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COLON:SERIES - アンネ・ラインハルトの記録  作者: 志室幸太郎
ANNE:2018 - アンネ・ラインハルトの福音
29/53

[4-11]

 ダリアを烏山に預けた後。アンたちは食事を済ませ、拠点としている部屋に戻る。


「リリィ!」


 部屋に入るなり、アンはベッドに腰かけて本を読んでいたリリィに歩み寄る。リリィも笑顔を見せて立ち上がり、軽いハグを交わした。


「アン。無事で良かった」

「あなたが助けてくれたんでしょう? これで二度目ね。ありがとう」

「私は手伝っただけですよ。お礼は彼に言ってください」


 リリィはアンから離れると、窓から夜のヒリフダ市を眺めていた青年を示す。青年の眼前にはコンピューターグラフィックで作られたような光の陣が浮かんでいたが、声をかけられてそれは溶けるように消えた。


「あなたは?」

「有栖川ヨミヒト。有栖川ユウコの兄だ」


 アンは「わお」と呟いて、ヨミヒトに近づく。そしてその相貌をじっくりと観察する。


「確かに似てるわね」

「初対面の人間の顔をじろじろ見るなよ」

「あら、さっき電話で話したじゃない」

「はあ……。いいか、初対面という字は――」

「日本語の勉強はいいわ。今はもっと重要なことがあるでしょう」


 軽くいなされたヨミヒトの肩を、シノユキが同情の意思とともに軽く叩く。


「あの襲撃がなんだったのかを考えないと」

「考えるまでもないだろう。お前のハッタリがバレたんだ」


 シノユキは苛立たしげに眉根を寄せる。


「ハッタリ?」


 リリィが首をかしげる。シノユキはその場にいた全員に、ヤルダバオート内で起こった事の顛末を話した。


「めちゃくちゃだな……」


 ヨミヒトはシノユキと同じように眉間にしわを寄せる。


「うるさいわね! あの場では最善だと思ったのよ」

「今は思っていないということか」

「思っていないわ。ごめん」


 これにはリリィも沈痛な面持ちで黙ることしかできなかった。


「でも前向きに考えましょう。新たな情報を掴むことができたのは大きいと思わない?」

「だが相手にも情報を与えたことになる。ダリアを確保したことで、相手が一般人ではないことに気づかれたな」

「ただ迷子になっていると思われているかもしれない。子供みたいな子だったし」

「前向きがすぎる。迷子になるようなやつに暗殺を任せると思うか?」

「ああ言えばこう言うってやつね」

「お前にだけは言われたくないな」


 火花を散らすアンとヨミヒトを見て、リリィはため息をつく。


「曖昧なことを議論してもしょうがないわ。とにかくはっきりしているのは、アンとシノユキさんの顔がエトセトラに知られたということ」

「その通りだ」


 ソファに腰を下ろして黙っていたシノユキが口を開く。


「俺とこいつは作戦から外れるべきだな」

「なんですって?」


 アンは信じられないという様子でシノユキに向き直るが、シノユキは「当然だ」と言わんばかりに視線を返すのみだった。


「まだオークションが――」

「イーサンは俺たちがヤルダバオートを出たあとすぐにヒノテに連絡を取ったはず。そしてダリアがやってきたということは、お前のハッタリは失敗に終わったということ。ヒノテはすでに信頼を回復し、俺たちを消しにかかってくる。オークションに参加するのは作戦の妨げになるだけでなく、自殺行為だ」

「でもそれじゃ、私たちがここに来た意味がないわ」

「俺たちになにができる」


 シノユキの言葉に怒りが滲む。その半分はアンに向けられたものだったが、もう半分は自分に対しての怒りだった。


「もしまた命を狙われたらどうする。お前は戦えるのか? 俺には時間を稼ぐことしかできなかった。次も都合良く援護が間に合うとは限らない」


 矢継ぎ早に正論を言われて、アンは悔しげに口を結ぶ。


「それにここからは俺たちの独断で動ける問題じゃない。エトセトラとヤルダバオートがジーニアスの存在を公表しようとしている以上、暦史書管理機構が取る対応は一つ。“公表を阻止し、ジーニアスを拘束する”ということだ」

「……まるで独裁政治みたい」


 アンはベッドに腰を下ろし、小さく呟いた。リリィとヨミヒトにも同じような葛藤があったのか、思いつめたように押し黙る。


「だが、それがこの組織の役割であり、エドワードが信じたものだ」


 “エドワードが信じたものを信じる”。それはアンが先刻口にした言葉だった。


「本当にそうなの……エドワード……」


 アンが口の中で呪文のように唱えると、不意にエドワードの無邪気な笑顔が脳裏に浮かんだ。様々な喜びと悲しみを知った上で、それでも生きることを楽しもうとするような屈託のない笑顔。

 力を失いかけていたアンの瞳が輝きを取り戻す。


「違うわ。エドワードは都合の悪いものを、力で抑え込もうとするようなやつじゃなかった」

「ならどうすればいい」

「声をかけて、友だちになればいいのよ。私にそうしてくれたようにね」


 シノユキは鼻で笑う。


「前提が間違っている。エトセトラは我々の呼びかけに応じなかった連中の集まりなんだぞ」

「一度声をかけて振られたくらいでうじうじしてるんじゃないわよ、男のくせに!」


 これは英語だったが、聞いていたヨミヒトとリリィは居たたまれない気持ちでいっぱいだった。

 その時、会話が落ち着くのを待っていたかのように部屋のドアがノックされる。

 ヨミヒトが軽く手を挙げてから入口まで向かい、薄くドアを開く。小さな話し声のあと、ヨミヒトは烏山とチトセを連れて戻ってきた。


「すみません、立ち聞きしていました」


 部屋に入るなり、チトセは頭を下げる。


「そして僕からもお願いします。できることなら、エトセトラの人間と協力関係を結べるようになりたいです」

「あなたは、さっきの……」


 チトセはアンを見て頷く。


「僕の名前は折紙チトセ。折紙ヒノテの、妹にあたる……と思います」

「なんですって?」


 アンだけが驚いた様子を見せる。


「日本支部では、周知の事実なのね……」

「俺から説明しよう」


 後ろに控えていた烏山が、神妙な表情で口を開く。


「かつて、暦史書管理機構日本支部の異能対策室に“折紙カナエ”という女がいた。そいつは“バニッシュメント”という物質を消失させる能力を持っていて、ジーニアス関連事件の証拠隠滅要員として、機構内で重宝されていたんだ」

「物質を、消失させる……?」


 懐疑的だったアンの様子を見て、チトセは近くにあったメモ用紙を一枚切り取る。それをアンの目の前に示すと、目を閉じた。


「え――」


 紙はアンの目の前で、輝く粒子となって消え去った。


「なんでもありね……。でもつまり、彼女やヒノテは……」

「そう。その折紙カナエの子供たちだ。あいつは常識的な人間として機構内で生きていたが、実際にはとんでもない狂気を内に秘めていた。それを解き放った結果、あいつは不特定多数のジーニアスと交配を繰り返し、新たなジーニアスを生んだ。遺伝子の掛け合わせを楽しむようにな……」


 さらりと語られた内容に、アンは鳥肌が立つのを感じた。


「カナエは、今どこでなにをしているの?」

「消えたよ。さっきの紙のように。だがおそらくは、今もどこかで生きている」


 なんとか生唾を飲み込んで気を取り直すと、チトセに視線を送る。


「あなたは、お兄さんを助けたいのね」

「正確には、よくわかりません。ただ、話してみたいという気持ちがあるのは確かです」

「――わかった」


 アンは一瞬の間を置いて、“アイデア・ノート”を取り出す。


「みんなの力を教えて。なにができるかを考えてみましょう」

「お前……!」

「文句は言わせないわ。私を止めることができなかったあなたにも責任があるのよ、シノユキ。男なら最後まで責任を取りなさい」


 無茶苦茶な言い分だった。だがアンの言葉の内容は関係ない。そこにあるのは“とにかく事態を好転させよう”という強い意志だった。

 それを感じ取ってなのか、ヨミヒトとリリィは顔を見合わせて頷く。


「俺は光に干渉できる」


 そう言って、ヨミヒトは右目の前に光の陣を展開する。陣が回転しながら前後に蠢くと、レンズのようにヨミヒトの目を拡大・縮小させた。


「イデアル・スコープと呼んでいる。発現した時は、単に遠くのものを見るためのレンズのような力だった。だが光に対する理解が深まってくると――」


 不意に陣が消えたかと思うと、同時にヨミヒトの姿も消えた。


「……まさか、光の速度でワープできるなんて言うんじゃないでしょうね」

「いや、ここにいる」


 突如空間が崩れ落ち、ヨミヒトの顔だけが姿を現した。


「極小のスコープを展開して光の屈折をコントロールすることで、姿を消したり幻影を見せたりすることもできる」

「あなたには見えないかもしれないけれど、今かなり気味が悪いことになってるわよ」

「そしてもう一つ」

「無視しないでよ」


 ヨミヒトは無視して、スコープを再度見えるサイズで展開し、絞っていく。


「リリィ」


 声をかけられて、リリィは冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出す。それを開くと、おもむろに部屋に向かって撒いた。それはベッドや床を汚す前に、文字通り霧散する。

 すると、室内に光線が走った。


「レーザービームというやつだ。さらに集束させれば、壁に穴を開けられる」

「そして私はご覧の通り、水を操ることができる」


 室内で霧となった水はもう一度部屋の空中に集まる。そしてそれは楕円に広がり、スコープから放たれた光線を屈折させた。


「今日二人を助けたのはこういう仕組みです」

「凄い技術だわ……。水を通してもあれほどの光の集束を維持できるなんて」

「二人で研究しましたから。操れるのは形状だけじゃなく、温度もです。沸騰させることも、凍結させることもできる。ただし、私もヨミヒトも能力を乱用すれば意識レベルが著しく低下し、最悪ロストします。長時間の大規模な干渉は無理だと思ってください」


 アンは二人の能力をアイデア・ノートにメモしていく。


「あなたは?」


 話を振られて、烏山は首を振った。


「人の死を感知できる。事が起こる前には役に立たん」

「確かに」


 烏山のあからさまに落ち込んだ様子に、チトセは小さく笑った。


「そしてあなたの物質を消失させる能力と――」


 最後にアンは、シノユキに視線を送る。


「あなたの時間を止める能力……。まったく信じられないわ、本当にコミックの世界よ。確かに私やあなただけでは力不足かもしれない。だけどこれだけ心強い仲間がいて、なにもできないなんて甘えよ。もちろんユウコたちにも協力を仰ぐしね」


 シノユキは悔しげにうつむいていたが、やがて椅子に背を預けて長く息を吐いた。


「今度はちゃんとした案なんだろうな」


 アンはこれ以上ないほどの得意気な顔でシノユキを見下ろした。

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