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夢現  作者: 宵の明星
2/3

風鈴



……そよ風に揺られて風鈴は鳴る……




……彼女の隣で風鈴は鳴る……




……それはまるで……




……美しく儚い、人の命のように……




……寂しく、揺れていた……







―――




 夕暮れ時、俺はいつも愛用している学生鞄を片手に持ちながら、いつもと同じ通学路を学生服姿で歩いていた。


 この状況からして、学校帰りだという事が安易に想像できるだろう。 事実、俺は今から家に帰るべく歩いているのだが……。


「……はぁ……」


 俺は思わず深い溜め息をついてしまった。その理由は、彼等に二日も連続で会えなかった事が原因だ。


 いつもなら普通に歩いてるだけで自然に会えるのに、昨日から彼等の姿が全く見えない。だから俺は今、少し落ち込んでいる状態になっている。


 ……まぁ、別に耐えられない程辛いという訳ではないのだが、やはりいつも当たり前のように会っている人に会えないというのは寂しいものである。


 ……あぁ、因みに彼等の事については俺自身も未だによく解ってはいないが、恐らく俗に言う幽霊や妖怪のようなものだと俺は考えている。


 何故かは知らないが、俺はそういったものが見える体質らしく、幼い頃から家族や近所の人によくその事で迷惑をかけていた。


なんせ周りの人間には彼等の事が全く見えてなかったし、その頃の俺も周りの人達にも彼等が見えて当たり前と思っていた為、始めの頃は彼等の事を言っても叱られる程度だったが段々とそれがエスカレートしていき、最終的には病院の精神科に担ぎこまれてしまった事もあった。


 ……とまぁ、そんなような事があってから俺は彼等の事を人前で言うのを止め、自分一人で彼等の事を今日まで見続けてきたが、さっきも言ったように彼等の事は殆んど分からないままだ。


……ただ、今まで彼等を見続けてきて一つだけ解った事がある。それは、



 彼等は誰かに何かを伝えようとしている。



という事だ。俺が今までに出会った奴ら全員がなにかしらのメッセージを俺に訴えてきた。それを聞いて俺は、



 ……彼等を救いたくなった……



 ……彼等のメッセージに気付いてあげたくなった……



 ……彼等のメッセージに答えてあげたくなった……



 ……だってさ、彼等が必死になってメッセージを送っているのに、誰も気付かないなんて寂しいだろ?


 だから俺は彼等のメッセージに答えようと努力し始めた。


 初めの頃は彼等のメッセージにうまく気付く事が出来なかったが、段々と気付く事ができるようになり、最近は自然とメッセージに気付けるように(……まぁ、あくまで気付くだけで彼等のメッセージに答える事はあまり出来ていないが……)なっていたのだが……


「……あぁ〜、あいつら何処に行っちまったんだよ……」


 俺は思わず呟いてしまった。


 俺は彼等と触れ合っているうちに彼等と会話するのが楽しくなってしまい、最近では毎日のように彼等と話していたのだが……

 何故いきなり彼等は消えてしまったのか……。


「……どっかにあいつらがいそうな場所無いかな……」


 俺はそう呟いた瞬間ある事を思い出した。それは、学校の教室で女子達が話していたある噂だった。



 で、その噂というのが




「夕暮れ時に犬神神社に行くと死神が風鈴の音と共に現れて魂を抜いていく」




 ……と、いうものなのだが……



 ……まぁ、いかにも胡散臭くて信憑性が全く無さそうな噂だ。


 しかし、普通の人からすれば根も葉もないただの噂でも、俺にとっては彼等を探す重要な手掛りとなる貴重な情報だ。

 正直な話、こういった胡散臭い噂ほど彼等が関わっている確率が高い。それは今までの経験からして間違いはない。






 と、いうことで……






 早速、その死神が現れるという犬神神社に来てみたのだが……、いくら境内を探しても噂に出てくる死神のような奴はいないし、風鈴の音すらも聞こえてこなかった。


 ……まぁ、流石にそんな都合よく現れるわけでもないので、俺は鳥居の柱に寄りかかりながら暫く待つことにした。


 で、噂の死神を待っている間が暇なので、犬神神社について少し説明しようと思う。


 犬神神社は俺が登下校する時に使っている通学路の途中にあり、鳥居をくぐった所にある本殿へと続く長い石段と庭に置かれている大きな狛犬が主な特徴の神社だ。


 因みに犬神神社という名前は正式な神社の名前ではなく、庭に置かれている狛犬から勝手にそう呼ばれるようになった。恐らく正式な名前を知っているのは神社の神主ぐらいだろう。


 と、そんな事を考えていると突然、




……ちりん……



……ちりん……




と、綺麗な風鈴の音が聞こえてきた。その音色はどこか寂しげだが不思議と心が安らぐ……そんな音色だった。


 俺は、その音色に惹かれるように鳥居をくぐった。




 ……するとそこには、本殿へと続く石段の一つに腰を下ろしている一人の少女がいた。




 その少女は見た目からして10代前半といった所か、まだ幼さが残ってはいるが小さく綺麗に整った顔立ちに、さらりと流れる美しい黒髪は長く、腰の辺りにまで達していた。

 そして少女が着ている朝顔の模様が入った水色の着物は清楚で上品な雰囲気を漂わせ、一目見ただけでかなりの値が張りそうな一品だというのが解る。

 そんな着物を着ている事から、彼女が裕福な家柄の子だという事がなんとなく見て取れた。

 更に、着物の袖から少しはみ出ている白く透き通った小さな手には風鈴の紐が握られ、その紐の先に付いている風鈴が風に揺られて断続的に綺麗な音色を発していた。






 ……うん、可愛い……






 俺は純粋にそう思ってしまった。



 清らかで優しくも、どこか寂しく儚い……そんな雰囲気がする少女だった。






 ……て、いかんいかんいかん……


 相手は子供なのに俺はなにやってるんだ……。

……いや、よく考えてみれば俺も子供じゃないか……ってそうじゃないだろ!!

 それ以前にこんな幼い少女を、俺みたいな変な奴と一緒に居させちゃ駄目だろ。

……あ、いや、別に俺は変態じゃないから。

ただ他の人には見えない奴らが見えるだけで、決して変態じゃないから。

……そう、俺はあくまで変人であり、変態ではない。……て、それもなんか違うだろうが!!!




 と、俺は心の中でよくわからない感情と葛藤していたが、彼女の顔をよく見た瞬間そんな考えは一瞬にして吹き飛んでしまった。


……なぜなら……






 ……少女が……泣いていたからだ……






 ……少女は悲しい表情を浮かべたまま涙を流し、その涙は彼女の白く綺麗な頬を伝わり滴となって落ちて、膝の上の着物を静かに濡らしていた……。



「…………」



 それを見た俺はゆっくりと彼女に近付いていき、彼女の目の前で足を止めると、


「……こんにちは。……いや、こんばんわ……かな?」


 と優しく微笑みかけた。

 少女は俺に話しかけられた瞬間、はっと顔を上げ驚いた様子で俺の顔を見つめていた。俺はそんな彼女に対して、


「……隣に座ってもいいかい?」


 と聞くと、少女は少し戸惑いながらも小さく頷いたので、俺は彼女の隣の空いたスペースに静かに座った。


 ……それから少しの間の後、少女は俺を見ながら、



「……貴方は……誰?……」



 と不思議そうに聞いてきた。そんな彼女に対し俺は優しい口調で、


「俺の名前は桐島きりしま がくで、この町の公立高校へ通う高校二年生さ。……君の名前は?」


 と何気無い感じで答えると共に名前を聞くと、



「……ユキ……」



 と彼女……ユキは、小さい声で一言呟いた。


「そうか、ユキって言うのか。……とてもいい名前だな。」


 俺が素直に心で感じた事をそのまま彼女に伝えると、ユキは頬を朱に染めて恥ずかしそうに俯いてしまった。



 ……ヤベッ、本当に可愛い……




 て、だから違うだろうが!!!




 俺はなんとか気持ちを切り替えると、


「……そういえば、どうして泣いていたんだ? ……よかったら話してくれないか? もしかしたら、こんな俺でも君の力になれ━━━」


 と俺はそこまで言い掛けて黙ってしまった。


 何故なら、彼女が今にも泣き出しそうな悲しい表情をしていたからだ。






 ……まずい……地雷を踏んじまった。






 俺は慌てて、


「……あ、……ごめん。なんか余計な事を聞いちゃって……」


 と心から彼女に謝った。そんな俺の言葉に対してユキは、首を横に振ってそんな事はないと伝えてきたが、表情は変わらず悲しいままであった。




 クソッ!! 何をやってるんだ俺は!! 逆に悲しませてどうするんだよ!!




 それから暫く二人の間に沈黙が流れたが、俺は意を決して、


「……そうだ。面白い話をしてあげるよ。」


 と思い付いたように言うと、ユキは不思議そうな表情を浮かべながらも小さく頷いた。それを見て俺は、


「……よし、それじゃあ……」


 とユキに話し始めた。






 ……面白い話とは言ったが別に大した話でも、なにか特別な話でもない。


 最近学校であった小さな出来事や、今まで出会ってきた彼等の事など、俺の今までの体験談を話しただけだ。


 でも、そんな話をユキは目をキラキラと光らせながら夢中で聞いていた。


 ……どれくらい時間が経ったのだろうか。ふと気が付くと既に辺りは薄暗くなっていたので、俺は家に帰ろうと思い、座っている石段から立ち上がるとユキが、


「……また……来てくれる?」


 と寂しげに聞いてきたので俺は、


「……あぁ、もちろんさ。ユキがいいと言うなら毎日来るよ。」


 と微笑むと、ユキは嬉しそうに頷いた。


 なので、それから俺は学校が終わると必ず犬神神社へ行き、その日あった事をユキに話してあげていた。




 ……そんなある日……




 俺はいつもと同じように犬神神社へ来ていた。


 ただ、いつもと違うのは来た時間帯が夕暮れ時じゃなく満月が綺麗な夜である事だ。

 何故こんな時間帯に神社へ来たかというと、昨日ユキが別れ際に、


「……明日は……夕方じゃなくて夜に来て……」


と言ったので俺は言われた通りに夜になってから来たのだが……。一体どうしたのだろうか……




 ……まさか、愛の告白なんて事は!! ……ある筈ないか……




 と、少し調子に乗った事を反省しながら俺は神社の鳥居をくぐった。しかし、そこにユキの姿は無かった。


「……境内にいるのかな?」


 俺はそう思うと、境内を目指して石段を登っていった。


 そして石段を登り終わると広い境内の中で一人佇む少女……ユキを見つけた。


 俺はゆっくり彼女に近づいて行った。近づくにつれてユキの姿がはっきりと鮮明に見えてくる。ユキはまだ俺に気づいてないようで、頭上にある満月を見上げていた。

 そんな彼女の横顔は満月の光を浴びているせいか、どこか幻想的な美しさを感じさせた。そして俺は彼女の目の前で足を止め、


「……綺麗な満月だな。」


 とユキに話しかけた。

その声にユキは気づき俺の方へ顔を向けると、


「……うん……」


 と静かに頷いた。その時心なしか彼女が一瞬だけ悲しい表情を見せたかのように見えた。


「……なにかあったのか?」


 俺はユキに優しく聞いてみた。するとユキは俺の手を持つとその掌に何かをのせ握らせた。俺はその何かを確認する為に手を開くと、そこにはいつもユキが持っていた風鈴があった。


「……ユキ、これは……」


 俺は思わず困惑の表情を浮かべた。そんな様子の俺にユキは、


「……私の宝物……」


 と表情を変えず静かに答え、更に続けて、


「……あげる……」


 と俺の目を見つめながら言った。そんなユキの突然の行動に俺は少し戸惑いながらも、


「……そんな……ユキの宝物なんだろ? ……本当にいいのか?……」


 と聞くと、ユキは少し恥ずかしそうにしながらも、


「……友達……だから……。……大切な……友達だから……」


 と俯きながらもはっきり俺に聞こえるように言った。


「……ユキ……」


「……もう行かないと……」


 俺の言葉に対し、ユキは再び満月を見上げながら寂しげに言った。


「……樂……」


「……ん?」


 俺は少女の呼び掛けに答えた。するとユキは目線を俺へ戻し、


「……私……いいんだよね?」


 と不安気に聞いてきた。俺は何の事だか分からないでいると、ユキは俺の目を真っ直ぐ見つめながら、


「……貴方の友達でいて……いいんだよね?」


 と真剣な表情で確かめるように聞いてきた。そんなユキの目からは拒絶されるかもしれないという恐怖と、拒絶された時に全てが壊れてしまいそうな危うさが感じとれた。


 そんな彼女に対し俺は、


「……あぁ、もちろんさ。ユキは俺の大切な友達だ。」


 とユキの目を見ながら、はっきりと力強く答えた。


 ユキはそれを聞くと安心した様子で、


「……よかった……」


 と微笑んだ。




 ……そして、




「……ありがとう……」




 と、彼女が最高の笑顔を見せた瞬間、その場に強い風が吹き荒れた。


「ッ!?」


 俺は思わず目を瞑ってしまったが、風が吹いたのは本の一瞬の間だけだったので、俺は直ぐに目を開くと……






 ……そこにユキの姿はなく、ただ俺の手に残された風鈴が風に揺れて虚しい音色を奏でているだけだった……






―――




 ユキが消えてから数日後。


 俺は部屋の窓辺で静かに揺れる風鈴を眺めながら、ユキの事を考えていた。


 何故かユキが消えたあの日から再び彼等が姿を現すようになったが、その事に彼女がなにか関係していたのかは分からないし、結局、彼女が何者だったのかも分からなかった。



 ……だが、恐らく彼女は……




 ……ユキは……友達が欲しかっただけなのだと思う……




 ……お互いに相手の事を理解し、思いやれる大切な友達……




 ……そんな友達が欲しかっただけなのだと思った。




 ……あの後、彼女が何処へ消えてしまったのかは分からない。






 ……でも、ユキ……






 ……もう、大丈夫だよな?……






 ……だって、お前にはもう……






「……大切な友達がいるんだからさ……」






 俺は、部屋の窓辺で揺れるユキが残していった風鈴を眺めながら、そう思った。




―――




……そよ風に揺られて風鈴は鳴る……




……部屋の窓辺で風鈴は鳴る……




……それはまるで……




……美しく儚い、彼女の命のように……




……優しく、揺れていた……










……ちりん……



……ちりん……







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