examinationⅩ.幻斗vs平男 二人の奥の手
幻斗は舞台袖から体育館を覗くように、神威と日向のやりとりを見ていた。
「やれやれ、なんかおかしなことになってるな? ――さて、俺の相手は平男か」 幻斗は反対側の舞台袖にいる平男に目を向ける。
「おーおー。平男の奴、なにやら頭の中で練っていやがるな? ――開始と同時に大技で来る気だな? そういうことなら――」
平男が舞台袖から舞台に現れる。それに続いて幻斗も舞台へ上がる。
それを見て、総真が二人に声をかける。
「待たせて悪いな。じゃあ、第三戦、始めるぞ? ――第三戦、桐生 幻斗vs平田 信男。……始めっ」
総真の開始の合図と同時に、平男の両腕と両肩に計四機のガドリングカノンが生成される。
「――瞬殺だよ」 平男のガドリング一斉発射。一斉発射されたガドリング砲により、舞台上に幻斗の逃げ場はなくなる。
「こりゃたまらんな、っと」 すると、なにを考えたか、幻斗は舞台から飛び降りた。
「!? ……これは、桐生くんの試合放棄と見ていいのかな?」 突然の幻斗の行動に、平男は攻撃の手を止めた。
「おいおい。俺は試合を捨ててなんかいないぜ? ――攻撃の回避に場外へ降りるなってルールはないだろ?」
「またお前は……。幻斗、次からは場外に降りた場合は場外負けにする。わかったら舞台に戻れ」
幻斗の目に余る行動に、総真は制限をかけた。
「あーあ、反則に指定されちまったか。まぁ、練りに練った先制攻撃があの程度なら、舞台から降りる必要なんてなかったな」
幻斗は舞台に上がると、なんと元いた舞台袖付近へと戻っていく。
「ちょっと桐生、アンタ、なに考えてんのよ? 元の場所に戻ったら、なんのために場外に逃げたのよ?」 幻斗の謎の行動に、夕菜が思わずツッコミを入れる。
「いやなに、もう一度一斉発射を、今度は正面から見てみたいなと思ってな」 幻斗は舞台の反対側にいる平男を挑発する。
「ははは。どうやら僕はなめられているのかな?」
「次の行動次第だな。――なめられたくなければ――お前の本気を見せてみろよ?」
「……そうか、なめられているんだね。――じゃあ、かわしてみてよ、桐生くん。この攻撃をっ!」 ――四機のガドリング砲が再度一斉発射された。舞台上に逃げ場は無い。
「いくぜ。『ヴォルテックス』、発動」 幻斗の風のエレメンタルフォース発動。竜巻が平男に向けて放たれる。
竜巻はガドリングの弾道を幻斗からそらしつつ、平男に向かって真っ直ぐ伸びていく。
迫る竜巻からの回避行動に移るため、平男は攻撃の手を止め、ガドリング砲を消した。
その瞬間、幻斗はヴォルテックスを解除した。――竜巻が平男の目の前で消滅する。
「桐生、なんで決めないのよっ!?」
「夕菜さん。平男にとっては、竜巻に吹き飛ばされるより、この方がダメージになるんだよ。……なぁ、平田くん?」
幻斗は平男のことを夕菜同様、普段は呼ばないようなふざけた呼び方でそう呼んだ。明らかな、挑発行為だ。
「ははは。桐生くんの言うとおり。――本当に辛い仕打ちだよ」
「平男。さっきからお前が頭ん中で作ってるのは、こんなバルカン砲程度じゃないんだろ? それとも、まだ出来てないのか?」
「ははは。心配してくれるんだ。ありがとう、桐生くん。もう完成しているよ? でも、使っちゃっていいのかな?」
「お、なんだ、俺が選べるのか? ――じゃあ、答えは『使うな』だ。……もっとも、それが核クラスの武器だったとしても、遠距離でドンパチするしか能がないらな使おうが使わまいが結果は同じことだろうな」
「はははは。核なんて再現したら、核分裂を止められなくなって暴走しちゃうよ。――そうか、遠距離武器と思っているんだ。まあ、遠距離戦も可能ではあるんだけどね」
「ほう。そいつは面白そうだな」
「じゃあ、使用禁止の選択は取り消しだね。――いくよ」
平男の周囲にフォースで出来た鋼鉄の物体が多数現れて、浮遊する。
(――五十嵐と似たような技か?) その光景を目にして幻斗が最初に思い浮かべたのは、美紅が使った『プログレスエレメント』だった。
が、次の瞬間、その鋼鉄の物体が一斉に平男に襲い掛かる。
「なっ!?」 予想外の展開に、幻斗は思わず声を上げた。
「ははは。さすがの桐生くんでもこれは予想外だったみたいだね」 平男の身体が鋼鉄の物体に覆われていく。
そして、最後に顔が覆われる。――その姿は、まさにサイボーグといった感じになっていた。
「ちょ、ちょっとぉ? あんなのアリ?」 夕菜が平男に向かってすっとんきょうな声を上げる。
「はははは。桐生くん流に言えば、『着衣装甲を禁止したルールはない』ってとこだね。そうだよね?」
「なるほど、そりゃもっともだ。――だが、どのくらい強固な鎧かは知らないが、鎧が奥の手じゃあ――!」
平男は幻斗の背後を取っていた。――一瞬で。
幻斗はとっさに右腕にカタールを生成する。生成と同時に平男を斬りつけるが、その攻撃は空を斬る。――平男は攻撃を仕掛けるために振り返った幻斗のさらにその背後を取る。
そして、振り下ろされた平男の腕が幻斗の延髄部分に直撃し、幻斗は舞台に叩きつけられる。
[幻斗、ダメージ11%(残り89%)]
(――なんだ? 急に平男の動きが変わった?)
「桐生くんはこれをただの鎧とでも思っているのかな? ――『パワードスーツ』って知ってる? スーツの内部の空気圧を調整することで身体能力を大幅に高めるってアレだよ? この装甲にも似たような機能が搭載してあるんだよ」
幻斗は立ち上がると、今度は両腕にカタールを生成した。
「へぇ。桐生くん、本当は二刀流なんだ。――ようやく本気で相手してくれるってことかな?」
幻斗は無言で平男に斬りかかる。右手のカタールが平男の鉄の腕で防がれると、すぐに左のカタールで斬りつける。――しかし、平男の着衣装甲に阻まれてダメージにはならない。
――と、目の前から幻斗が姿を消す。跳躍、そして刃をクロスさせた二つのカタールによる上方からの振り降ろし――『エクスカリバー』だ。
二本のカタールの刃が宙に舞う。平男の頭部を覆う仮面の部分に刃が負けたのだ。
「桐生の攻撃がはじかれた? ガルーダだって倒した技なのに」 夕菜が幻斗のエクスカリバーさえはじかれたことに驚きの声を上げる。
「それだけあの平田くんの装甲が強力ってことだよ、夕菜ちゃん。――もし桐生くんにあの装甲を破壊できる技がなければ、もう桐生くんに勝ち目はないよ」 美紅は冷静に試合を分析している。
夕菜と美紅の会話に、神威が入ってくる。
「彼は本気で戦っていない。風のエレメンタルフォースの技を放っておいて、彼にエレメンタルウェポンがないと思うのか? ――少なくとも彼には、僕と戦おうとした時に使った『シルフィード』がある」
「『シルフィード』?」 夕菜がシルフィードのことを問う。
それに答えたのは遥だった。
「私のウンディーネやアナタのサラマンドラと同じ、エレメンタルウェポンの上位ウェポンよ。だけど、上位ウェポンを使ったとしても、平田のあの装甲を破壊できるかどうかは……」
幻斗は折れたカタールの刃が転がる場所へと歩き出す。
「……やれやれ。できれば天才くんとの戦いまではあまり使いたくなかったんだがなぁ」 折れたカタールを拾い上げ、それを消す。幻斗の腕には刃のないカタール――つまりは篭手だけが残されていた。
「無駄だよ。たとえ桐生くんが風のエレメンタルウェポンを生成しても、僕の装甲は鋼属性を強化して作り出したもの。悪いけど、エレメンタルフォース程度じゃこれは壊せない」
「まぁ、黙って見てろよ」 幻斗の周囲を風が渦巻く。
「はははは。黙って見ているわけがないでしょ?」 平男が右拳を幻斗の方に向ける。
すると右腕が巨大なレーザーライフルへと姿を変えた。
幻斗に向けてレーザーライフルを構えた直後だった。幻斗の周囲を渦巻いていた風が豹変する。――それはもはや風と言えるシロモノではなくなっていた。
吹き荒れる嵐。その嵐の中で幻斗はシルフィードを生成する。生成されたシルフィードは右腕だけ、それは片腕で充分という意味なのだろうか。
「幻斗、アレを使う気?」 その光景を目にして声を上げたのは、意外にも凪だった。
「アレ? ――! まさか、アレを幻斗に教えたのか、凪?」
無我が凪に問い返すと、凪は一言こう言った。
「教えては、いない」 凪にはらしくない言い回しだ。
「らしくないな、お前が含みのある言葉を放つなんて」 それに無我がツッコミを入れる。
「ちょっと、無我。いったい何の話をしてんのよ? だいたい、その『アレ』ってなによ?」 会話が読めない夕菜が、無我に問い詰めてくる。
すると、凪が夕菜に問いかけてくる。
「覚えてない? 仮想空間でのあの技を」
舞台上で、いまだ吹き荒れる嵐。凄まじい嵐に平男の動きは止まる。――が、それは一瞬だった。すぐに我を取り戻し、平男はレーザーライフルの銃口を幻斗に向け、エネルギーを集めだした。
「言っておくけど、さっきみたいに風で攻撃を防ぐつもりなら無駄だよ? 実弾攻撃とは違って風でどうにかなる攻撃じゃないよ? たとえ、その風がさっきの何倍もの強さがあろうともね」
平男の銃口から放たれるレーザー光線。それには遥のカレントスパイラルほどの威力や速度はなかった。だが、連射性があり、一概に劣るともいえない攻撃だ。
その特性を利用して、連続で光線を放っていく。初弾が嵐の中に入っていく。レーザーは風の影響を受けることなく、まっすぐ幻斗に向かってくる。
「――お前が離れた俺に直接攻撃に来なくて助かったよ。その装甲の特性を利用して、一気に間合いを詰められてエレメンタルフォースの発動をつぶされていたら、俺が圧倒的に不利となっていただろうな」
「ははは。その風でなにができるっていうのかな?」 平男は三発目のレーザーを発射した。
放たれたレーザーの初弾が幻斗に命中する直前、幻斗の姿が消えた。
テレポーテーションの発動? ――いや、それとは少し違うようだ。
「テ、テレポーテーション!?」 消えた幻斗を見て、夕菜が真っ先思い浮かべたのはそれだった。
「違うよ。消えたように見えるけど、あれはただの高速移動。――あれに見覚えない、ダメ姉?」 日向がそれを否定した。
「見覚えったって、アンタ、そんなのあるわけないじゃない」
「本当、ダメ姉だね」
「また、アンタは――」
幻斗は平男の背後に立っていた。しかし、背後をとったわけではなかった。平男に対して背を向けているのだから。
幻斗がシルフィードを消した。その瞬間、平男の装甲と仮面が粉々に吹き飛んで、平男がその場に倒れた。
「こんな真似さ。――これが、『ソニックブーム』だ」 幻斗は倒れた平男に向かったそう言い捨てた。
[平男、48%ダメージ(残り52%)]
「ソ、ソニックブームって、アナタの――」 夕菜はそういって凪を見る。
「そう。仮想空間で見せた技。……幻斗は私の意図に気付いた。それだけ」 凪の言う意図とは、手本をみせてあげると言ったところだったのだろう。
平男が受けたダメージは大きいものの、動けなくなる程のダメージではなかった。――だが、平男は立ち上がらない。
(――今しかない。このダウン時間を稼いで、もっと強力な兵器を構成するんだ) 平男はこのダウンを利用して、さらに強力な武器を練りこもうとしている。
幻斗がダウン中の平男に近づき、屈んで平男の状態を確認する。――すぐに立ち上がり、総真に対して提案を持ちかけた。
「総真さん、カウントをとってもらえます? ――とりあえず、10カウントでお願いします」
「10カウントで立ち上がらなかったどうする気だ?」 総真が幻斗に問い返した。
「――俺の勝ちを宣言してください。出来なければダウン中の平田にとどめをさします。Boutの時と違い、ダウン攻撃は禁じられていないでしょ? ――今とどめをさしてもいいってのを、10カウント待つって提案なんですよ?」
「わかった。――カウントを始める」
総真のカウントが始まった。――カウント8までコールされても、平男は動かない。
(――貴重な時間をありがとう。とっておきのが完成したよ。あとは……)




