まがいのことをしようとしているという自覚があったからに他ならない。罪悪感が押し寄せる。

 暦史書管理機構とはそういう組織だった。


「ダリア? ごめんなさい、知らないわ」


 サイモンは悲しげな目でアンを見て、何度か頷いた。アン自身も、嘘を見透かされていることがわかった。

 そして次の瞬間、サイモンが手にしていたハンマーで車の窓ガラスを叩き割った。アンの悲鳴が響く。


「アン!」


 シノユキはアンの腕を掴み、運転席の方へと引き寄せる。その顔にはガラス片で細かな切り傷ができていた。


「チトセ、逃げろ!」

「は、はい」


 チトセはすぐに車を飛び出し、よろけながらも烏山の乗る後続の車の方へと走った。

 シノユキも運転席のドアを開け、アンとともに車外へと転がり出る。それを見て、群衆の中から数人が車に駆け寄り、イーサンとヒノテを助け出した。

 アンを背後に隠すようにしながら、シノユキはにじり寄ってくるヒリフダ市民を睨みつける。


「どういうこと……なぜエトセトラを助けるの……」

「あなたたちはなにか勘違いをしているようだ」


 拘束を解かれたヒノテは、締めつけられていた箇所をさすりながら二人の前に立つ。


「僕たちは元々ヒリフダ市の人間です。さらに言うのなら、この街はエトセトラによって造られた街」

「情報が、間違っていたということか」

「いいや、情報は合っていたと言えるだろう」


 群衆の中から聞こえてきた声に、アンは震えた。シノユキの肩越しに覗き見る。


「エトセトラとヤルダバオートに関わりがある、という情報を流したのは最近のことだ。君たちはそれを、“エトセトラが最近になってヤルダバオートと接触した”と勘違いしたようだがね」

「ジェームズ……教授……?」

「やあ、アン」


 ジェームズは穏やかに笑った。その時、シノユキの脳裏にヤルダバオートを創設した三人の男の写真がフラッシュバックする。


「フランク・タウト……」


 よくできた生徒を褒める時のように、ジェームズは深く頷いた。


「私の曽祖父にあたる男だ」

「なぜ……どういうことなの! 意味がわからないわ!」

「アン君、考えてみなさい。我々エトセトラが表舞台に立つためには、どうしても排除しなければいけない障害がある。わかるね?」

「……暦史書管理機構」

「そう。古くから私の家系には、特別な力を持つものの存在を秘匿しようとする者たちの話が伝わっていた。そしてその者たちが書き記しているというコロンシリーズと呼ばれる書籍群の存在もね。だからエトセトラは、以前からその足跡を追っていた。そしてようやくエドワードが尻尾を掴んだのだと思ったが……例のすり替えがあってね。その時私は確信したんだよ。彼が組織の人間であり、君が彼からなんらかの情報を得たということを」


 それほど長い期間ではなかったが、エドワードやジェームズと親し気に過ごしていた時期を思い出して、アンは戦慄していた。そのすべては嘘に塗り固められたものだった。


「君を探すのは骨が折れたが、しかしよくやってくれたよ。ヒノテ君の活躍もあって、おかげで暦史書管理機構を引きずり出すことができそうだ」


 ジェームズが手を挙げて合図を出すと、数人が前に出てアンの腕を掴む。


「ちょっと! 触らないで!」


 シノユキは念のため持っていたエイシストールの書をブックホルスターから取り出すが、ヒノテの鋭い蹴りで叩き落される。

 それを拾い上げると、興味深そうに見た。


「この本は強力ですが、突発的な戦闘時にはほぼ役に立ちませんね」


 そう言うと、エイシストールの書は突然発火し、塵も残さずに焼失した。


「――っ!」


 ヒノテの不意を突いたかに思われたシノユキの足払いは、軽々とした跳躍でかわされる。そうしている間にも、アンは群衆の中に呑まれようとしていた。


「くそっ!」


 シノユキはアンに向かって駆け出すが、今度は急接近してきたヒノテの足払いを受け、アスファルトの道路に倒れ伏した。頬や手を擦りむいた焼けるような痛みが、少し遅れてやってくる。

 それでもシノユキはアンに視線を送っていたが、遮るようにヒノテがしゃがみこんだ。

 そして囁く。


「あなたならこの状況に勝ち目がないことくらいわかるでしょう。本来ならばあなたもここで始末したいところですが、役割をあげます。機構の本部に戻って交渉の準備をするように伝えてください。こちらの要求はダリアの身柄と、暦史書管理機構の即時解体です」


 シノユキは答えることなく、逆光で見えないヒノテの顔を睨みつける。


「あなたたちのような秘密主義の組織と違って、我々は思い切った行動を取れる。交渉に応じなければ暦史書管理機構の存在と持ちうる限りの情報を公開し、彼女を消すまでです」


 “彼女を消す”という言葉を聞いて、シノユキは反射的にヒノテの足首を掴む。ヒノテは容赦なくその腕を蹴り上げた。声にならない呻きが漏れる。

 ヒノテはシノユキを置き去りにし、その場を離れていく。

 いつの間にかアンの姿も、一帯を包囲していたヒリフダ市民もいなくなっていた。

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