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[3-1]

 その後のアンは、当初予定されていた研修のメニューを淡々とこなしていった。

 日本支部の書庫の整理と、暦史書の補修。日本語の学習。一般の図書館の見学。年が明けても、その繰り返し。

 単調な作業を繰り返す中、アンの内側では疑問の嵐が音もなく渦巻いていた。


 イデアとはなにか。エーフェスは何者か。ジーニアスは言葉通りの意味なのか。


 シノユキやリツコに聞けばすぐにわかることは明白だった。しかしさらに詳しい話を聞こうとすると、リツコはこう言った。


「私が説明することは簡単です。ですが、もしあなたにその気があるのなら、自ら探求し、自ら答えに至るべきでしょう」


 こう言われてしまえば、アンは一人の研究者として引き下がるわけにはいかなかった。

 イデアという単語に関しては思い当たる節があった。古代ギリシャの哲学者、プラトンが唱えた“イデア論”。

 人間には知覚できないイデアという完全な世界が存在し、この物質的な世界はイデアを模倣した不完全な仮初の世界に過ぎないという理論。

 しかしアンにとってそれは机上の空論にしか思えなかったし、もしイデアという世界が存在していたとしても、それがあの日見た超常的な現象とどう繋がるのか見当もつかなかった。


 その日の予定をすべて終えたアンは、寮に帰ることなく都立中央図書館へと向かう。

 気になっていた本を片っ端から引っ張り出し、脇に抱えて読書スペースへ。閉館時間ギリギリだったため、それを見た他の利用者は「読めるわけがない」という表情を浮かべていた。

 当然一言一句すべてに目を通すわけではなく、アンはパラパラとページをめくっていきながら、必要と思われる情報を見つけた時だけじっくりと文字を追った。


「……確かに、ユウコの言っていたことは本当かもしれない」


 アンはあらゆる地方の神話についての文献を読み漁っていた。そして気づいたのは、そのほとんどすべてに共通点があるということだった。


「特に聖書と日本書紀ね……。一神教か多神教かという大きな違いはあるけれど、物語を構成する要素が……」


 アンは聖書と日本書紀について書かれた本を並べて見比べる。


「エデンと高天原……アダムとイヴと、イザナギノカミとイザナミノカミ……似たようなモチーフが使われているのは、やっぱりコロニストが関わっているからなの……? いや、先入観があってそう思ってしまっているのかも……比較神話学の講義も受けておくべきだったわ……」

「やあ」

「うわあ!」


 本に集中するあまり、アンは向かい側の席に人が座ったことにまったく気がつかなかった。


「面白いことを勉強しているようだね君」

「え……なに、あなた……」


 そこにいたのは、パーティグッズでおなじみの鼻眼鏡をかけた白衣の女性だった。


「私は通りすがりの天才科学者美少女戦士、セーラーサン」

「……」


 人気のない図書館内は、かつてない静寂に包まれた。さぞかし勉強が捗る環境だろう。目の前に鼻眼鏡の謎の人物がいなければ。


「……あなた、サービスエリアで私を診てくれた人よね?」

「いいや、私はセーラーサン」

「そう……。あ、じゃあ私失礼するわ」

「ちょいちょーい! 待ちなさいって。このセーラーサンが助言してあげようというのに」


 席を立ちかけていたアンは、その言葉を聞いてまた腰を下ろす。


「あなたも機構の人間なの?」

「機構? なんのことかな。私は太陽神アポロが遣わした――」

「わかった。それで助言って?」

「おほん。君はシノユキの特殊な力の正体を探っているようだが、神話や宗教を調べたところで眉唾もののオカルト話しか出てこないであろう」

「……説得力があるわね」


 アンは神妙な顔で天才科学者美少女戦士セーラーサンを見た。


「うむ。先人の知恵を素直に受け入れるその姿勢、賞賛に値するぞ!」

「そういうのいいから続きをお願い」

「なんだー、せっかちだなぁもう。単純なことだよワトソン君。もっと科学的アプローチをしてみたまえ」


 そう言ってセーラーサンが差し出したのは、“猿でもわかる宇宙の始まり”という本だった。


「馬鹿にしてるの?」

「おお、なかなかに日本語を理解しているね。よく勉強しているようだ、偉い偉い」

「素直に喜べないわ……」

「まぁつべこべ言わずに受け取りたまえよ。これは私物だから持ち帰ってくれてかまわんよ」


 徐々に眼前に迫ってくるセーラーサンの迫力に押し負けて、渋々アンはその本を受け取った。


「宇宙の始まり……?」

「きっと興味深いことが書いてあるよ。さて、そろそろお暇しようかね。話せて楽しかったよ」

「ああ、どうも……」

「一緒に来ればよかったのに――では、サラダバ」

「え?」


 アンが聞き返す間もなく、セーラーサンは書架に何度もぶつかりながら図書館を出ていった。


「度が入っていないのね、あの鼻眼鏡」

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