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examination(エクザミネーション)”C”  作者: 以龍 渚
Episode 2.Memorial
9/42

Memory 3.命の雫

 ――三月四日(金)、卒業式当日。

 太陽が頂点に辿り着き、これから沈み始めるという午後一時。卒業生がいなくなった体育館で、無我、夕菜、平男は卒業式に使ったパイプ椅子の片づけを終えたところだった。

 そんな時、総真が体育館にやってきた。

「無我、お前に客だ」

「俺に客?」 無我に心当たりはない。

 総真の背後から姿を見せたのは、意外にも霧だった。

「霧さん?」 思いもよらぬ客に、無我はすっとんきょうな声を出す。

「誰、この人? 無我の知り合い?」 当然ながら、夕菜と霧に面識はない。

「ああ、仕事、の仲間だ。でも、なんでいきなり……」

「無我くんにちょっと大事な話があるんだけど、今、外せるかしら?」

 霧にそう言われ、無我は夕菜と平男に顔を合わせる。

「ははは。あとは簡単な掃き掃除だけだからね、舞川さんがいいっていうなら僕は問題ないよ?」

「こんな場所にわざわざ来るなんて、よっぽど大事な用なんでしょ? 仕方ないじゃない、いいよ無我。あんたは終わって」

「悪いな、夕菜、平男。――OKだそうです」

「ゴメンね。じゃあ、無我くんを連れて行くね」 無我と霧が体育館を後にする。


 学校の校門を出たところで、霧が話しかけてきた。

「ゴメンね、急に」

「いえ。それで、霧さん。大事な話というのは?」

「着いたら話すわ。ちょっと私についてきてもらえる?」

「あ、はい」 どこに向かうかわからないまま、無我は霧に従う。

「それと、No.70のルフィルを呼んでもらえるかしら?」

「ルフィルを?」

「彼の力を借りたいの」


 無我と、無我に呼ばれてやってきたルフィルが連れてこられた場所は、プラナ地区の総合病院だった。

《マスター、ここは?》

「ここはね。傷ついた人達が治療をする場所なの」 無我の代わりに霧がルフィルの質問に答える。

「でも、霧さん。なんで俺をここに連れてきたんですか?」

「ついてきて」

 階段を上り、三階へ。廊下を突き当りまで歩くと、『ICU(集中治療室)』と書かれた部屋に辿り着く。目的地はその隣の部屋、この病院では集中治療を終えた患者が入る病室だった。その個室のネームプレートには『雨宮 雫』と書かれている。

「なんだよ、コレ」

 なぜ、雫の名前が書かれているのかは、無我にはわからなかった。

「中に入って。話はそこで」 霧に連れられ、病室の中へ。

 病室にはベッドひとつあった。そしてそのベッドにいたのは、上半身を起こした状態の雫だった。

「雫? おい、雫っ」

 雫は無我の声に反応しない。

「反応はしないわ、……もう二度とね。この前の列車事故にこの子が居合わせたことは知っているでしょ? その時に頭を強く打ったらしくね、脳が死んでいるらしいの」

「なんだよ、それ? だって雫はこの間――」

「ゴメンね、その雫は私が演じてただけなの。……本当は誰にも言うつもりはなかったの。でも、無我くんには知らせておく必要が出来てしまったの」

「必要が、出来た?」 霧の妙な言い方に、無我はなにかがひっかかった。

「あなたのルフィルに協力を願いたいの」

《僕に?》

「どうしてこいつの協力が?」

「――私と同等か、それ以上の構築能力者が必要なの」

[* 構築能力とは、わかりやすく言えば、設計図などを頭の中に描き、それを忠実に再現する能力。平男がBoutで見せた完全構築のフォースウェポンもその一種]

「構築能力って、なにをする気なんだ?」

「……雫の心をプログラム化して生き返らせるの」

「! ……そんなことが、可能なのか?」

「私一人では無理。もう一人、私の構築速度について来れる人物でもいないかぎりは」

《それが僕だっていうの? でも、僕にそんな能力はないよ?》

「あなたはそれ以上の能力を持っていると聞いたわ」

「瞬間ラーニングの事か」

《つまり、僕にキミの能力を覚えろってこと?》

「どのくらい時間がかかるかはわからない。けど、今お願いできるのはあなたしかいないの」

《どうします、マスター?》

「お前自身で決めろ。俺からは何も言うつもりはない」

《聞いていいかな?》

「答えられる事なら」

《そのプログラムというモノは彼女以外にも使えるの?》

「使えない事はないわ。ただ、プログラムは脳死者の精神を取り戻すためのもの。使えるのは脳死した人のみに限られるの」

《……そうか》

(そうか。こいつ、まだ仲間の事を……)

《……この件、協力するよ。そこの彼女のためにね》 ルフィルは雫に視線を向けてそういった。

「! ……ありがとう」


 ――四月五日(火)、始業式。午前八時。

 いよいよ無我たちはガーディアンスクール最上級生の三回生へと進級した。無我と夕菜はクラス割りが書かれた紙の貼り出されている掲示板前にやってくる。

「えーと、俺はどこだ?」 無我は、A組の紙から指でなぞって名前を探す。

 無我の指が次のB組に行く事はなかった。

[3−A 担任「風見 総真」…中略…「法名 無我」「舞川――」]

「――また総真かよ? あいつ、俺をねらってやがるな?」

「……そういうアンタこそなにかやってんじゃないの?」

「は?」 一瞬、夕菜の言葉の意味がわからなかったが、無我の指の真下にある名前を見てその意味を理解する。

「三年連続アンタの真後ろの席になったんだけど?」

「待て、俺は関係ないだろっ」


 ――3−A教室。

「席は――あいかわらず名前順か。やれやれ」 無我は黒板に書かれた席の配置図を見て自分の席に向かう。

「で、私はまたこいつの真後ろなわけだ」

「夕菜ちゃんっ」 廊下側の席から夕菜を呼ぶ声。――美紅だった。

「あれ? ――そっか、今年は美紅が一緒のクラスなんだ」

「うん。これから一年、よろしくね」


 八時半の登校時間終了を告げるチャイムが鳴った。その五分後、教室の引き戸が開き担任教師が入ってくる。――総真だ。

「時間がないから簡潔にいくぞ」 教室に入るなり、総真は簡単な自己紹介を始めた。

 総真が三回生になったということを生徒達に説いているうちに、チャイムが鳴り響いた。

「時間だな。全員、体育館に移動だ」


 式が終わると教室に戻り、あとは帰るだけとなる、はずだった。

「――で、三回生には校舎清掃の義務があると考えて、各クラス一人、今週の日曜に掃除に来てもらうわけになったんだが……」 総真が校舎清掃の話を切り出した。

「どうせまた俺だって言う気だろ?」 無我はすでにこの後の展開を読んでいる。

「それが一番てっとり早いはな」 総真は否定しなかった。

「……もし俺に来いっていうなら、もう一人別の者も選んでもらおうか? てめえと面識があるって理由だけで毎回毎回押し付けられちゃ納得がいくわけがない」

「じゃあ、他にもう一人指名したらお前は文句を言わずに掃除に来るんだな?」

「どうせ嫌っていっても無理やりやらされるんだからな」

「……そういうわけだ。頼んだぞ、舞川」

「はい? そこでなんで私なのよっ?」

「以上。解散」 総真が教室を後にする。

 もちろん、夕菜の怒りの矛先は――

「あんたねぇ。また私を巻き込んでぇっ」

「待て、夕菜。指名したのは総真だろ?」

「うるさいっ」


 荷物をまとめ帰宅の準備を終える。そして校舎を出た時だった。頭の中になにかが入ってくるような感覚。

(! また緊急通信か?)

《――えっと、テステス》

「……はい?」 わけのわからないテレパシーが無我の頭の中に流れてきた。

《そんなんじゃダメだよ。もっとテスト中って伝わるように――》 別のテレパシーだ。

《うるさいっ、ヘナ紐。少し黙ってなよっ》

《ヘ、ヘナ紐って……。僕は紐なんかじゃないやい》

 どうやら、ヘナ紐と呼ばれた方はルフィルのようだ。

(片方はルフィルか。でも、もう一人は誰だ?)

《と、とにかく、無我? 聞こえてんの?》 聞き覚えのないテレパシーの主が、無我を名指しする。

《マスター、現在本部中継プログラムのテスト中です。本部への連絡をどうぞ?》

(中継プログラムのテスト?)《……こちらNo.9、正常に聞こえている》

《あーもう、堅い堅い。今はテストなんだからさぁ、もっとこう気楽にいこうよ、無我》

《だから、これも仕事だって何回言えば――》

《あー、うるさいうるさい。ヘナ紐は黙ってろって》

《――おい。さっきからのお前は、いったい誰なんだ?》 無我は謎のテレパシーの主に何者かを尋ねる。

《あ、ひどーい。無我ったら私の声なんて忘れちゃったんだ。結局私との関係は遊びでしかなかったのね。うるうる》

 わざとらしい、擬音を含めた口調。無我はこの口調に覚えがあった。

《――その口調はまさか……雫か!?》

《では改めまして。No.71、本部中継プログラム 雨宮 雫でーす。――でもこのテレパシーってのはすごいね。テレパシーごしだと聞きなれたアンタの声も新鮮に聞こえるよ》

《No.71だと?》

《そ。ま、こんなカタチでEXPERTになるなんて思ってもいなかったんだけどね》

《彼女の精神は全て本部の連絡中継プログラムにいれたんだよ。No.21の彼女ももう仕事に戻っていますよ》

《ま、詳しい事はこのヒョロヒョロに聞いちゃってよ》

《……お前はそれでよかったのか、雫?》

《ん? なにが?》

《プログラムとして生き続けることだ》

《うーん。……あのさ、くだらないことをグダグダ考えるのはやめようよ。私はお姉ちゃんに必要とされている、私も必要とされてうれしい。今はそれでいいじゃん》

《……そうだな、たしかにくだらない事だったな。――緊急通信扱いなんでそろそろ通信を終えるぞ?》

《ま、私と話したかったら本部に来てよ。本部内なら、私も自由に動けるし、いつでも暇を持て余してるからさ》

《暇じゃないでしょっ。きちんと連絡の中継を――》

《あーはいはい。ったく、アンタの使い魔は口うるさいね。じゃ、テストは終了。またね、無我》 テレパシーが終了した。

「やれやれ。また騒がしくなりそうだな」

 空を見上げ、軽く伸びをして無我は家路についた。


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