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「どうしたんです? 急に呼び出したりして。あれ、ここの資料どこにやったんですか?」
研究室に入るなり、アンはごっそり一段本が消えた本棚を見て言った。
椅子に腰かけてうつむいていたジェームズが顔を上げる。
「ああ……。エドワードが持っていったよ」
「まだ読んでなかったのに……。エドワードから何か連絡ありました?」
ジェームズはまたうつむき、放心しているようだった。
「ジェームズ先生?」
「……二つ、悪い知らせがある」
唸るような声に、アンの笑顔が引きつる。
「そういうのって、大抵片方は良い知らせじゃないんですか?」
「今回は、そうもいかない……。軽い方から話そう。あのコロンシリーズは偽物だった」
「……偽物?」
「CIAから連絡があった。DNA鑑定の結果、あの血の署名はケネディどころか、人間の血ですらなかったそうだ。本そのものも、コロンシリーズとは全く関係ない内容だったらしい。本物を隠し持っているんじゃないかと疑われたよ」
「それは……ムカつくわね。でもそんなに落ち込むこと?」
「もう一つは……エドワードが死んだ」
「……なんですって? なんのジョーク?」
「東京の渋谷で、ビルから飛び降りたらしい。遺体は、原形を留めていなかったそうだ……」
茫然とジェームズの話を聞いていたアンの表情が凍りつく。語るジェームズも、沈痛な面持ちだった。
「明日、遺体が到着する。君も葬儀に――」
「……失礼します」
アンは震える声でそう言って、研究室を飛び出した。
そのまま大学内を駆け、自分の部屋がある寮へと走る。普段運動をしていないこともあって、すぐに息が切れた。苦しくて涙が出た。それでも足を止めることなく、涙を拭いながら走り続け、寮へと辿り着いた。
「あら、アン。もう帰ったの?」
立ち話をしていた同級生を無視して、自分の部屋のある二階へと階段を駆け上がっていく。ドアを開け、ほとんど倒れ込むように部屋に入った。本の山を崩しながらベッドまで這っていって、枕元に置いてあった本を手に取る。それを開いて、挟まっていた一枚の紙を取り出した。
何度も読んでいたその便箋を、アンはもう一度読む。
親愛なるアンへ
まず最初に言っておきたいことは、もし君が僕を友達だと思ってくれているなら、
この本のことは誰にも言わないでほしい。この本は原典ではないが、内容は本物だ。
それを信じるか信じないかは君次第だけど、きっと楽しんでくれると思う。
誰にも物怖じしないで突き進む君の姿は、とても魅力的だったよ。
たった数か月だったけど、一緒に研究ができて良かった。
もしまた会えたら、この本の感想を聞かせてくれ。
じゃ、元気で。
エドワード・アダムズ
追伸 “真実は前を向く者の視線の先にある”
アンは溢れてくる涙を、何度も何度も手で拭った。それから便箋を丁寧に折って脇に置き、今度は本を手に取って、その革製のカバーを外した。
中から出てきたのは、黒い表紙に白い文字でタイトルが印字された、ハードカバーの本だった。
タイトルは“CHRIST:0033”。その内容は、一般的な聖書の物語とはまるで違っていた。