examinationⅦ.C試験、本戦開始
総真の言う『予選』という言葉に、即座に反応したのは無我だった。
「! ――待て総真っ、予選ってなんだ!?」
「なんだ、って無我。そのまま言葉通りの意味だが? ――終了の条件を満たしたから、約束通りバトルロイヤルを終了した、それだけだ」
「――最初からこのバトルロイヤルで試験を済ますつもりはなかったのかよっ」 無我は次第に怒りの感情を表に出しはじめる。
「……結局、終了条件ってなんだったわけ?」 と、夕菜が呟く。
「条件を満たした本人がよく言うよ……」 それを耳にして日向がツッコミを入れた。
「余計なことは言うな、No.72」
総真は日向に言葉を慎むよう指示を出す。そして、一息つくと、そのまま言葉を続けた。
「――まず最初に言った条件ってのは、No.72の作り出したKillerを撃退することだった。少しレベルを上げてあったが、舞川と五十嵐が撃退に成功した。その地点で終了条件が達成されたことを伝えるために、試験に協力してくれているEXPERTを各受験者の元に送った」
「それが今の状況だろ? これで試験は終わりじゃねぇのか? 総真、お前ならここにいる全員がEXPERTの見習いとなる素質があるってことはもうわかってるんじゃないのか?」
「無我。余計な口出しは遠慮願いたい。――では、これより本戦の説明に入る」
「本戦、だと!? まだ闘わせるつもりなのかよ? まだ落とし足りないって言うのかよ、総真っ!」
「黙れ、無我。失格にするぞ?」 総真は無我にそう言うが――
「ああ、上等だ。失格にでもなんでもしやがれ」 元々試験に乗り気ではなかった無我には効果はない。
「やめろ、無我。これは――」
ついには見かねたタケルが仲裁に入ろうとする。
「タケル、お前も余計なことはしゃべるな」 だが、総真はそれを跳ね除けた。
総真はさらに言葉を続ける。
「――無我。失格になるのはお前だけじゃない。俺の方針に一人でも異議を唱える者がいれば、この試験自体を中止にすると言っているんだ」
無我の性格をよく知る総真ならではの言葉だった。
無我は自分がどうにかなるのは気にもしないが、他の人間を巻き込む行為は我慢できない。無我は、歯を食いしばることしか出来なくなってしまった。
「わかったなら黙って話を聞け。――といっても本戦のルールは基本さっきのバトルロイヤルと変わりはない、ただ、勝ち負けの判断は俺の独断でさせてもらう」
「ちょっと待ってください、先生。……このライフ方式のルールでやるんですか?」 今度は夕菜が異議を申し立てた。
「何か問題でもあるのか、舞川?」
総真にそう問い返された夕菜は――
「一つ確認したいことがあります。――先生はライフが20%を切ると動けなくなることがあるっていいましたよね」
「ああ。あとは本人の気力によるところもあるが、そういう風に設定してあるからな。ライフが少なくなれば、動きに影響が出るようになっている」
「けど私、60%以上のライフが残っていたのに動けなくなったんだけど? それについてはどう説明してもらえます?」
「――それとは反対に、Killerは10%以下になっても変わりなく襲いかかってきました」 美紅が夕菜の質問に言葉を付け足した。
「Killerに関してはNo.72に聞いてくれ。――問題は舞川の方だな。映像を見た限りは舞川、お前はKillerの攻撃で首筋を斬られて倒れたな? それはな、現実だとある現象を起こすんだが、この空間ではその内の一部描写が制御されているんだ」
「あることって、何?」 夕菜には何の事を言っているかはわからなかった。
「頚動脈損傷による大量出血」 それに対して神威がぽつりと呟いた。
「そう、氷室の言うとおりだ。だが、この空間では出血描写には制限を入れてある。描写は制限されていても、それによって起こる障害は再現される。結果、ダメージうんぬんより、身体が悲鳴をあげたってわけだ」
「ちなみに私のJOKER――っと、ここだとKillerだね。Killerはその逆。言ってみれば操り人形みたいなものだから、完全に壊れるまで普通に動かせる。手とか足とかを取れちゃったら動きは変わるけどね」
「そういうことだ。納得いったか、舞川? それとも、お前は互いに血しぶきを上げる闘いがしたいのか?」
「そ、それはちょっと……」 夕菜はその光景を想像し、少し引いた。
「じゃあ、話を戻す。本戦はバトルロイヤル形式ではなく、トーナメント形式で行う」
「トーナメント形式? ――ちょっと待って、それじゃあEXPERTになれるのはこの中の一人だけってこと?」
夕菜が総真にそう尋ねると――
「……EXPERTになりたければ死ぬ気で闘えってことだ」 総真は少し言葉を濁してそう返した。
「総真さん。対戦の組み合わせは?」 幻斗が総真にトーナメントの組み合わせを尋ねる。
「それは今から決める」 総真はそういって、フォースで七つの封筒を作り出した。
「この中には受験者七名の名前が入ってる。だれか、適当に二枚選んでくれ」
そういうと、タケルが総真に近づき、七つの封筒から二つを手に取った。そのうちの一枚の封を開ける。
「――一枚目は無我だ」 タケルは皆に見えるように、法名 無我と書かれた封筒の中身の紙を広げた。
「無我。演壇脇の扉から演壇上に上がってくれ。そこが試合場になる」 総真が体育館の演壇――舞台が試合場と無我に告げる。
「……」 無我は黙って総真に従い、体育館の演壇に向かっていく。
そんな無我に総真はテレパシーを送る。
《無我。この試験の受験者を思うなら、本気で闘ってくれ》
《――誰一人合格させないつもりかよ?》
《判断はお前に任せる。――お前がわざと負けようとも、それは仕方ないことだ》
無我は演壇脇の舞台裏に続く扉に入っていった。
タケルが二枚目の封を開け、無我の対戦相手の書かれた紙を広げる。
「二枚目は――『五十嵐 美紅』だ」
「! ――私が、法名くんの相手?」
「五十嵐。無我の入った扉とは逆の扉から演壇に上がってくれ」
「はい」 美紅はもう一つの舞台裏入り口へ。
「ねぇ先生。美紅と無我、あんな狭い場所で闘うの?」 夕菜がふと思ったことを口にした。
「狭い? ――実際に立ってみんとわからんかもしれんが、体育館の演壇って意外に広いぞ?」
――演壇舞台裏。
無我は向かい側の舞台裏に美紅の姿を確認する。
「――相手は五十嵐か。少しやりにくいな」
総真の言葉が頭の中で繰り返される。――受験者を思うのなら本気で闘えと。
「……悪いな、五十嵐。恨みはないが――いや、恨みがないからこそ、俺は本気で行くぜ」
意を決し、無我、壇上へ。それを見て、美紅も舞台に出てくる。
「第一試合、法名 無我vs五十嵐 美紅。試合始めっ!」
総真の試合開始の合図と同時に、無我が一瞬で美紅との距離を詰める。無我の斬糸が美紅の首周りで円を描き、美紅の首に巻きついていく。――Boutの時、寝ぼけた無我が見せた、無我本来の動きによる斬糸攻撃だ。
「!」 美紅はとっさに身を屈め、斬糸による瞬殺を免れる。
だが、無我の攻撃の手は止まらない。
「『旋風』」
身を屈めた美紅に対し、無我は足元から上方に昇っていく斬糸の竜巻を繰り出した。
美紅のこの体制では回避は困難だが――
「『プログレスエレメント』っ」 身を屈めている美紅の周囲に八つの光の玉が現れる。
そのうち、美紅の前方の位置に展開された光の玉二つが無我に接触し爆発する。
不意の攻撃を受け体勢を崩した無我の旋風は、あらぬ場所への攻撃となってしまった。
その隙に美紅は杖を生成し、無我から距離を取る。――爆発して消えた分のプログレスエレメントをすぐさまに再生成して、美紅は無我に対して身構えた。
[無我、TOTAL16%ダメージ(残り84%)]
爆煙の中から無我が飛び出した。無我は美紅の正面から斬糸を鞭のように振って攻撃を仕掛けてきた。
美紅の杖が無我の斬糸を防ぐ。――美紅のプログレスエレメントがその隙をついて無我に襲い掛かる。
「『木枯』」 無我が空いている左手から針状の斬糸を多数飛ばす。
無我の木枯が、美紅のプログレスエレメントに命中すると、エレメントはその衝撃で誘爆気味に爆発した。
プログレスエレメント八体が爆発し、爆煙が舞台を覆っていく。
(! ――今だっ) 美紅は一斉にエレメントが誘爆して、爆煙が舞台全体を覆うこの瞬間を待っていたようだった。
杖先を無我がいるだろう爆煙の中心部分に向ける。
「『バニシング・レイ』」 上方から光の柱が無我に降り注ぐ。
バニシング・レイを放った直後だった。この舞台の空気が一瞬で凍てつくような空気に変わり、無我からフォースが全く感じ取れなくなった。
「!」 美紅はとっさにフォースロッドを投げ捨てた。――美紅は知っているのだ、これがどういう技の前兆なのかを。
バニシング・レイが無我に命中する寸前で、激しい衝撃波を放ちながら弾け飛ぶように消滅した。その直後、美紅が投げ捨てた杖も同様に光り輝いて弾け飛ぶ。
衝撃波が起こす風圧が美紅の髪や服をなびかせる。――無我の、如月だ。
(あの時言ってた夕菜ちゃんの言葉――フォース逆流ってのが気になってたけど、やっぱりこの如月っていう法名くんの技はフォースを使っていなければ効果がない。――問題はそれを法名くんが知っているかどうか。知っていれば……使える。法名くんの如月攻略のための私の新技、『クレセント・ムーン』を)




