[1-2]
十日後。
鼻歌を歌いながら九冊の本を書架に収めると、エドワードは満足気に頷いた。
そこは図書館のような場所だった。すり鉢状の空間の中央に円卓があり、それを取り巻くように弧状の書架が配置されている。
円卓付近の書架には、全て黒い背表紙に白い文字でタイトルが印字された本が収められていた。エドワードはそれをぐるっと見回す。
「おかえり」
そう呟いて、エドワードは小気味の良い靴音を響かせ、階段を上って図書館の出口へと向かう。
丸い穴を抜けた先には、喪服のような黒いワンピースを着た少女が待っていた。その顔にはまだあどけなさが残るものの、腰の前で手を合わせ、丁寧にお辞儀をする。
「もうよろしいのですか?」
「はい。よろしくお願いします。有栖川のお嬢様」
エドワードが流暢な日本語で言うと、少女は丸い穴の横にある巨大な鉄の塊へと歩み寄った。それはその穴を塞ぐためのもので、少女が力を込めて押すと、ゆっくりと動いていく。最終的に穴は完全に塞がれ、自動的に施錠機構が動き出して、その図書館は封印された。
エドワードはビルの屋上から、渋谷のスクランブル交差点を眺めていた。信号が変わると、蠢く人々が一斉に歩きはじめる。
「エドワード・アダムズだな」
背後から声がするも、エドワードは振り返らない。エドワードの後ろには拳銃を構えたスーツの男が立っていて、その銃口は頭部を正確に狙っていた。
「いつ見ても壮観だな、この光景」
渋谷の街を見下ろして、エドワードは深呼吸をする。
「エドワード・アダムズ。本物のコロンシリーズはどこだ。お前がコロニストについて、何かを知っているということはわかっている」
「コロンシリーズ? コロニスト? CIAはそんな噂話を信じているのか?」
「それが噂話かどうかを確かめるために、我々はコロンシリーズを追っている」
「存在してはいけない物語もあるってわけだ」
「言え。手荒な真似はしたくはない。コロンシリーズはどこにある」
「……コロンシリーズはどこにでもある。コロニストはどこにでもいる」
「どういう意味だ」
「重要なのは、それがそうだと気付くことなんだ」
「謎かけを楽しんでいる時間はない。言うんだ」
ゆっくりとエドワードが振り返って、CIAの男はわずかに驚きを見せる。エドワードは爽やかな笑顔で、静かに涙を流していた。
「ありがとうエドワード。そしてさようなら」
そう言って、エドワードは飛んだ。