大きくそびえ立つ外壁と、
大きくそびえ立つ外壁と、それ以上に高く張り出す鉄色の扉が目に入って、唯咲は思わず歓声を上げそうになった。きっと国とか街とかそんな感じだ。もっと言えば目的地だ。やっと馬から解放される。
もちろん舌を噛みたくないから、奥歯はしっかりと食いしばっておくが。
唯咲は期待の眼差しで外壁を見上げたが、直後顔を大きく引き攣らせる。
外壁の上の物見台に、ずらりと兵士が並んでいた。その兵士は指令者を残して、皆ボウガンのようなものをこちらに構えていたのだ。
滅茶苦茶警戒されてる。少しでも怪しい行動をとれば、全ての矢がこちらに放たれるだろう。
一方、ヴィハーシュは慣れた様子で馬の速度を落としていく。馬から伝わる振動が緩まった事で、唯咲の全身を苛む痛みが緩和した。
今なら喋っても舌を噛まないと判断して、唯咲はこそりと背後の男に声をかけた。ヴィハーシュのことをどう呼ぶか少し迷ったが、ナントカ隊の隊長だった事を思い出して思い切って呼びかける。
「……ええと、隊長、さん? 物凄く、狙われてますよ」
するとヴィハーシュは、何でもないような声音で答えた。
「ああ。普段は俺が手を上げて合図をするんだが、今日はそれがないので警戒されているんだろう」
「え、なんで合図……あ」
今のヴィハーシュは右手で手綱を取り、左手で唯咲を支えている。つまり今日は唯咲がいるせいで、合図を送るために上げられる手が無いのだ。
――また、『邪魔』になってしまった。
唯咲ははっと身を震わせて、息を詰まらせた。
忘れようとしていた記憶が、どっと唯咲の意識を押し流す。
『――本当に、迷惑ったらないわ! 邪魔者って分かってるなら、相応の態度をとりなさいよ!』
どくん、と鼓動が大きく脈打った。くらくらして、吐き気がする。
『――あんたなんか、親と一緒に、』
お腹痛い。気持ち悪い。
思い出したくない。
『――死ねばよかったのに!』
あたま、いたい。
いい気分でいたから、すっかり忘れていたのだ。
自分が邪魔者で、嫌われ者だった事を。一人で生きていく術を持たない、厄介者だった事を。
全身の打撲跡が、盛大に軋んで存在感を主張した。
「……ご、め……なさい」
唯咲は反射条件のように締まる喉から声を無理矢理搾り出し、少し迷ってそっと馬のたてがみを掴んだ。
「私、大丈夫です、から」
「そうか?」
彼はありがたいことに、露骨に唯咲を嫌悪するような態度は取らなかった。あっさりとした返事をして、すっと軽く手を上げる。……手綱を握っていた方の、手を。
「た、いちょっ」
唯咲はぎょっとした。例えるなら車の助手席に乗っている時、隣でハンドルから手を離された時のような気分だ。危機感がぞっと背中を駆け上がる。
ヴィハーシュはといえば、お構いなしで手を空中で軽く動かしながら面白そうに含み笑いを漏らしていた。
「……大丈夫だと、言わなかったか?」
掠れた重低音が揚げ足をとってからかう。唯咲はうっと詰まって俯いた。
――そっちの手を上げるなんて思ってない。
けれど自分が邪魔になっているのは確かで、反論せず大人しくしておくべきだと思った。
自分は、邪魔者、だから。
ヴィハーシュはしばらく黙ってから、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
……きりり、と胸の奥が締め付けられた。
どうやら警戒は解かれたらしく、大きな鉄門扉の下部に設けられた通行門が音を立てて開く。
「動くぞ」
ヴィハーシュが端的に告げて、今度は軽く馬の腹を蹴る。小走りで通行門をくぐり抜ける間も、唯咲は一言も声を発さなかった。