Round 2.テットランクSS(ダブルエス)
用を終えた夕菜が廊下に出ると、廊下の先の方から声がかかった。
「夕菜ちゃん、いま帰り?」
「美紅」
五十嵐 美紅、夕菜の友人で現在2−Dの生徒。
「もう帰れるんだったら駅まで一緒に帰らない?」
ちなみに美紅は列車で通学、夕菜は帰宅路の途中に駅があるので駅までは一緒に帰れるって事。
「いいよ。じゃあ美紅、鞄とってくるからちょっと待ってて」
「あ、夕菜ちゃん。一緒に行くよ」
――帰宅路。
「そういえば美紅ってさ、もう自分のフォースて決めたの?」
「? 夕菜ちゃんは決まってないの?」
「正直しっくりくるモノがないのよ。無我や桐生は凄い武器を使ってるみたいだしねぇ……。ねぇ美紅。美紅はどんな武器なの?」
「うーん。ゴメンね、教えられないの」
「え? どういうこと?」
「夕菜ちゃん。あんな時間に職員室にいたってことは、Boutのメンバーって事よね?」
「うん。……不本意ながら」
「私、D組のBoutメンバー」
「はい?」
「もしかしたら夕菜ちゃんと戦う事になるかもね」
駅に到着する。
「じゃあ明日。――夕菜ちゃん。もし戦うことになっても、手加減なんてしないからね」 そう言い残し、美紅が改札に消えた。
「そっか、美紅もBoutに出るんだ。……うーん、私だけの武器、か」
学校の上空に出ると、無我はそこでEXPERT制服姿に変わる。そしてフードが無我の顔を隠した。
「凪は……、T地区の方か」 瞬間移動の発動。無我がその場から消えた。
無我が現れた場所は木々に囲まれていた。
「ここは……森、か? ――! まさか、ランクSSのテットってフォレスティンか?」
[* フォレスティン――通称『森の牙』と呼ばれている大螳螂のテット。人間の手には負えないとされているテットの一種]
何かが争う気配を感じた。だが、その方向は――
「上? ――空中戦をしているのか? ……だとすると、相手はフォレスティンじゃないのか?」
森が少し開けた場所に出る。そこでは大鎌を持つEXPERT制服の少女と蛇に羽根が生えたようなテットが空中で戦っていた。
焔 凪、EXPERT No.42。外見は十四、五歳程度の少女に見えるのだが、実は無我よりも二つも年上。
「ばかなっ、ルフィルだと!?」 凪の相手を見て、無我が声を上げる。
ルフィル。外見は先の説明の通りで群れを作らずに単独で生活する小型テットにしては珍しいテット。しかしルフィルはせいぜいランクC〜B程度の強さしかないはずなのだが……
凪が自らのフォースウェポンである大鎌で攻撃を仕掛ける。するとルフィルの身体から青色のオーラが発せられる。そのオーラに大鎌攻撃は防がれたしまった。
「……EXPERT、Bモードだと!? なんだ、あのルフィルは」
あの青いオーラは『EXPERT Bモード』と呼ばれている能力だ。効果は使用者の能力に応じて攻撃を無効化するというもの。当然、名前がしめすとおりEXPERTスキルに分別されている能力だ。
空中では成立のしない攻撃が応酬されている。
(なにをしているんだ凪は? 相手が防御力を誇るなら、こちらはAモードを発動させればいいだけだろうが)
ルフィルが凪から距離をとる。
「!」 凪はルフィルとの間合いを詰めなかった。まるで次の行動がわかっているかのように防御の体制に入る。
ルフィルが羽根をはばたかせた。そこから発せられる風に乗って、真空の輪がいくつも放たれる。
その瞬間、凪の身体が青いオーラに包まれる。Bモードの発動だ。
ルフィルの放つ真空を全て防ぐと、今度は凪が大鎌を振り真空の輪を発生させた。ルフィルのと違って大きな輪が一つ放たれただけだが、その技はルフィルの放った技と同じ技であった。――いや、正確にいえばこの技はもともと凪の技なのだ。それをルフィルが使用しているのだ。
凪の真空もやはり無効化されてしまう。
《凪、どけ。そんなんじゃキリがない。俺が一撃で決めてやる》 無我が右手に三本の斬糸を生成した。
無我の斬糸が赤いオーラに包まれはじめる。
《――無我っ、Aモードを発動しちゃダメっ》
「! なんだと?」 凪のテレパシーを聞いてAモードの発動を取り消す。斬糸を包みはじめた赤きオーラが消える。
《凪、どういうことだ?》
《あのルフィル、かなり高度な『ラーニング』を持っている》
[*ラーニング:他人の技を受ける、あるいは見る事によって自分の技として習得(=ラーニング)してしまうという能力。『高度』といっているので、ルフィルは多分後者、技を見るだけで覚えてしまうのだろう]
《ラーニング持っている? ――! まさかっ》
《あのルフィルに私の技のほとんどとBモードを覚えられた。――技を一、二回見せただけで……》
《だから、SSランクなのか》
《――なるほど、キミ達はこうやって会話をするんだ》 聞いた事のない声でテレパシーが入ってきた。
「「!!」」 二人の視線はルフィルの方へ。
「まさか……」 無我が凪と顔を合わせる。
「テレパシーを、ラーニングされたの?」
《さて、ボクの言葉を聞いてくれるなら提案がある》
《提案、だと?》 テレパシーで語りかけてくるルフィルに、無我はテレパシーを返す。
《このまま退いてくれないかな? ボクにはキミ達と戦う理由がない》
《それは聞けない》 今度は凪が即答でテレパシーを返した。
《どうして? キミ達だってこんなところで時間を無駄にしている暇はないんじゃないの?》
《……俺達が退いたとして、お前は何をするつもりだ?》
《別にボクは人間全てが憎いわけじゃない。――ボクの仲間を殺した人間さえこの手にかければいいだけなんだ。だから、キミたちと戦う理由はない》
(……目的は敵討ち、か。)《……凪、お前は戻れ》
《! 無我。あなた、要求を飲むつもりなの?》
《どうやら彼のほうは聞き分けがいいみたいだね》
《勘違いをするな! お前の目的が敵討ちというならば……、お前は俺が本気でぶちのめしてやるってことだ》 重い空気を感じる。無我の、静かなる怒りの。
「……」 凪はだまって森の奥へと消えて行った。こうなった無我はもう止められない事を知っているからだ。そして、ルフィルが見えなくなった場所からテレポーテーションを発動させた。
《じゃあ、はじめるぞ》
《本気で言っているの? 仮にキミに彼女を凌ぐ強さがあったとしても、ボクはさらにその力を取り込んで強くなるんだよ?》
《安心しろ、お前ごときにスキルを使う必要ない。お前の力が尽きるまで、ひたすら殴り続けてやる》
無我がルフィルの方に向かって行った。
東の空が赤く色づき始める。ここでひとつ言っておきますが、『東の空』が色づき始めたんです。あれから十四時間、無我とルフィルの攻防はまだ続いていた。
――三月一日(火)、午前五時。
無我とルフィルは一定の距離を保ち、Bモードを展開したままで、互いに動かずにいた。
《いつまでこんな無駄な事を繰り返す気なの? Aモードとかいう本気があるんじゃないの? それとも、ボクに習得されるのが怖いわけ?》
《……習得はできないだろうな》
《だったら出してみなよっ、そのチカラを!》
《……お前のBモードでは、俺のAモードを受けて生き延びることが出来ないんだよ》
《なにを、言っているんだよ!? 本気でボクを殺しにくるんじゃないのか?》
《お前がテレパシーを習得する前だったら、気にせず斬っていただろうな》
《なんだよ、それ。ボクの言葉が届くようになって怖くなったのかい?》
無我が突然にBモードを解除する。
《……俺もな、大切な人を殺されているんだよ》 そして、突拍子に自分の身の上話を語り始めた。
ルフィルはただ黙って無我の話に意識を向けている。
《……殺した人間も俺は知っている。その気になればそいつを殺める事だって可能だ。――だが、俺にそんな気はない。……その気にならないんだ》
《何故だっ! 大切な人を奪われたんだろ? 何故その気になれない?》 最初は聞き流すつもりだった。だか、意外な言葉に聞き返さずにはいられなくなってしまっていた。
《……お前のケースとは状況が違うんだ。そいつがどんな気持ちで――どんな気持ちで自分の愛する女を手にかけたか、それが自分の事のようにわかっちまうんだからな》
《! まさか、その殺された人って……》
《俺の――母親だ。そして、殺したのは俺の父親。俺は自分の父親を殺したいほど憎んでいる。だか、それを実行しようとは思っていない》
《……だから、なんでなんだ? たった一人の父親だからか? 憎いんだろ? 何故――》
《お前は復讐を果たしてなにを望む? それとも、お前等の種族は敵討ちに成功すると死んだ仲間が生き返りでもするのか?》
《そ、それは――》
《俺はな、その先になにもないことがわかっているからその気になれないんだ》
ルフィルのBモードが消えて行く。無我の話を聞いて戦意をなくしかけているのだ。
その次の瞬間だった。森の奥から凄まじいエネルギーがルフィルめがけて飛んできた。
「! 避けろっ。早くそこから退避しろ」
ルフィルは動かない。エネルギーのさらに先、森の奥に焦点を定め身体を振るわせていた。
「――くっ」 テレポーテーションの発動。あれほどラーニングを警戒して使わないようにしていたのだが、ここで無我は思わず発動させてしまった。
瞬間移動でルフィルの目の前に飛び、ルフィルを回収して元いた場所に戻った。
《おい、なぜ避けようとしなかった?》
《……見つけた》
《なっ》
《……もう逃がしはしない。ここで終わらせてやる》
ルフィルの身体が消えた。瞬間移動だ。
「――たった一回見ただけでラーニングしやがった、あいつ」
ルフィルが消えてすぐ、森の奥から断末魔が聞こえてきた。無我にはそれがなんなのかすぐに理解できた。
「果たしちまったのかよ、敵討ちを」
無我がその場についた時、そこにルフィルの姿はなかった。ただ、ハンターと見える男の斬殺死体が転がっていただけで。
《こちらNo.9。交戦中のSSランクテットにテレポーテーションをラーニングされ、取り逃がした。……俺の不手際だ。――これより帰還する》
《本部、了解しました》
「くそっ」 近くにあった木の幹をおもいっきり叩きつける。やり場のない思いが頭の中を巡っていた。