だん、
だん、とテーブルを叩いて身を起こした彼は、大変据わった目をしていた。
「イクサ隊長。このイカレたガキを、いつ、どこで、どのようにして、保護するに至ったのかを明瞭かつ簡潔に報告して頂きたい」
微妙に整っていない事務口調で詰問してくるカウンター係の三白眼にもさっぱり動じずに、のんびりと返答を返すヴィハーシュ。
「ダウロ王国軍を迎撃した後に、復路の西へサロン原野で、コムラの娘が倒れているのを発見して。面白かったから衝動的に拾った」
そこまで言い終わると、ヴィハーシュはおもむろに唯咲の方を向いた。
ぱちり、と視線がかち合う。
「な」
短く、同意を求められる。
唐突なそれに唯咲はぱちぱちと瞬きをして、うんっと頷いた。
「ねっ」
「うがあああああほのぼの仲良くすんなっ!」
カウンター内の彼は何が気に入らないのか、頭を掻きむしって吠えている。
――と、ぴたっと動きを止めて、気味が悪いほど静かになるカウンター係。
ゆるゆるとヴィハーシュの方を向き、じっと彼の金灰色を見つめる。それからのろりと口を開いた。
「……コムラの娘、って、言ったか?」
「そうだ」
対するヴィハーシュは、唇に刻んだ笑みを深めて首肯した。
「彼女は、コムラ・ソウシの娘だ」
――この場にいる全員の視線が、唯咲を貫いた。
驚きに見開かれた目、まさかと品定めする目、信じられないと疑う目、なにより――歓喜に打ち震えた目。
「……古村、唯咲……です」
周りをうかがいながら、ぽつりと名乗りを上げる。
反応は、ない。
何を考えられているのか、全くわからない。
少し怯えながらヴィハーシュを見上げると、彼は目を細めて頷いた。
唯咲は少し考えて、頷き返した。
なるほど、続けろ、と。
「ええと、日本から来ました。まだ学生です。十八歳で、見ての通り、女です。えーと、勉強も運動も苦手じゃないです。それから、趣味はピアノを弾く事と、父の日記を読む事です。得意な事は、走る事と暗算と家事全般です。苦手な事は、コミュニケーションをとる事と、お洒落をする事です。えーとえーと、なりゆきでヴィハーシュさんの所にお世話になる事になりました。えーとあの、よろしくお願いしま……す?」
続けろ、の定義がわからないまま、下手くそな自己紹介をしてしまった。
唯咲は疑問符を飛ばすと共に傾けた首を戻すタイミングをつかめずに、ぴくりともしない聴衆に向けて誤魔化すように笑った。
え、えへへ。
それを境に、聴衆がざわりと動き出した。ひそひそ、ぼそぼそとあちこちで囁きが交わされる。
「……ヴィハーシュさん、私間違えたんですかね」
怖いんですけど。
笑顔を顔に貼り付けたまま、唯咲はかくりと首を正位置に戻した。そのままがちんと固まる。
がちがちにこわばった唯咲の肩に静かに手を置いて、ヴィハーシュは緩やかに首を振った。
「いいや。上出来だ。……特に最後がな」
掠れた重低音で低く笑うヴィハーシュ。
この状況で冗談をぶっ込んでくる所を見ると、どうやら余裕で大丈夫なようだ。
ヴィハーシュが他人事だからと気にしていないだけかもしれないが。
「そういう訳だ、エリオット。イサキをうちの隊員に登録しておけ。肩書きは独立遊撃部隊援助班見習いだ」
カウンターに肘を置いて、面白そうに目を細めながら金髪の彼に告げる。
イサキはどうやらヴィハーシュの隊の援助班見習いという地位を獲得したらしい。援助班というくらいだから、炊事や救急箱の当番をすればいいのだろうか。
それくらいなら、なんとかなりそうだ。
エリオット、と呼びかけられたカウンター係の彼は、黙ったまま頷くと奥から一枚の書類を出してきた。
そこにさらさらと何事か書き込むと、それを唯咲に向けてカウンターの上に置いた。
「ここに、名前を書け」
「わかり……ました」
唯咲は戸惑いながら、差し出された筆記用具と思わしき物を受け取った。
こ、これは、羽ペンではないか。かっこいい。かっこいいぞ。
見よう見まねでペン先にインクをつけ、それからふと手を止める。このままいつものように書いていいのか迷ったのだ。
なにせ、こちらの世界と元いた世界とでは、使われている文字が違うのだから。
確かに唯咲はこの世界の文字を読むことができる。この世界でも唯咲の話す言葉が通じているという事は、知らず知らずのうちにこの世界の言葉を操っている可能性が高い。
だが、書く事はどうだろう。
唯咲は駄目で元々の心積りで、エリオットに頼んでみた。
「あの……試し書きができる紙を貸していただけますか」
あちこちで、息を呑む音がした。
2014/10/03 修正