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examination(エクザミネーション)”C”  作者: 以龍 渚
Episode 2.Memorial
7/42

Memory 1.無我と日向

 セピア色の世界が広がっていた。懐かしい光景。夢が見せる、無我の思い出の光景だ。

 光景はどこかの山のようだった。ログハウスの前で幼き無我が胡座あぐらをかいていた。法名 無我、この時九歳の少年である。

 目の前に突然、一人の男が現れる。瞬間移動で現れたその男は、少し若いが総真のようだった。

「何やってやがった、総真っ。鍵持ったお前がこなきゃいつまでたっても入れねぇじゃねぇかよ?」 無我は立ちあがり、ズボンの砂をはたく。

「ん? お前だけか、来たのは?」

「他のEXPERTにこんな場所で遊んでる余裕があるかよ」

「さすが。最年少EXPERTの天才は余裕だね」

「その天才をいじめて楽しんでる奴が何を言う、元最年少EXPERTさんがよ」

「まったく。あいかわらず口の減らないガキだな。待ってろ、無我。今鍵を――」

 総真がログハウスの扉に鍵を挿そうとした時、無我と総真の耳に車のエンジン音が聞こえてきた。どうやら少し離れたところにある駐車場に車が入ったようだ。

「車? 誰だ?」 総真が聞こえてきたエンジン音に警戒し始める。

 ここはEXPERTの私有地。EXPERTメンバーがここにくるのに車を使うことはほとんどない。――瞬間移動テレポーテーションなら一瞬でここにこれるのだから。

「また私有地に無断で入ってきたんじゃねぇのか?」 無我がそういうってことは、以前にもそういうことがあったのだろう。

「ちと見に行くか」 総真が挿そうとしていたログハウスの鍵を引っ込める。

「おい、総真。鍵は置いてけ」

「お前も来るんだよ、無我」

 無我と総真がそんなやりとりをしていると、誰かが車の止まった駐車場の方から山道を登ってきた。

「あれ? おやっさんじゃねぇか?」 無我が陸の姿を確認する。

「もう一人連れがいるな? とすると、さっきの車は陸さんが誰かとここに来たから車でやってきたってとこか?」 車がやってきた理由がわかって、総真は警戒を解いた。

 登ってくるのは陸と女の子。陸が小屋に近づくと声をかけてきた。

「悪いな、どうしても断れなくてな、連れてきちまった」

「いいですよ、陸さん。どうせ今日は休暇なんですから。――その子、娘さんですか?」

「ああ、下の子だ。――ほれ」 そういって陸は女の子の背中を押して前に出す。

「え、と……舞川 日向です」 少女が自分の名を名乗る。

「日向ちゃんね。俺は総真。風見 総真だ。で、こっちは――」

「法名 無我」 ……なんか、無我の機嫌が悪そうですね?

「無我、お兄ちゃん?」

「お兄ちゃんは余計だ! だいたいいくつだよ? お前」

「たしか今年で七歳だったかな? 無我、お前の二つ下だ」 日向の代わりに陸が無我の問いに答える。

「ったく、せっかくの休みっていうのに、余計な人間が増えやがった」 無我の機嫌が悪くなったのは、初対面の人間が現れたからみたいですね。

 無我が総真から鍵を奪い取り、ログハウスの鍵を開け中に入っていく。すると日向は無我にぴったりくっつくように、無我に続いてログハウスに入ってきた。

「ほう、これは驚いた。日向は無我が気に入ったようだな」 誰が見てもわかる。日向が無我に懐いているってことが。

 そして、陸と総真もログハウスの中に入っていく。

「そうだ日向。せっかくだからここにいる間は無我に面倒を見てもらえばいいぞ?」

「はぁ? ちょっと待て、おやっさん。――冗談じゃない、俺は今日山の散策を計画してんだぞ?」

「だったら一緒に連れて行ってやればいいだろ?」 総真も陸に賛同して、無我に日向を押し付けようとしているようだった。

「ダメ? お兄ちゃん?」 日向が懇願の眼差しで無我を見つめる。

「だから、そのお兄ちゃんってのはやめろっ」

「いいじゃないか、無我。人見知りの日向が初対面の人間を気に入るなんて、めったにないことだぞ?」

「そんなこと、知った事か。俺は俺で勝手にさせてもらう」 そういって無我はログハウスの外に出ていく。

 すると日向も、無我と一定の距離を保ちつつ、無我に続いてログハウスを出た。

「俺はお前のペースに合わせる気なんてないからな? はぐれても知らんぞ?」 そういって無我は山道のほうへと歩いていく。

 そして、その後を一生懸命に日向が追って行く。

「止めなくていいのか、陸さん? 無我の奴、あんなこといってるけど?」

「無我のことだ。口でああいっても、そんな場面になれば放ってはおけんだろう。じゃあ、こっちはこっちで楽しませてもらおうか」


 陸の言うとおりなのかも知れなかった。

 山道を登るにつれて、だんだんと距離が離れて行く無我と日向。だが、ある一定まで離れると、無我は歩くペースをおとしていた。

(――ちっ。なにやってんだ、俺は)

 そしてついに、無我は足を止めた。そして、日向が追いつくのを待った。息を切らしながら日向が追いついた。

「つらいんだったら引き返せよ。いまならまだ引き返せる距離だぜ?」

 その問いに日向は首を振る。

「あーもう。わかった、俺の負けだ。頂上までいって帰る、散策は中止。それでいいか?」

「別に中止になんかしなくても――」

「お前のそんな体力で俺についてこれるもんか。せっかく俺がお前のペースに合わせてやるって言ってんだ」

「お兄ちゃん……」 日向が微笑みの表情を浮かべる。

「だから、俺はお前のお兄ちゃんじゃないって。――行くぞ」


 山道がひらけてきた。その先には崖があり、山の絶景が見えている。ここがこの山の歩いて来れる頂上なのだ。

「うわぁぁぁぁ」 日向が目前に広がる光景に思わず声を上げる。

「あんまり先端には近づくなよ? それとも、レビテーション程度は使えるのか?」

「レビ――なに?」

(うーん、言葉すら知らないのか。つくづく一般人とは常識がちがうなぁ)

「ねぇ、なんなのそれ?」

「いいぜ、見せてやるよ」 無我の足元の砂が渦巻きはじめた。

 無我がその場から真上に向かって飛びあがった。

「す、すごい。空を、飛んでる」

「これがレビテーション。このくらい簡単に出来ないと――」 日向と話していた無我が森の方を見て会話を止めた。

「? 簡単に出来ないと、なに?」

 周囲の雰囲気が変わる。森がざわつき、戦慄が走る。森の奥で次々と木が倒れていく。そしてそれは次第にこちらへと近づいてくる。

「なに? この音?」 日向は今の状況がわかっていないようだ。

「――来る」 無我の表情がこわばっていく。

 山道に面した森の木が倒れ、奥から巨大な螳螂かまきりのテットが姿を現した。

「! ちぃ、よりによって『フォレスティン』かよ。――早くそこから移動しろっ。奴の進路にいると、攻撃されるぞ」

「え? え?」 日向はその場から動かない。

「――ちぃ」(くぅ、ただ道を開けるだけだろうが? ほっとけば勝手に崖に落ちてくれるコースなのに) 急降下。無我はフォレスティンに突っ込んでいく。

 右手に斬糸を作り出す。指先を回し、斬糸を指先に丸める。

「――『霹靂かみとき』」 指を振り下ろすと、丸めていた斬糸が雷のようになりフォレスティンに落ちた。

「今の内にフォレスティンの進路から外れろ。こいつは自分の進路を妨害されなきゃ攻撃はしてこない」

「う、うん……」 頭ではわかっているのだろう。だが、日向が動くことはなかった。

「はやくしろっ。こんな攻撃すぐに弾かれ――」 フォレスティンの鎌の腹が無我を殴打した。無我はフォレスティンの右側に飛ばされる。

 地を滑りながら体勢を立て直す。直後、無我は再びフォレスティンに突撃する。――右手に三本の斬糸を生成しながら。

「『旋風つむじかぜ』っ」 三本の斬糸は竜巻状となり、フォレスティンを包み込む。

 ――が、すぐにそれは弾け飛んでしまった。

(……通常モードじゃ、まるで歯が立たねぇ)

 奴の進路上に立つカタチとなった無我へ、フォレスティンの鎌による攻撃が襲う。無我は斬糸を鎌に絡め、攻撃を阻止しようとした。しかしその糸は簡単に切られてしまう。攻撃の勢いは衰えず、鎌は無我を襲う。

 防御を貫かれた以上、もはや無我の攻撃回避は不可能に。

 鎌が無我の肩を切り裂いた。肩口から胸元にかけて深い傷を負い、無我はその場に崩れる。

 フォレスティンの二撃目は鎌による殴打だった。動く事が出来なくなった無我がフォレスティンの進路外に飛ばされる。

「お、お兄ちゃんっ」 日向は無我のもとに駆け寄る。

 日向が無我に駆け寄ったことで、フォレスティンの進路には誰もいなくなった。フォレスティンはそのまま崖の先に消えていった。

 問題は無我だった。肩の傷は致命的で無我は言葉すら出せない状態だ。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」 七歳の少女でも無我が危険な状態だということはわかる。血が止まらないのだから。

 無我のまぶたが重くなる。意識が遠のいてきたようだ。

「! お兄ちゃん? お兄ちゃんっ」 涙があふれてきた。自分では何も出来ない悔しさから? ……涙の理由はわからない。ただ、頬に落ちた涙の感触がこのときの無我の記憶に残った最後の感触だった。


 ログハウスで昼食の用意をしていた総真の耳に、少女の泣き声が聞こえてくる。

「?」 総真は作業を中断して表へと出た。

 総真の目に入ってきたのは、傷つき倒れた無我の姿とその傍で泣きじゃくっている日向の姿だった。

「! 無我っ」 総真が無我に駆け寄った。

「お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁ」 日向はそう繰り返すだけだった。

 無我に近づいた時、総真は無我のまわりの土がここの土と違う事に気付いた。

(! 地面を巻き込んでテレポーテーションを発動させたのか? しかし、無我にしては雑すぎるテレポートだな)

 総真は無我の傷口に手を当てる。そして、フォースで癒しの光を生成する。

(……まずいな、傷が深すぎる)《陸さん、ログハウスに来てくれ。緊急事態

だ》 総真はやむを得ず緊急通信を使った。

 陸はすぐに現れた。そして、無我を見るなり緊急通信の意味を理解する。

「……日向、なにがあった?」 陸は泣きじゃくる日向に事情は尋ねる。

「大きな、カマキリが、お兄ちゃん、道を開けろって、でも、動けなくって……」

「大きな螳螂? ――! フォレスティンに遭遇したのか?」 陸は日向が言う断片的な単語から、ことの成り行きを理解した。

「陸さん。この傷……無我の奴、正面から斬られている」

「私の……私のせいで、お兄ちゃんが」

「落ちつけ、日向。……総真、代われ。あとは俺がやろう」


 丸太の天井がオレンジ色の光に照らされている。その光景を無我が確認するのと同時に、自分の肩に痛みが走った。

「いつつつ。……あれ? ここはどこだ」

「お兄ちゃんっ」 日向が無我に抱きついてくる。

「痛ぇ痛ぇ痛ぇ。やめろ、痛ぇ」

「あ、ごめんなさい。……でも、よかった。目を覚まして」

「目を、覚ました?」 どうやら無我は自分がフォレスティンに斬られた後のことは覚えていないようだ。

「お前は大怪我をおって倒れていたんだよ」 目を覚ました無我に総真が声をかける。

「総真……。そうか、おまえが助けてくれたんか? よくわかったな、俺が山頂付近にいたって」

「なにをいってる? お前はこのログハウスの前に倒れていたんだ」《思いっきり雑なテレポートの形跡が残っていた。多分、無意識に緊急避難をしていたんだろう》

(俺が、テレポーテーションを発動させた? ……それは、ありえないぞ? 俺は今の今まで完全に意識を失っていたんだからな)

「ま、そんな身体じゃ明日は何も出来ないな、無我。完全に直るまでは、絶対安静だからな」 陸が無我に絶対安静と告げる。

 これで無我は、今回の休暇を受けた傷の治療に当てなくてはならなくなってしまった。

「くそっ、せっかくの休暇が」 憤る無我。

「……ごめんなさい、私のせいで」 日向は責任を感じ、表情を暗くする。

「お前バカか? ドジったのは俺、お前は巻き込まれただけ。そうだろ? 日向」

 それは自然に口にしたのか、日向をかばって言ったのかはわからない。

「あ……。ありがとう、お兄ちゃん」

 ただ、その言葉と初めて名前を呼んでもらえたことに、日向の表情に明るさが取り戻された。

「じゃあ俺はもう少し眠らせてもらうぜ。せっかくの休日だ、せめて睡眠不足くらいは解消しないとな」


 ――目が覚めると、オレンジ色の天井が目に入った。

「やっと起きたか」 寝起きの無我に総真が話しかけてくる。

「総真か。……日向とおやっさんはどうした?」

「は? ……おい、ここをどこだと思ってやがる。ここは学校の保健室だぞ?」

「保健室? なんで――」 頭の中にさきほどの出来事がめぐる。そして、さきほどの出来事が夢と知る。

「……総真、俺は寝てたのか?」

「そりゃま、ぐっすりとな」

「じゃあ、Boutはどうなった?」

「A組はお前の反則で失格となった」

「俺の、反則?」

「ま、覚えてないだろな。……お前は開始の合図の前に氷室に奇襲をかけたんだ。――本気を出してな」

「俺が、本気で!? !――氷室は大丈夫なのか?」

「たいしたもんだよ。装置で六万をカウントしたダメージを経験したのに、意識はしっかりしていたよ」

「……なさけねぇな」

「本当だ。どうした? らしくねぇぞ、無我? お前だったら一日二日寝てなくても、ああはならなかっただろうが?」

 原因は、不眠の疲れに加えて、昨日のルフィルの件が響いているのだろう。

「……とにかく、総真。Boutは俺たちの負けに決まったんだな?」

「ああ。ペナルティは卒業式の後片付けになっている。当日、正午には学校にくるように」

「了解した」

「そうそう。舞川の奴、かなりご立腹だったぜ」

「それはいつものことだろ? じゃ、俺は本部に帰るぜ」

「本部? ……あれ? たしか、陸さんが無我を呼んでいたと思ったが?」

「おやっさんが? 聞いてないぞ。緊急か?」

「いや、後で家に寄ってくれって」

「おやっさんの家か……。そういや、プラナに出てきて一回も行ったことなかったな」

「場所はわかるか?」

「地図上でならわかるから、なんとかなるだろう。じゃあ、失礼させてもらう」 無我がベットから下りた。

「おい、無我。教室から鞄は回収しておけよ」


 鞄を手に、無我は昇降口を出る。

《……》 無我の頭の中にテレパシーが入ってくる。が、相手は無言で誰かを特定できない。

「! 緊急通信?」《こちらNo.9、用件をどうぞ》

《……》 返答がない。

《――おい、誰だ? 何の用だ?》

《……僕の声がわかるかい?》 その声に聞き覚えはあった。

「!」《お前、昨日のルフィルか?》

《キミと決着をつけたい。昨日の場所で待つ》

《待てっ、お前とやりあう理由はもうないはずだろ?》

 もうルフィルからの返答はない。

「ちっ。……何故だ? 何故俺と決着をつける必要がある?」

 納得がいかない無我だったが、無我はテレポーテーションを発動させた。


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