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[3-5]

 ケンブリッジにある墓地は白い霧に満たされ、草地は朝露で濡れていた。

 整然と立ち並ぶ十字架の間を、一人の女性が歩いている。

 アンネ・ラインハルトはその中の一つの前で足を止め、花を置いた。


「……不思議ね。なぜか、あなたがここに眠っているとは思えない」


 アンが墓標に語りかけても、聞こえてくるのは目を覚ました街の音だけだった。


「あなたを知っている人に会ったわよ。辞書を返すようにって預かったけど……しばらく借りていてもいいわよね、エドワード」


 返事はない。しかしアンは、リリィたちの言う心の世界で、エドワードが聞いていてくれることを祈った。


「行くわね」


 そう言い残して去ろうとした時、霧の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。

 目を凝らして見ると、それはスーツを着た日本人の男のようだった。

 男は一直線にアンの前まで来ると、その場に立ち尽くす。


「誰かのお墓を探しているの? それなら――」

「いいえ、あなたに会いに来ました」


 日本での経験もあり、アンは身構える。


「……誰?」

「私は佐伯アラタ。CIAの者です。エドワード・アダムズがビルから飛び降りる時、その場にいました」


 アンは胸をどんと押されたような思いだった。

 しかしエドワードの仇を目の前にしても、不思議と怒りの感情は沸いてこなかった。そのためには、時間が流れ過ぎていた。

 なにも言わないアンを見て、佐伯は頭を深く下げる。


「申し訳ありませんでした。私がもっと注意深く対応すれば……」

「あなた、そんなに簡単に素性を明かしていいの? 問題になるんじゃない」

「どうしてもあなたに、伝えたいことがあったんです」


 静かなアンの声に、佐伯は頭を下げたまま答える。


「伝えたいこと?」

「私は、彼の最期の言葉がずっと気になっていた。あなたなら意味がわかるのではないかと」


 最期の言葉。それまで凪いでいたアンの気持ちが、にわかに昂る。


「エドワードは、最期になんて?」


 佐伯は顔を上げ、訝しげな表情で言った。


「それが……“ありがとうエドワード”と……。まるで自分のことを他人のように……」


 アンにも、その言葉の意味がすぐにはわからなかった。

 しかし佐伯がもう一度頭を下げて去り、墓地から霧が晴れていく頃になって、アンの全身に鳥肌が立った。


「そうなのね……」


 アンは足元に立つ墓標を見下ろす。


「あなたはもう、ここには眠っていないのね」


 そしてアンは、なにかに背を押されたように駆け出した。

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