仄暗い闇の底から【終】
※ 背後にご注意ください。
朝倉の家にたどり着いた俺と上田は、玄関のチャイムを押し、住人が出てくるのをしばし待っていた。
ドアが開き。
朝倉の母親が俺たちを出迎える。
出迎えた朝倉の母親の姿を見て、俺たちはぎょっとして身を引いた。
参観日で見た時はとてもきれいで元気で若々しかったのに、その面影はどこにもなく、毎日を鬱悩み、泣き過ごしたことが一目で分かった。
朝倉の母親は俺たちを見て穏やかに微笑んだ。
「あの子に会いに来てくれたの?」
俺は頷く。
はい。朝倉、いま部屋に居ます?
※
朝倉の部屋は二階にあった。
俺と上田は階段を上る手前で足を止め、様子をうかがうように二階を覗き込んだ。
ひしひしと築年数を感じる昔ながらの和風な家。
二階の窓が全て厚カーテンで閉めきりになっているせいか、仄暗く不気味な感じが漂っていた。
上田が怯えるように俺の背後に隠れて細々と言ってくる。
「朝倉の奴、二階に誰か来るとすげー勢いで部屋から怒鳴るんだ」
なんで?
「知らね。俺も怒鳴られて二階に行ったのは一回きり」
その二階には朝倉だけしかいない。
昔は姉たちの部屋もあったのだが、姉たちは自立して今は物置部屋状態になっている。
だからこそ余計に水を打ったように静かだった。
長く換気をしていないせいか、漂う空気もよどんでいる。
俺と上田はごくりと生唾を飲んだ。
上田が震える声でぼそりと呟く。
「な、なんかさ、【呪怨オンライン】みたいじゃね?」
俺は無言で上田を睨みつけた。
「ご、ごめん」
謝る上田を背後に連れ、俺は二階への階段を一歩踏み出した。
踏みしめた際、和風独特の木の軋む音がゆっくりと静かに鳴り響く。
……。
静かだ。
緊張が走る。
俺はまた一歩、階段を踏みしめた。
ゆっくりと静かに。
そしてまた一歩。
少しずつ、慎重に。
俺と上田は二階へと続く階段を、足音を押し殺すようにして上り続けた。
心臓が高鳴る。
俺の手の中は嫌な汗でぐっちょりと濡れた。
まるで和風のホラーを体験しているみたいだった。
いつどこで白い服を着た女の幽霊が佇んでいても不思議じゃない。
――ようやく階段を上り終えて。
俺と上田は小さな踊り場で足を止めた。
二階はそんなに広いわけではない。
狭く短い回廊と三つの和洋部屋。その内の一つが朝倉の部屋である。
俺と上田は再び足音を押し殺すようにしてゆっくりと、朝倉の居る部屋まで歩を進めた。
ゆっくりと、慎重に。
なるべく朝倉の機嫌を損ねないよう気遣って。
ようやく、俺と上田は朝倉の部屋の前に辿り着くことができた。
上田が引き腰で怯えるように俺の背から顔を出し、ドアの向こうに居る朝倉へと小さな声を震わせて問いかける。
「あ、あああ朝倉……? いい今、な、何してる?」
俺は上田に振り向いて言う。
何してるじゃねぇだろ。
「いや、だって──」
上田は再び俺の背に隠れた。
俺はドアへと向き直り、そしてドアの向こうに居る朝倉に堂々と声を投げた。
出て来いよ、朝倉。ちょっと話しようぜ。
……。
しばし待ったが、朝倉の返事は戻らなかった。
上田が声を震わせる。
「まま、ま、まさか、死んだ……とか?」
その言葉にハッとした俺は急いでドアノブに手をかけた。
左右交互にノブを回す。
しかし、いくら回すがドアには鍵がかけられていて開かなかった。
俺はドアを激しく叩く。
朝倉! 居るんだろ! 居るなら開けろ!
反応は無い。
俺は叩くのを止め、即座に行動を切り替えた。
体当たりしてドアを開けるつもりだった。
体に勢いつけようとして、構えたその時――
「うぜぇんだよ! 帰れ!」
朝倉の怒鳴り声がドアの向こうから聞こえてきた。
居る! 生きてる!
確信した俺は激しくドアを叩く。
朝倉! 俺だ! どうしちまったんだよ、おま──
「うるせー、勝手に入ってくんな! 帰れ!」
心にも無いような言葉だった。
その後ドアの向こうから朝倉の嗚咽まじりに泣く声が聞こえてくる。
……。
俺と上田は気まずく顔を見合わせた。
今はそっとしていた方がいいのかもしれない。
上田が無言で頷いてそれに同意する。
俺はドアから離れ、呟くように朝倉に言葉を残す。
わかった。ごめん。……また、明日来るからさ。そん時に話そう。
……。
言葉は返らなかった。
俺と上田はドアに背を向けて歩き出す。
踊り場で一旦足を止め。
上田を先に行かせて俺も階段を下りた。
――それは、階段を下りている途中のことだった。
俺の耳に、朝倉が俺の名を呼ぶ微かな声が届いた。
――助けてくれ、と。
空耳かどうかはわからなかったが、それでも。
俺は直感のまますぐに踵を返して階段を駆け上り、朝倉の部屋へと向かった。
「お、おい、どうしたんだよ!」
上田が遅れて俺の後を慌てて追ってくる。
俺は朝倉を助けたい一心で無我夢中に朝倉の部屋へ駆けつけ、そして何も考えずにドアノブに手をかけた。
すると鍵のかかっていたはずのノブは回り、ドアは何事もなかったかのようにあっさりと口を開けた。
俺はドアを開き、勢いのままに薄暗い朝倉の部屋の中へと駆け込んだ。
部屋に入った瞬間、ひやりと嫌な悪寒が俺の背中を走る。
反射的に部屋の真ん中で足を止めた、その直後!
背後でドアがいきなり激しく音を立てて閉まる。
俺はびくりと身を震わせた。
同時に鍵のかかる音が聞こえてくる。
ドアの向こうから遅れて来た上田が何度もドアノブを回し、ドアを叩く。
「おい、いったいどうしたんだよ! なんで閉めるんだよ!」
薄暗い部屋の中、俺は慌ててドアに駆け寄りノブを回した。
――開かない!?
よく見れば内鍵も外鍵も、このドアにはついていなかった。
俺はドアを叩いて叫ぶ。
上田! 俺の声聞こえているか!
「……!」
ドアの向こうから上田の一方的な声が聞こえてくるだけ。
聞こえていないのか、それとも聞いていないのか。
俺はすぐに行動を切り替えて激しくドアに体当たりする。
しかしドアはビクともしない。
クソッ! なんなんだよ、これ! どうなっているんだ?
さっきから背中に走る悪寒が止まらない。
嫌な予感に全身が総毛立つ。
俺は必死になってドアを叩き続けた。
上田! こっちからだとドアが開かない! 警察か誰かを呼んできてくれ! 早く!
ふと。
部屋のどこからかパソコンが起動する時に流れる音楽が聞こえてきた。
俺は動きを止める。
そして、恐る恐る音のする方――背後をそっと振り返った。
壁際に置かれた勉強机が一つ。
その机上でパソコンが一人でに起動を始めていたのだ。
カリカリと処理する音がパソコンから聞こえてくる。
画面が立ち上がり、マウスポインタが画面をゆっくりと走った。
そしてインターネットのアイコンの上で止まり、そのアイコンをクリックする。
ネット画面に繋がり、大手検索サイトが画面に現れる。
しかし、すぐにそれはボロボロと蝕まれるように崩れていき、闇のように真っ黒い画面へと変わっていった。
何かに操られるように、キーボードが凹凸を繰り返し、画面に文字が打ち込まれていく。
血のように赤く垂れた文字が一つ一つ、画面に打ち込まれていく。
【ようこそ。待ってたよ】
――瞬間!
嫌な気配を察して、俺はハッと振り向いた。
いつの間にかすぐ隣に、無表情の朝倉が立ってこちらを見ていた。
俺は悲鳴を上げて腰を抜かし、その場に座り込んだ。
朝倉が無言で俺の体の上に跨り、馬乗りしてくる。
そして俺の胸服を荒く掴み上げてゆっくりと顔を近づける。
朝倉は何かに取り憑かれているようだった。
顔に生気はなく、まるで仄暗い闇の底から這い出てきた悪魔みたいな声で、
「ようこそ、クトゥルク──いや、コードネームK」
朝倉、じゃない……?
「残念だったな。お前の大事なオトモダチは今おねんね中だ」
だ、誰なんだ、お前……。なんで俺のこと
朝倉が片手の人差し指で自らのこめかみを示し、そこを軽くトントンと叩いてみせる。
「頭の中に聞こえてくる声。入れ替えてみる気はないか?」
な、なんのことだ……?
朝倉がさらに俺の胸倉を荒く掴んで絞め上げる。
「何とぼけたフリしてんだ? クトゥルク。これは提案じゃない、お前を脅しているんだ。守護者の決定権はお前自身が握っている。お前が頷けばオレはお前の守護者になれるんだ。もう一度黒騎士に戻ってオレと一緒に世界を制してみないか?
――戦いが全ての、あの世界をよぉ」
黒騎士!?
「コイツはお前の大事な友達なんだろう? 大事な友達を救いたくはないのか? この取引に応じればお前はこの世界の大事なものを失わなくて済む。
さぁ言え、クトゥルク。――このオレを守護者にすると!」
※ ここまでお読みくださりありがとうございました。SR:B 2.5の序章は、ここで終了となります。このあと【中編】【後編】――そしてSR:B 3と物語は続いていくわけですが……。
引き続きこの物語にお付き合いくださるならば、大変嬉しく思います。




