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COLON:SERIES - アンネ・ラインハルトの記録  作者: 志室幸太郎
ANNE:2018 - アンネ・ラインハルトの福音
26/53

[4-8]

「ようこそヤルダバオートへおいでくださいました。歓迎いたします。私、本日案内を担当させていただきます。広報の小岩と申します」


 小岩と名乗った背広の男が深々と頭を下げると、記者たちがそれぞれ挨拶を返す。当然ながら、アンたち以外にも一般の取材陣が入っていた。

 アンとシノユキも、場に馴染むようにビジネスカジュアルなファッションで参加している。アンの眼鏡は天口の予備を借りたものだった。


「これだけいたら二人くらいいなくなってもバレないでしょう。途中でトイレを探しに抜け出すわ」

「抜け出すのはいいが、調べる先に当てはあるのか?」

「自分の心に従うだけよ」


 それは行き当たりばったりという意味合いでしかない。シノユキは苦々しい表情を浮かべた。


「それでは早速、社内を案内して参ります。まずはこちらの展示をご覧いただきながら、ヤルダバオートの歩みを説明いたしますね」


 小岩の先導で、一同はぞろぞろと展示スペースへと移動する。

 そこにはヒリフダ市全域を再現した大型の模型があり、記者たちは感嘆の声を上げた。


「弊社はヒリフダ市の中央に位置します。その構造が示すように、ヒリフダ市はヤルダバオートが中心となって発展してきました。その始祖たる方々が、こちらの三人です」


 模型の奥には三人の男の写真が飾られていた。


「左から、エベネザー・ロイド、フランク・タウト、ブルーノ・ハワード・ライト。第二次世界大戦の後、日本に残って都市計画を推進していった英雄です」


 シノユキは一人一人の顔を眺めていく。三人目の男に視線を移したところで、違和感を覚えたシノユキは二人目の男をもう一度見た。

 整髪料で丁寧に髪を撫でつけた背広の青年は、フレームの外にあるなにかを見て微笑んでいる。


「なんだ……」

「それでは次に、ヤルダバオートが手掛ける産業についてご紹介いたします」


 シノユキは最後までその男を見ていたが、結局違和感の正体はわからないままだった。


 事前に予想していた通り、その後はお決まりの案内コースが続き、昼頃になるとヤルダバオート製の食品を昼食として提供された。それらは日本全国どこでも手に入る冷凍食品だったが、舐めてかかっていたアンは食べた瞬間に目を丸くした。


「これが冷凍食品なの……? アメリカで食べていたものはなに……?」

「日本に住んでいても、冷凍食品の進化のスピードは肌で感じる」


 そこでシノユキは、言語を手話に切り替える。


“だが感動している場合じゃないぞ”


 アンも同様に手話で“わかっているわ。そろそろ仕掛ける”と答え、席を立った。

 幸い小岩は他の記者たちとの談笑に集中しているようで、二人がいなくなったことに気がつかなかった。

 だが目立った行動ができるわけではない。社内には監視カメラがそこかしこに設置されていて、死角はほぼない。

 他愛のないことを喋りながらジェスチャーに見せかけた手話で打ち合わせ、二人は一旦トイレに入る。

 それからそれぞれ携帯端末を取り出し、コロニスト専用のチャットツールでやり取りを始めた。


“まずいわね、案内コースを外れた途端監視カメラ多すぎじゃない?”

“確かにな。大企業とは言え、死角がなくなるほどのカメラは普通じゃない”

“間違いなくなにかあるわね。そこで提案なんだけど――”


 アンの作戦を目にして、シノユキは再び顔をしかめた。


 シノユキがトイレから出ると、自信満々という表情のアンがすでに待っていた。


「さ、行くわよ」

「失敗したら致命的だぞ」

「あなたを信じているわ」


 そう言って、アンはシノユキの背を軽く叩く。いつもの皮肉や軽口ではなく、心からの言葉だった。

 そして二人は同時に歩き出し、まっすぐに監視カメラの中を突っ切っていく。そして気になる部屋を見つけると、カメラを気にすることなく堂々と入ろうとする。

 しかし当然電子ロックがかかっており、扉が開くことはあり得なかった。それでもアンはガチャガチャとドアノブを捻ったり、ゲスト用の入館証を電子錠に差し込んでエラーを発生させたりした。


「おい、やっぱりやめた方が……」

「いいから任せなさい。きっとそろそろ――」


 アンの予想通り、複数の人間が階段を駆け下りてくる音が聞こえてきた。二人のいる通路に飛び出してきたのは、ビルの警備員たちだった。


「ちょっと、なにしてるんです?」


 詰め寄ってくる警備員に向き直ると、アンは不敵な笑みを浮かべた。


「ふっ、ばれてしまっては仕方ないわね。私たちは記者なんかじゃない。ヤルダバオートの闇を暴くためにやってきたスパイよ! 株式会社書記出版機構とはなんの関係もないわ!」


 シノユキは頭痛を紛らわすように、右手でこめかみのあたりを押さえた。

 警備員たちは顔を見合わせると、一斉にアンたちに詰め寄る。


「ちょっと来てもらおうか。手を後ろに組んで」

「ええ。いいわよ。でももしこの会社の責任者がいるなら伝えてちょうだい。“エトセトラには裏切者がいる”とね」

「エトセトラ? なにをわけのわからない――」


 警備員は突然耳に手を当てて言葉を切る。


「はい、確保しました。……え? すぐにですか? は、はい。承知いたしました」


 連絡を受けた警備員は、アンとシノユキの拘束を解くように命じる。


「代表取締役が、お会いになるそうだ……。案内する」


 シノユキはアンのしたり顔にうんざりした様子だった。

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