表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crossociety  作者: ヘイリ
1/5

プロローグ

ドラマチックとか、 幻想的とか、夢みたい、とかいう言葉がある。今回個々の意味の説明は割愛させて貰う。おそらく似たようなのが並ぶだろうから。何れにせよこの三つは現実離れした事象に対して使われる言葉であろう。だが、これは覚えておいて貰いたい。自分の目、鼻、耳、舌、肌で正しく認識したものはどんな言葉で形容しようとも、どんなに有り得なかろうと、それは幻実では無く、現実であるということを。






朝からの雨はもう降っていない。

空の上の雲は今だに厚く、この街に腰を下ろしたままであるが一先ず泣き止んではくれたようである。路上に残った空の涙を、ローファーで踏みつける。思っていたよりも深かったなと僅かながらも驚いた。

濡れた靴下が皮下組織を通って水の侵入を伝えてくる。家に着いたら速攻洗濯籠行きだなと脳内で計略を巡らすも、歩みを止める事はない。

何時もは自転車通学であるが、今日は前述の通り雨の為徒歩を伴う電車通学を決行したのである。

それに反して、雨をその身に受けてでも自転車に乗ることを選んだ元カッパ勢は今が好機なりとばかりに湿気を含んだ空気を纏いつつ、俺の右を駆け抜ける。

これで4人目だなと羊を跳ばしては見るが、やはり前の時間の惨事は頭から離れること無く脳髄を苛む。

少しは剥がれ落ちてはくれないかないとばかりにツーブロックに切り揃えられた金髪を撫で回し、止め処なく呟いた。

「あー数Ⅰのミニテ全然出来んかったわ。あの床屋のバリカンめ、髪の毛一緒に数式まで刈り取っていきやがて………クソっ」

何度目か数えてすらいない吐露。自分の口は今悲しみの蛇口にでも成り果てているのだろうかとすら思える。そんな哀れな姿を見るに見かねたのか、学校の廊下から俺の左を慎ましやかに歩いていた森沢 和泉美が小さく息を吸い、溜息をついた。

「落ち着きなさい俊時。自分の無能さを棚に上げて責任を他に押し付けるのは良くないわ。第一、あなたの頭には知識も髪も…」

「オイ待て!俺の頭とかけまして、俺の頭と説きます。じゃねーよな?その心は聞きたくないから止めろよ?な!?」

「どちらも毛程も無いでしょう。」

「言いやがった‥俺のbroken my heartも顧みずに言いやがったよ!」

俺の心を硝子玉のように粉砕した和泉美の、パチっと閉じられた瞳が攻進の終わりを告げる。若干顎が上がっているせいかツンとした印象を受けた。

その綺麗な逆正三角形を描いた頬から顎にかけてのラインも彼女を高飛車風お嬢様にしたらしめるのに一役買っているのだろう。

「その言い訳何回目だと思っているの…まずテスト回収直後、次にHR終了して教室をでてからの11秒後。壊れたラジオみたいに同じような台詞を並べられても、聞いてる方からすればとても面倒な事なのよ。」

「く…悪かったよ。」

「ええ。ホントにね。もう少しで言葉の暴力を行使してでもあなた封殺を行う所だったわ。」

「仏の顔も三秒まで…てか?」

「そんなやったら逃げろを推奨するような諺…あったかしら…。」

御釈迦様のカウントボムとか恐ろしいな。うん。我ながら上手いこと言えたと、誰にも聞こえない賛美を高らかに唄う。

因みに前の一回目は、あらそう敗者の言い分程耳障りなモノは無いわ。

二回目はあなたの脳下指数は横髪よりも少ないのね。とそれぞれ返された。

俺の綺麗なボケに和泉美は頭を抱えてこそいるが、彼女の持つ斬り伏せる度に斬れ味の増すの名刀・毒舌は今日も良好なようだ。

「昨日は日曜日だったでしょう。どうして勉強しないの。」

俺の情報ボケ整理が終わったのか和泉美がきいてくる。

「金曜に一応やったしな。後は本番前にプリントの荒読みでワンチャン、…あると思ったんたんだよ…。」

「知識は抜け落ちるのものよ。あなたの頭のように。」

「蛇足かもしれないが言っておくぞ。俺の髪は抜けてないからな。散髪後だからな?ホラ、前髪とかフサフサだ。」

「私に比べれば生えて無いようなものじゃない。生えていたとしても、焼け野原としか言えないわね。」

「全国の短髪erに謝れ!俺だって好きで短髪な訳じゃ無いんだぞ。」

俺は今ここで彼らの代弁者となろう。

ショートヘアーの総意たるこの私が新しい未来を切り開こうというのだ!

と言うわけで皆、俺に元気を分けてくれ。

「いいか、横髪が立ち過ぎて短髪を強いられるのは日本人のしての遺伝子を色濃く受け継いでいるからなんだ。」

「つまり日の丸を背負ってる俺スゲー。ということかしら?」

「…」

馬鹿な…これ以上口から何も出てこない………お、俺は何が言いたかったんだっけ…。それすら思い出せない。

「その暴論が本気だとして話を進めるけれど、そんな答えじゃ自分しか救われないわ。というか、自分も救われてないのだけれど。文字どおり、あなたは本当に救いようが無いのね。」

「……う、うう上手い事も言ったつも…」

「そもそもあなたには人の総意を背負って行ける程の器なんか持ってないでしょう。自分の大きさも考えてから発言したらどうかしら?」

………………父さん…母さん…貴方型の生んだ息子の背中は小せえって言われたよ。……あれ、ここで両親が出てくる時点で俺は小物かなのか?そうなのか?

「……まあでも、あなたは髪の色をコロコロ変えたりワックスで変に盛ったりして髪を傷めつけるよりは潔く短くする方が清々しくて格…マシよ。」

「…そうか」

不覚にも、口元も小さい笑みをつくってしまう。

昔なんか無駄に高価なのに、写真の兄さんみたいになれると思って衝動買いしてしまったあの整髪キット。少し髪伸びるとすぐ切ってたから結局使う宛が無かったが諦め切れずにいつかその時が来たらんと箪笥の小物入れに封印していたのだが、今ここで捨てる事に決めた。今更気付いたのが、あれが日の光を浴びる時はもう訪れまい。

いや別に社交辞令の1つごときに釣られて捨てるわけじゃないからな。あくまで俺の意思だから。

体内で僅かに乱れた呼吸を整えた後、こちらも同じ話題を吹っかけてやろうと和泉美に目を向ける。

「そういうお前の髪は長いけど、綺麗だよな。」

和泉美の横髪は鎖骨の下に、後ろ髪は肩甲骨の最下より長めに伸びているが、眩しい日差しを照らし出した清流を思わせる様な煌きがある。

一撫ですれば映えある黒髪の一本一本は扇子の骨組みのように艶やかに弧を描き、そして閉じていくのだ。既に言っておいてなんだが、和泉美の髪を綺麗の一言だけで語り終えるには、あまりにも字足らずだ。

「……あ、ありがと…あなたにもい、一般男性に毛が生えたくらいの挨拶はできるのね…。」

と、毛の慣用句で俺を攻め返したのを最後に和泉美は左をむき、俯いてしまった。

……………あれ、ここで沈黙とご対面。

この話はもうお仕舞いだといまだ湿気くさい空気が教えてくれたので、それに従うことにした。

こちらとしても毛がどうとかこうとか、一般学生にとっては不毛な論議を延々と続ける気は毛頭ないのだ。

いや、ホントに無いからな。


踏切からの一つ前の信号をL字に曲がる。これ全信号上最長の待機を強いられている気がするのでどうも気に入らない。今回はすぐに次の青が来たのでまだマシだったが。

駅のロータリーがぼやけながらも見え始めたころ、ポッケに忍ばせていた黒いiPhone6がその身を揺って主にメール着信を伝える。サクメだったら嫌だなと思いつつも確認の為端末を取り出した。

「あら、校則違反者発見。急いで伊藤先生に報告しないと…。」

「勘弁してくれ…今日ただえさえ日誌書き忘れて怒られてんだぞ。」

あの人をあまり怒らせるな。行くとこまで行ったら教室をムスペルヘイムに変えかねない…。

「でも学校外とはいえ携帯を外に出すのは無謀ではないのかしら。この辺りは先生たちが目を光らせてる事だってあるでしょう?」

「安心しろ。ヤツらの気配は感じない……!」

「…それが格好いいと本気で思っているの?」

「本気の目できかないで…。」

一瞬泣きかけた瞳で、電波が悪いのか今だ起動準備中のメールアプリの待ち画面を見つめる。

ようやく開いたところで一番上のメールをタッチしその内容の大まかな障りを把握する。

「…………」

「…………」

「……仕事?」

「……………ああ。明日も学校なのに、キッツいもんだ。」

「…そう…。」

今日二度目の沈黙の登場。だがさっきの空気とは全身にのし掛かる重みが桁ちがいだ。

国府宮駅に入るには一度地下へ降りる必要がある。地下には改札があり、そこを通って階段を上がればホームだ。

和泉美がおせっかいパワーを発揮してさっきの空気をかき乱し、話しかけて来た。

「傘忘れないでね。あなたはよく忘れるから。」

右手に持ってた大きめの、先の辺りしか濡れていない傘の存在を思い出した。

あっお前、いたんだな…。ンンと喉を鳴らし、下の線路に軽く視線を落としてそれに応える。

「わかってるわかってる。にしてもお前、よくわかったな。」

「あなたの物忘れは今始まったものじゃないでしょう。」

「違う、メールの話。」

和泉美の視線が上の方に泳いだ。きょトンという効果音を得た彼女は無自覚にも愛嬌止め処なくなく振り撒いている。さっきのツン状態にも負けず劣らない魅力に富んでいた。

「…あれね。あれはあなたの目が変わっていたから、よく分かったのよ。」

「マジか。目とか変わってたのか、俺。」

「ええ。」

というか、俺の顔面だけはもう仕事する気になっていたのか。頭と身体の方は未だ働きたくない一心だというのに。

「ま、あれはどっちかっつーとアルバイト感覚なんだけどな。」

「…………どうかしらね……。」

「?」

「…あ、そういえばアルバイトも校則違反だったわね。」

「伊藤先生焚き付けんのもうやめようぜ。あの人の、磨きに磨かれた石のような頭がいつかカタカタ鳴り出すかもしれんぞ。やかんみたいに…。」

「…ふふ」

東岡崎行きの普通電車がホームに入ってくる。特に急いでるわけでも無いのでこれに乗ろう。

雨の日故か乗客が多いが特急よりはマシだと自分を奮い立て乗車に臨んだ。


電車が3つほど駅を過ぎた辺りで和泉美が口を開く。

「私のせい、よね……ゴメンなさい。」

車内の憂鬱な空気に飲まれてしまったのか、彼女は暗いことを宣う。視線も床にやったままでこちらを見ていない。

「気にするな。俺のやりたいことやってるだけなんだからな。」

「……」

………本日3度目の沈黙。負荷も半端ではない。

ここで和泉美の頭を撫ででもすればいいのだろうが、如何せん周りからの目がある為ここでは出来ない。たとえチキンと罵られようとも、譲るれぬモノがあるのだ。今は……耐えるのだ。

「魔法なんて、無いと思っていたのに…。」

仕事の根幹に関わるような事が彼女の口からもれた。守秘義務はあるが、恐らくいちいち耳に残すヤツなんか俺だけだろうから咎めたりしない。てか俺マジメじゃないし。

「そう思うよ………誰でもな。」

扉の窓から雲を眺めつつそう応えておいた。

……もしかしたらまた降ってくか?いや、まさかな…………。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ