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COLON:SERIES - アンネ・ラインハルトの記録  作者: 志室幸太郎
ANNE:2018 - アンネ・ラインハルトの福音
27/53

[4-9]

 二人は警備員に囲まれながら移動し、エレベーターで最上階へと昇った。

 扉が開くと、フロアでは一人の男が待っていた。白髪交じりの髪を整髪料でオールバックにしている、ブランドのスーツを着こなす老紳士。それを見て警備員たちは頭を下げる。


「ご苦労様。あとは私に任せていい」

「いやそれは、さすがに危険です。まだ素性もわかっていません」

「大丈夫、自分の身は自分で守れる。さ、君たちはこちらへ」


 手招きされて、アンとシノユキはエレベーターを降りた。困惑する警備員を残し、エレベーターの扉が閉まる。


「イーサン・ロイド。ヤルダバオートの代表取締役社長だ。君たちは?」

「私はアンネ・ラインハルト。彼は長南シノユキ。今はそれ以上は言えない。あ、株式会社書記出版機構とはなんの関係もないわ」


 イーサンは目を丸くして、それから小さく鼻で笑った。


「なかなか度胸のあるお嬢さんだ。だが教えてもらわなければいけないこともある。……“エトセトラ”の存在をどこで知った?」

「情報交換をしましょう。このうすら寒いフロアで立ち話は、ちょっと気が引けるんだけど」

「それもそうだな、すまない。客人として迎えよう」


 イーサンは二人を応接室へと招き入れた。三人がソファーに座って黙っていると、ノックの音が響く。


「どうぞ」

「失礼します」


 ドアを開けて入ってきたのは、メイドだった。紅茶の入ったポットやカップ、お茶菓子を淀みない動作でテーブルの上へ運ぶ。


「ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」


 そう言って一礼すると、メイドは応接室を出ていく。


「メイドだわ、本物のメイドよ」

「黙れ」


 目を輝かせるアンをシノユキが一蹴する。


「それで、情報交換をしていただけるのかな?」

「ええ。こそこそ忍び込んで情報を集めるよりも、捕まって直接話のわかる人に聞いた方が手っ取り早いと思ったの」

「なるほど、大味な考え方だが嫌いではない。スパイ、というのは本当かな?」

「いいえ、私たちは単なるオカルトマニアよ」


 アンが次々に新たな設定を展開するため、シノユキはしばらく黙っていることにした。


「ほう。一般人が企業の名を騙って侵入とは……完全に犯罪行為だな」

「通報すればね。でもさっきあなたは“客人として迎える”と言ったわ」

「今のところはだ。情報次第では申し訳ないが通報させてもらうよ。もう一度聞く、“エトセトラ”の存在をどこで知った?」

「噂よ。あなた、超能力者の存在を信じる?」


 イーサンは品定めするようにアンの目を見た。


「ああ、信じるね」

「私はほとんどが眉唾物だと思ってる。でも一度だけ、本物の超能力者に会ったことがあるの。そして彼が所属している超能力者たちの組織が“エトセトラ”だと聞いたわ」

「エトセトラと我々ヤルダバオートの繋がりも、そいつが喋ったのかな?」

「そんなところね」

「エトセトラには裏切者がいる、か。まったく、有象無象の集まりはこれだから困る……」


 イーサンは困ったように肩をすくめ、紅茶に口をつけた。


「情報交換というのは、その裏切り者が誰かを教えてくれる、ということだね」

「ええ」

「悪くない交渉材料だ。私はなにを話せばいい?」

「目的が知りたい。あなたはエトセトラを使ってなにをしようとしているのか。そしてエトセトラはヤルダバオートの力を借りてなにをしようとしているのか」

「知ってどうする。オカルトブログの記事にでもするのか?」

「そうしたいところだけど、したら私殺されるわよね?」


 それを聞いて、イーサンは紅茶を噴き出しそうになる。


「馬鹿を言わないでくれ、ここは映画の世界じゃない。だがもし記事にしたら、威力業務妨害で君たちを告訴する。不法侵入の映像付きでね」

「わかったわ、記事にするのはやめておく。でも私たちの個人的な知的好奇心を満たしてはくれない? 超能力者を使ってなにをしようとしているの?」


 イーサンはソファに背を預け、アンを静かに見つめた。アンの瞳は少しの動揺を見せることもなく、じっとイーサンを見つめ返す。やがてイーサンは諦めたように笑った。


「我々の目的から話そう。ビジネスだよ。単純なことだ。いずれ公表することでもある」

「ビジネス、ね」


 これはブリーフィングの時点でユウコが予想していた通りだった。


「そう。彼らの能力は素晴らしいものだ。しかしなぜか、彼らはその能力を公にはせず、世間から身を隠して生きていた。なにかに怯えるようにね」


 怯えさせている張本人の一人は、特に反応することもなくタルトを切り分ける。


「だから私たち企業がバックアップをして、その才能を世の役に立ててもらう。それだけの話だ」

「ということは、いつか彼らが超能力を使って表舞台に立つのね?」

「そういうことになる」

「わお、コミックのヒーローみたいだわ」


 目を輝かせるアンを見て、イーサンは顔を綻ばせる。


「街を守って戦ったりするわけじゃないよ。気持ちはわかるけどね。私もコミックは好きだ」

「あら、もっと地味なこと?」

「遺伝子研究さ。彼らの遺伝子を解明することで、意図的に超能力を持った人間を生み出せるかもしれないんだ」


 これもユウコの予想通りだった。アンは内心拍子抜けしていたが、一切顔には出さずに話を続ける。


「じゃあ、将来は超能力を持った人が普通になるってこと?」

「上手くいけばね。ロマンがあるだろう?」

「ええ、とても。こんな面白いネタを一番に記事にできないのが残念だけれど」

「すまないね、この情報はまだまだお金になるものだから」

「それじゃ、エトセトラの目的はなんなの? あなたたちに協力するにあたって、なにか条件があったんでしょう?」


 イーサンはクッキーを頬張り、手についた欠片を払う。咀嚼しながら笑顔で首を横に振った。


「彼らは国を作りたいんだそうだ。“超能力者たちの国”をね」


 シノユキは退屈そうにタルトを口に運びながら、新しい情報を引き出したアンの手腕に感服していた。


「超能力者たちの……国?」

「ああ。彼らはその特殊な才能ゆえに、虐げられてきたのだろう。奇異の目や迫害に怯えることなく、伸び伸びと自分たちの能力を活かせる国。それをここ、ヒリフダ市から作りたいと考えているんだ」

「それはまた……壮大な話ね」

「そうでもない。日本では少し前に“ミニ独立国ブーム”というものがあってね。町興しのために、地域の自治体が国と称した団体を作ったりしていたんだ。彼らのもそんなところだろう」


 ここまで話して、アンとシノユキはこの男の立場を大体理解した。


「なるほどね。ちょっと拍子抜けだけど、面白い話だったわ」

「それは良かった。さ、次は君の番だよ。裏切り者は誰だ」

「折紙ヒノテよ。聞き覚えある?」

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