Debug 4.サイアクノデータ
幻斗が掌を夕菜の背中に向けて、意識を集中させると、幻斗の掌の中にに小さな竜巻が発生し始める。
「いいか舞川、絶対にその炎を解くなよ! ――『ヴォルテックス』、発動」
凄まじい竜巻が夕菜に向けて放たれた。竜巻が夕菜を飲み込むと、夕菜の前方に炎の竜巻が発生した。
「これって、風のエレメンタルフォース?」
「――くっ。これは、ちとキツイな」 幻斗のフォースの消費は、思う以上に激しかった。
だが、それは夕菜の方も同じだった。
炎の竜巻がゴーレムを包み込む。しかし、幻斗、夕菜ともに苦痛な表情を浮かべていた。
「くぅ、こんなにもフォースの消費が激しいの? ……桐生、まずいかも。ほんと、長くは無理。あと数十秒が限界」
「ああ、俺の方もだ。――舞川。ヤツはどうなっている?」
「完全に火ダルマ状態」 夕菜がゴーレムの状態を確認し、勝利を確信する。
「念押しだ、最大出力!」 いままでにない勢いで竜巻が放たれる。それを最後に、幻斗の掌から竜巻は消えた。
夕菜は竜巻が自分の身体を過ぎ去ってくのを確認すると、紅蓮纏を解除する。
「……もう、フォースは空。なんて言おうと出ないから」 火ダルマ状態で戦闘不能となったゴーレムを目の前に、夕菜はその場に尻餅をついた。
そんな状況の中、再び男の声が仮想空間内に響き渡る。
「甘いな。もう一度同じデータを入力すれば、そいつはいくらでも作り出せるんだよ。――そんな状態でもう一度そいつと交戦できるか?」
「なんだとっ」 幻斗が顔をこわばらせる。男の言うとおり、もう一度ゴーレムを出現させられたら、二人に勝ち目はない。
「させるかよ」 別空間にいる無我が、自分の生成したパソコンを操作しハッカーのアクセスを妨害する。
同一データの入力を制限させることにより、無我は男がゴーレムのデータを再生成するのを封じる。
「小賢しい真似をする。だが、こういうことはまだ出来る」 男はゴーレムの再生成を断念し、なにか別のコマンドを入力したようだ。
すると、仮想空間内で炎上していたゴーレムの炎が消え、破損部分が修復していく。
「お前たちがとどめをささないから、こういうことになるんだよ」 男は、戦闘不能になっていたゴーレムを復活させてしまったのだ。
「……やべぇ。もう、切り札は残ってねぇ」 ついに幻斗に諦めムードが現れ始める。
「どうするの、桐生?」 夕菜が幻斗の方に振りかえったその時だった。
「! ――舞川っ」 幻斗が突然、夕菜を突き飛ばした。
突き飛ばされ、地を転がった夕菜が次に目にしたのは、ゴーレムの拳に胸を貫かれた幻斗の姿だった。
「き、桐生っ!」 凄惨な光景に、夕菜は叫びともとれる声を上げた。
「くくくく、まずは一人だな。――仮想空間だから死ぬ事はないとでも思っているのか? 仮想空間でも死の衝撃が脳に記憶されれば、脳死だってありえるのにな」
笑いながらそう語る男に、夕菜は――
「――アンタは、絶対に許さない」 残りのフォースがほとんど残っていない状態で、夕菜は身体を激しく炎上し始める。
炎で出来た巨大な片翼を広げるかのように、夕菜の放つ炎が燃え広がりながらゴーレムを飲み込んでいく。『紅蓮薙』、後に夕菜がそう名付ける技である。
――もし夕菜にあと少しでもフォースが残っていたなら、勝負はついていたのかもしれない。だが、炎がゴーレムを包み込もうとする寸前に炎は消え、夕菜はその場に倒れ込んだ。
「――驚かせやがって。所詮はその程度のようだったな。さあ、その女にもとどめをさせ」 男の声が、ゴーレムに夕菜へのとどめの指示を出す。
「やめろ……もういいだろ、お前の勝ちだ。だから――」 無我が男に敗北を宣言するが――
「貴様はそこで仲間の最後を見てるんだな。どうせ、その空間からじゃなにもできんだろうよ」
「……取り返しのつかないことをしてみろっ、そんときはてめえを見つけ出して、必ずこの手で引導を渡してやる」
「言うだけなら、なんとでも言えるさ。――さあ、とどめをさせ」
倒れて動かない夕菜に、ゴーレムが拳を振り上げる。
――ゴーレムが拳を振り上げた瞬間、振り上げたゴーレムの腕が宙を舞った。
夕菜とゴーレムの間に、大鎌を構えた少女が割って入ってきた。――凪だ。
凪は倒れている夕菜と幻斗を交互に確認する。
「この娘はともかく、幻斗は、まずい。けど、その前に――」
「凪ちゃん、気をつけて。そいつ、ものすごく強いよ」 凪の背後から日向が姿を現す。
「大丈夫。この程度、敵じゃない。問題は――」 そういいながら凪は、視線を幻斗に向ける。
「……凪ちゃんはそいつを簡単に倒せるんだよね? だったら、ケガ人は私にまかせて」 日向が幻斗のそばに駆け寄っていく。
幻斗の傷口に手を当てると、日向の手から癒しの光が発生し始める。
「ヒールフォース!? ――しかも、かなり強力。……まかせて、いいみたい」 幻斗を日向にまかせると、凪は鎌をゴーレムに対して構える。凪の鎌が赤く光り輝く。
――あの堅いゴーレムが、まるで豆腐のように切り裂かれていく。完全にバラバラになってしまえば、もう修復は出来ないだろう。
これで終わり。……そう思っていた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
日向の声で夕菜が意識を取り戻す。
「……日向? ――! ここは? 私、どうなったの?」
状況が飲み込めずにいる夕菜に、凪が声をかける。
「フォース切れ。しかも、許容量超過の」 凪は最低限の情報を淡々を口にする。
「あなたは?」 夕菜と凪は初対面。夕菜のこの質問は当然だ。
「あのね、凪ちゃんすごいんだよ。あのゴーレムを簡単に倒しちゃうんだから」 日向が凪の事を得意げに口にする。
「あのゴーレムを倒した? あなた、いったい……」
「焔 凪。EXPERT No.42」
「えぇ!? 凪ちゃん、EXPERTの人だったんだ」 ここで日向は初めて凪がEXPERTと知る。
「アンタ、知らずになれなれしくしてたわけ?」 夕菜が日向にツッコミを入れた。
仮想空間が映し出されたモニターを見ながら、男は歯を噛み締めていた。
「EXPERTが出てきたか。あの別空間の男のせいで、あのゴーレムはもう作り出せない。なにか、あれに代わる強力なテットは――」 男が叩くキーボードの音が部屋中に響く。
「ルフィルにガーゴイルにリザードか……、あのEXPERTの記憶に使えるテットはいないな。あとはあの一般人の女の方か……」 と、男のキーボードを叩く手が止まる。
「な、なんだと!? こいつは……。なんでこんな極レアテットに遭遇してるんだ? あの一般人の女が」
モニターには、大螳螂の姿が映し出されていた。
男のキーボードを叩く手が自然と早くなる。
「くくく。まさかな、まさか、この手であのテットのデータを再現できようとは。――森の牙、フォレスティンのな」
予想外のデータの発見により、男は周囲の気配に気づくことが出来なかった。――喉元に小さなナイフを突きつけられるまで。
「――お楽しみのところ申し訳ないんだけど、あなたの身柄、拘束させてもらいます」
ナイフを突きつけられて初めて気付く。――EXPERTの、No.21 雨宮 霧がその背後にいたことに。
「いつの間に――」 男はキーボードを一回叩いた。
「それ以上は動かないで。パソコンから離れなさい」
「くくく、遅えよ。いまのENTERで最後だ、もう送信は終った。最悪のテットデータをな」
「! ――彼を捕縛して」 同行しているガーディアンに指示を出すと、霧は男を押しのけキーボードを叩き始める。
「……なんてことなの」 コマンドを打ち込んで気付く、停止命令関連のコマンドが登録されていないことに。
「はなから止めることなんか、考えていないさ。もう、終わりだよ、あいつらは」 両腕を後ろ手に押さえつけられた状態でも、男は悪態をついていた。




