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COLON:SERIES - アンネ・ラインハルトの記録  作者: 志室幸太郎
ANNE:2018 - アンネ・ラインハルトの福音
22/53

[4-4]

 十一月某日。新宿駅のバスターミナル前、アンの人差し指は一分間に二百回のペースでリズムを刻んでいた。

 シノユキは少し離れたところからそんなアンの姿を確認して、溜め息をついてから近寄る。シノユキに気づいたアンは嬉々としてリズムを刻んでいた人差し指をシノユキに向けた。


「遅いわ!」

「お前が早く来すぎだ。まだ三十分前だぞ」

「いっつもいっつも私が遅れて馬鹿にされるから頑張ったのよ!」

「俺より早く来たことを威張るために先に来たのか。馬鹿か」

「なっ……!」

「お前はその子供っぽいところをなんとかしろ。特にこれからは作戦に集中するんだ」

「わかってるわよ……。行きましょ」


 アンはキャリーバッグを引いてのしのしとバスターミナル内に入っていく。もう一度溜め息をついて、シノユキはアンを追った。

 バスの乗り場は四階にある。しかし二階でエスカレーターを降りたところで、アンは急に足を止めた。


「どうした?」

「ジェームズ教授……」


 少し先には降車スペースがあり、そこにはお腹がぽっこりと出た白髪の外国人の姿があった。ちょうどバスを降りたところのようで、ジェームズはアンを見て複雑な表情で立ち尽くしている。


「シノユキ、少し時間を貰えるかしら……」

「ニ十分だ」


 ターミナル内のカフェに入り、三人は新宿駅の前を見下ろす窓際の席に座った。コーヒーを注文してからは沈黙が流れていたが、静かにジェームズが口を開いた。


「探したよアン君……。大学に一切連絡もなく、突然姿を消したから……」

「ごめんなさい、教授。色々と事情があったの」

「いや、君を責めるつもりはないが……。とにかく無事で良かった。エドワードのこともあったからね。言いにくいことだが、最悪の事態も想像してしまった……」

「大丈夫よ。私はそんな軟な女じゃないわ」

「ははは、そうだったね」


 ジェームズは安堵した様子で、運ばれてきたコーヒーを啜る。


「でも教授、どうして日本だとわかったんです?」

「しらみつぶしだよ。アメリカで心当たりのある場所を探し終わってしまったからね。もしかしたらと思ったんだが、まさか初日で見つかるとは……」

「私のためにそこまで……」

「君は私のかび臭い研究室に来てくれた、数少ない大切な教え子の一人だ。それに、渡さなければいけないものもあったからね」


 そう言って、ジェームズは年季の入った革の鞄から一枚の写真が入ったフォトフレームを取り出した。それは研究室で撮られた、アンとエドワードの写真だった。

 受け取ってそれを見た瞬間、アンは唇を噛みしめる。アンの仏頂面の横で、エドワードは屈託のない笑顔を見せていた。


「君には辛い思い出かもしれないから、その写真をどうするかは君に任せる。だが私は、君にエドワードを忘れないでいてほしい」

「忘れないわ。絶対に」


 アンは即答し、その写真を鞄の中に入れた。


「日本に来た甲斐があったよ。それで、君は今なにをしているんだ? 大学に戻るつもりはないのかね」

「ああ、ええ。今はフリーのジャーナリストを目指して勉強中なの」


 恩師に嘘をつくことは若干心苦しかったが、暦史書管理機構のことを素直に話すわけにはいかなかった。


「なるほど……。ということは彼は」

「株式会社書記出版機構の長南と申します。彼女からSNSを通じて直接連絡をいただきまして、今日は雑誌に掲載する記事の取材に行くところでした」


 この肩書きはヒリフダ市に潜入するためにあらかじめ用意されたもので、出版社自体も暦史書管理機構傘下の企業として実在する。しかしアンは内心で、別の部分に驚いていた。


「驚いた、英語がお上手だ」

「いいえ、まだ勉強中の身で」


 シノユキの英語の発音は本来もっと完璧だった。しかし今は発音や文法に若干の粗を感じる。出版社に勤務する一般人として、意図的に言語能力のレベルを落としていた。普段の横柄な態度も一切感じさせず、ネイティブな英語と相対する緊張感も滲ませている。


「彼女の着眼点は非常に面白いものです。今回の記事の反響次第ではありますが、継続的に記事を連載していただけないかと考えています」

「なるほど……。この国で生きていくのかね?」

「いいえ、世界中色々なところを見て回るわ。記事はどこでも書けるもの」


 ジェームズは長く息を吐いて、コーヒーを飲み干した。


「わかった。安心したよ。元気でやってくれ」

「ええ。短い間だったけど、お世話になりました。いつかまた、大学にも取材に行くわ」

「ああ。かび臭い研究室で待っているよ」

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