examinationⅨ.夕菜vs遥 雨の領域
無我と幻斗が、遥の先ほどの技について話し合っていた。
「? ――ただ天井に矢を刺しただけに見えるが?」 無我が率直な意見を幻斗に言った。
「まぁ、なにかしらの技への伏線だろうな。……しかし、約五分の一ものライフを削ってまで出す技とは思えないな?」 幻斗は無我の意見にそう返した。
一番動揺しているのは、実際に舞台上で対峙している夕菜だった。
(――どうみても、ただ矢を天井に刺しただけの行為。くっ、真壱はなにをたくらんでるの?)
遥が夕菜との距離を取る。
「! ――逃がすかぁ」 しかし、夕菜は間合いを取らせまいと、すぐに距離を詰めにいく。
だが、遥は後方に飛びながらも、夕菜に向けて弓を構えていた。――水の矢による束ね撃ちが夕菜を襲う。
「――いくら水の矢でも、この技までは消せないでしょ? ――いくよ、『紅蓮薙』」 炎の片翼が夕菜の前方を薙ぎ払う。
炎の翼は、多数の水の矢を飲み込んでいく。今度は水の矢が夕菜の炎を消すことはなかった。矢は炎に飲み込まれ灰となる。
しかし、その炎の先では遥が次の手を用意していた。――捻りながら引かれた弓の弦、『スパイラルアロー』の体勢だ。
「スパイラルアロー? 技を変えれば私の紅蓮薙に勝てるとでも?」 たとえスパイラルアローであろうと、今の夕菜には消し去る自信があった。
遥の弓から矢が放たれる。だがそれは、スパイラルアローではなかった。水のフォースがまるでレーザーのような光線状となり、螺旋を描きながら夕菜に向かって飛来する。
螺旋の水の激流は、一瞬で紅蓮薙、そして夕菜の左肩を貫いて舞台裏へと消えていった。
「相変わらずなお莫迦さんね。この技は『カレントスパイラル』、いくら強力な炎のエレメンタルフォースもあれだけ力を分散してれば、圧縮した私のエレメンタルフォースにかなうわけないのにね」
[夕菜、42%ダメージ(残り58%)]
(……左腕が動かない、なんて威力なの? けど、あんなフォース、そう何度も撃てるわけがない。左手だけで済んだなら――)
夕菜がそんなことを考えていると、舞台に雨が降り出してきた。――その雨は次第に強くなり、先ほどのカレントスパイラルでの一撃で舞台に転がった夕菜のサラマンドラの炎の刃を消していく。
「雨? ! なんで雨が――」 夕菜が上を見上げると、そこにあったのは遥がダメージと引き換えに放った、天井に刺さっている矢だった。
その矢から、まるでスプリンクラーのように雨が生成されている。
「これが、真壱の狙いだったの?」 夕菜は遥の技が発動して、初めてその狙いに気づくことになった。
舞台に降り出した雨により、ついには夕菜のサラマンドラは刃の無い剣となってしまった。
――遥が二発目のカレントスパイラルを構えた。
「! さっきのを連発出来るって言うの? ううん、それはない。あんな大技を連続で放てば、いくらなんでも、フォースが枯渇するに決まっている」
カレントスパイラルの連発はない、そう思っている夕菜だが、技を構えた遥は、夕菜の言葉に笑みを浮かべる。
「この雨がアナタの炎を消すためだけのモノだと思っているの? ……わからない? 炎の属性のアナタは力を奪われているのに対し、水属性の私が雨を浴びてどうなっているのかが」
雨が遥の身体に触れると、そのまま雨は遥の体内に溶け込んでいた。
「まさか、雨をフォースとして吸収しているの?」 夕菜は気づく。雨が遥の力となっていることに。
「この雨が振り続けるかぎり、私はフォース切れを気にすることなく大技を連発できるのよ」 遥の弓の照準は、完全に夕菜を捉えている。
舞台の外では、発動した遥の技を見て、無我が賞賛の言葉を述べていた。
「自分の能力を高めつつ、相手を弱らせる。理想的なフィールド展開だな」
「けどあれは、相手が舞川だからこそ効果があるものだ。相手が俺ならただ冷たい雨を浴びるだけになるし、さらに水属性に近い氷の属性の天才くんが相手だったら、互いにフォースを吸収しあう結果になってるぞ?」
と、無我と幻斗の会話に、美紅が入ってくる。
「それってなんか、私のクレセントムーンみたいに特定人物に対して編み出した技ってことですね?」
「まぁ、五十嵐の技が俺の如月を想定して編み出したみたいに、真壱が夕菜を想定して技を編み出したのかはわからんがな。――さて、夕菜はどうでるのか……」
夕菜は足元の使えなくなったサラマンドラを消し、右手に新たなサラマンドラを生成する。――左腕は力なくぶら下がっている。
(――常にフォースを出し続けていないと、雨に炎が消される)
サラマンドラの炎は、消える度に夕菜はまた燃え上がらせる。
(紅蓮薙ではあの技は防げないし、切り払おうにもあの弾速じゃ反応しきれない)
「万策がつきたかしら?」 遥の夕菜を狙う弓は、夕菜が少しでも動きを見せれば、すぐにでもカレントスパイラルを放つだろう。
「――いくら強力な攻撃でも、弓の弱点は克服してない。近づいて叩き込むっ」 夕菜が駆け出した。
「今、この距離――私の間合いでそれができるのかしら?」
「……アンタに、私の見てきた地獄を味わらせてあげるよ」
走りながら夕菜はサラマンドラの炎を一瞬だけ強く吹かせた。その炎を降り注ぐ雨が合わさり、サラマンドラは不完全燃焼を引き起こす。
サラマンドラから黒煙が吹き出し、夕菜の身体が黒煙に包まれる。
それと同時に遥はカレントスパイラルを放った。放たれた水の光線は、黒煙を貫き、なにかを破壊して舞台裏へと消えていった。
破壊されたのは夕菜のサラマンドラだった。しかし、サラマンドラは黒煙を発生させただけの囮でしかなかった。
――夕菜は遥の背後にいた。夕菜は遥の腹部に目がけて、突き上げるように掌を押し当てた。
「味わったことある? 身体の内部からこみあげる、あの痛みを? 手を当てることもできず、のた打ち回るにもどうのた打ち回ればいいかもわからない、あの痛みを?」
遥の腹部に押し付けた、夕菜の掌が赤く輝き始める。
「これはその地獄をアイツに味あわせるために考えた、私の切り札だよっ。――『メルト・ブレイク』」 掌を遥の身体に押し込むように打ち付けると、赤い光だけが遥の体内に入り込んでいった。
「――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 遥が、声にならない悲鳴をあげる。
[遥、62%ダメージ(残り19%)]
「きついでしょ? 私はその痛みをこの三ヶ月間、味わい続けたんだから」
遥が崩れ落ちるように両膝をつき、そして倒れた。――舞台に降る雨がやむ。
「もう、動けないでしょ? これで、私の勝ちね」 遥のライフが20%を切り、夕菜は勝利を確信した。
夕菜が舞台を降りようと、遥に背を向けた時だった。雨を生成していた天井に刺さっていた矢が、突如、背を向けた夕菜目がけて飛んできた。
矢は夕菜の右太ももを貫いて消滅する。
[夕菜、18%ダメージ(残り40%)]
そして、遥は身体を震わせながら立ち上がり、再度カレントスパイラルを夕菜に対し身構える。
「――まだ、勝負は終わっていない」 遥のライフはすでに20%を切っている。本来なら動くことさえ出来ないのだが、遥の気力がそれを補っているようだ。
「真壱……」 夕菜は貫かれた太ももを手で押さえながら、気力で立ち上がる遥を見据える。
「足を痛めた以上、アナタはもう私に近づくことはできない。――さっきみたいに一気に駆け寄られてアナタの間合いになることも、もうなくなった。――これが、正真正銘最後の一撃。これは、絶対に外さない」
遥は身体の震えで照準がままならないはずなのに、その弓の狙いは確実に夕菜を捉えている。
放たれた水の光線、それは夕菜の胸元――心臓部へ直撃する。
「――必死すぎて狙いが正確すぎんのよ」 夕菜は、太ももを押さえていたその手を離し、両手で自分の胸の前に火球を作り出していた。
それは前に放った火球弾などという小技の火球ではなく、まるで紅蓮薙を球状に圧縮したかのような強力な火球。そして、その火球は完全にカレントスパイラルを飲み込み、蒸発させるかのようにカレントスパイラルを消滅させた。
遥が力尽き、その場に倒れこんだ。――カレントスパイラルが消えるのと同時に、夕菜は火球を消した。
「そこまで。――勝者、舞川 夕菜」
総真の勝利宣言と同時に、日向が舞台に駆け上がった。
「どいて、ダメ姉」 日向は夕菜を押しのけ、遥のもとに駆け寄る。
遥のライフを回復させると、遥はすぐに意識を取り戻した。
「……負けちゃったか」 遥の口から最初に出た一言がそれだった。
「お姉さんはよくやったと思いますよ?」 日向が遥に励ましの言葉を送る。
「真壱。動けるようになったらこっちに来て封筒を選べ」
総真の呼びかけに遥は舞台を降りて総真の元へ。
「私は無視ですかい?」 夕菜は蚊帳の外に出されたような疎外感を感じている。
「そんなこといってないで、ほら、ダメ姉も行く」 日向が夕菜に光の球を投げつける。
それが夕菜の太もも部分に当たると、夕菜の傷とライフが回復する。
「アンタ、真壱と私とでずいぶんと待遇が違わない?」 日向に軽く文句を言うと、夕菜は舞台から飛び降りた。
そして、舞台に残った日向も、夕菜を追うように舞台を降りる。
遥が引いた封筒の封を破り、そこに書かれていた名前を読み上げる。
「桐生 幻斗。――たしかBoutの時の乱入者だったね」 遥は幻斗の名前が書かれた紙を、幻斗に投げつけた。
その紙を受け取ると、幻斗はその紙を手にしたまま、その手を夕菜のいる方へ向けた。そして――
「舞川、二分の一だ。氷室を引け」 夕菜に神威の名前の封筒を引くように指示を出す。
「そんなこと知るか!」
夕菜は総真の手から封筒を奪い取るようにして、一枚手に取る。そして、その封を開けると――
「――平男、アンタよ」 夕菜の引いた封筒の中には、『平田 信男』と書かれた紙が入っていた。
「――ちっ」 舌打ちを残して幻斗は舞台へ続く扉に消える。
「……ちょっと傷ついたかな? ははははは」 幻斗の悪態に対し、笑顔を崩さずそういうと、平男は反対の扉へと向かっていった。
と、神威が総真に近づき、最後の封筒を取り上げる。
「先生、僕はシードですか?」 その封筒から自分の名前の書かれた紙を取り出した。
「不満か?」
総真が神威にそう問い返した瞬間、神威に向かって一枚の紙が飛んできた。
神威が飛んできた紙をキャッチする。それは一枚のトランプだった。その表に書かれていたのは『舞川 日向』の名前。投げたのは日向本人だった。
「お兄さん、なんか不満そうな顔をしているからね。なんなら、私が相手になるよ?」 日向が神威の対戦相手を申し出た。
「ちょっと、何考えてんのよ、アンタは? そんなことが認められるわけないでしょっ」
夕菜の言うとおり、本来ならそんなこと認められるはずはないだろう。
仮にも公式なEXPERT選抜試験。そんなこと、総真が許すわけないと思っていたのだが――
「いや、いいだろう。――ただし、No.72。EXPERTスキルの使用は禁じる。その条件でいいなら参加させてやろう」
総真は、日向のEXPERTスキルの使用制限を条件に、日向の参戦を認めた。
「――倒しちゃっていいんだよね?」 日向が神威に向かってそう口にした。
「EXPERTのキミが相手なら、相手にとって不足はない」 神威は、日向の宣戦布告を受け入れた。




