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目覚めてみれば……【64】


 ――っげほ、ごほッ。


 急に鼻に直接吹き込んできた風に息苦しさを覚え、俺は呼吸を乱して激しく咳を繰り返した。

 ベッド脇に置かれた機器が異常を知らせるかのごとく、とても耳障りで甲高い音を鳴らし続ける。

 俺は胸をかき掴むように押さえ、寝返りを打った。


 見知らぬ女性の声が耳に届く。

「誰か先生を! 先生を呼んできて!」


 複数の乱れた足音が聞こえてきて、俺から呼吸器が取り外される。


 落ち着かない呼吸のまま、俺はうつろな目でゆっくりと辺りを見回す。


 あれ? ここ……。それにこの人たち──


 俺の周囲で慌しく動く看護師達。

 目覚めてみれば、そこは学校ではなくなぜか病院のベッドの上で、しかも集中治療室の中だった。



 ※



 病状が奇跡的に回復したらしい俺は、病室を一般病棟へと移された。

 しばらくは入院するはめになり、検査を受けることになった。


 良かった。戻れたんだ、元の世界に……。


 寝ても覚めても変わらぬ現実世界の日々に、俺は胸を撫で下ろす。

 やっと戻る事ができた。

 まるで長いこと夢の中に居たみたいだ。

 本当に、とても嫌な夢だった。

 あれからおっちゃんの声も聞こえてこない。

 幻聴だったのだろうか。

 どうあれ、もう二度と聞こえてこないでほしい。



 見舞いに来る両親の顔は申し訳ないくらいに痩せ疲れていた。

 毎日過保護なくらいに俺の体を心配してくるし、気遣ったりしてくる。

 その度に俺は元気だと答えなければならなかったし、それを証明する為にオーバーなくらいに明るく振舞い、日常的な生活をいつも通りにやって、御飯も残さず全部食べるようにした。

 俺の急激な回復に医者は『奇跡だ』と言って目を丸くしていた。

 いや、別に。元々どこが悪かったわけでもないし、俺は元気だと思っている。

 わざわざ遠いところから親戚や祖父母も心配して駆けつけてくれたし、学校の先生も見舞いに来てくれた。


 つくづく俺は思い知らされる。


 本気で死にかけていたんだな、俺。

 目覚める度に病院の中とか、本当に笑えない。


 もしかしてあれか? おっちゃんは実は死神か何かで、言葉巧みに俺をはめて誘導しながら俺の魂をあの世に引きずり込もうとしているのか? だから目覚める度に病院だったりするのか? そんでもって俺はあの世界を救う神だのなんだの言われて、最終的には『その為には現実世界で死んでください』って感じのノリだったりするんだろうか。

 ――なーんてな。まるで週刊漫画に出てくる主人公みたいだ。ははは、ハハ……ハ……。


 ……。


 ……本当に、笑えない。

 そう考えると今更ながら恐怖に体が震えてきた。

 絶対にそんな軽いノリで死にたくない。



 ※



「――って、嫌やろ。あんなゲームじみた世界が天国やー言われても」

 ベッド脇のパイプ椅子に腰掛けながらJがそう言ってきた。


 その隣でピクニック気分の結衣とEがケーキの箱からケーキを取り出しながらきゃいきゃい騒いでいる。


 って、俺の話聞いてねぇだろ。


 結衣がうきるんと尋ねてくる。

「ねぇ、Kはどっち食べる? Eちゃんの手作りケーキだって」

 Eがぴっと人差し指を立てて、

「甘い物が苦手なK君には特別に『タイカレーケーキ』と『インドカレーケーキ』なるものを作ってきました」


 なんだ、それは。――ってか、なぜカレーをケーキにした? あえてケーキにこだわった理由はなんなんだ? 見舞いの品が『カレーケーキ』って


 Jが横からケーキ箱に手を突っ込む。

「よっしゃ。『タイカレーケーキ』に挑戦したる!」

「さすがJ! 男前!」

 Eが手を組んで目をうるませる。

「感想、聞かせてくださいね」


 俺はJへと視線を向ける。


 なぁ、J。


「なんや?」


 話戻すけど――さっき俺が言ったこと、Jはどう思う?


「死神の声、か。もしそれが事実やったとしたら、声掛けられてくるの怖なってくるな。もう車運転すんのやめようかな」

「えー。じゃぁ、あたしも電話やめよう……」

「私も鏡見るのやめます……」


 俺は両耳をふさいだ。

 やめろよ、みんなでノってくるなよ! 言い出した俺が悪かった! マジで夜が眠れなくなる!


「冗談や。そない言うたらMはどうするんや。電話に一切触れない生活なんてでけへんやんか。Eなんか鏡やで。鏡なんてなんぼ回避したって無理やろ」


「とくにKは睡眠でしょ? 睡眠回避とかあたし絶対無理」

「私も無理です。睡眠とぼぅーっとすることが私の全てですから」


「あえて俺らの日常生活に寄生してるってーのが向こうの手なのかもしれんな。俺も車無いと通勤でけへんところやし、仕事クビになったら何も食えんで死んでまう」


 ……。

 俺は耳からそっと手を退けた。


 なぁ。回避する方法って、本当に無いのかな?


 Jが俺に指差してくる。

「逆に問うが。お前、腹立たへんのか?」


 俺は首を傾げた。

 腹立つ?


「一方的に向こうの都合のえぇようにコキ使われて腹立たへんのかって聞いとるんや。俺らは使われるだけの機械やない、生きた人間や。よー思い返してみ。最初はバーチャル・ゲームみたいで面白おもろかったやろ?」


 うーん……。

 俺は腕を組み、眉間にシワを寄せて唸った。

 まぁたしかに……そう言われてみると最初は楽しかった気がする。


「あの世界は誰かが創ったゲームの世界や。それに俺らは巻き込まれた。向こうが俺たちを遊ぶつもりでいるなら、こっちもこっちで思いっクソ遊んでやろうやないかい」

 Jが手首のミサンガを指し示す。

 真似るように結衣もEも手首のミサンガを見せてきた。


「その為に俺たちでギルド作る言うたやろ。向こうに遊ばれるんやない、俺らが向こうで遊んでやるんや。今、Eが色々と向こうの世界のこと調べてくれとんねんから」


 え? でも最近、向こうの世界に行けてなかったんじゃ……


 Eが指で眼鏡をちょいと押し上げて言ってくる。

「えぇ。たしかに最近は向こうの世界に行けていません。ですが、なぜ今回K君だけがあの世界行けたのでしょうか?」


 静かに首を横に振る。

 ……わからない。


 結衣が心配そうに顔をのぞきこんでくる。

「声、聞こえてきたの?」


 俺は頷く。

 勇者祭りがあるから来いって誘われたんだ。


 それを聞いてJが驚く。

「勇者祭り? なんやそれ。あの世界でそない面白おもろい祭りがあるんか?」


 え? Jはそういうの体験したことないのか?


「モンハンみたいな狩猟世界や思てたからな。そんなんあったんも知らん」


 狩猟世界?


「やったことないか? モンハンってゲーム。恐竜とかデカイ蚊とか変な魔物モンスターとかを狩る──」


 やったことはあるけど……。


 魔物。狩り。――戦い。

 連鎖のようにして思い浮かんできたその言葉に、俺はあの時の事を思い出して苦く口をつぐんだ。


「あたしが居た世界は……」

 結衣がぽつりと言葉を切り出す。

「魔法学校が中心の、魔法使いの世界だった。すごく平和な町で魔法を学んで。モンスターとかそんな怖いものが出る場所じゃなくて。でもあたし……町を出た事なかったから町の外がどうなっているかとか、知らない」


 Eもぽつりと語り出す。

「私が居た世界も、モンスターの狩猟とかそんな激しい世界じゃありませんでした。すごく平和で、のんびりと穏やかに暮らして。家の近くの畑で取れる薬草を採取したり、家畜を育てたりって感じで……。たまに家に遊びに来る吟遊詩人とお茶会したり、話したり。

 ――あ。そういえば」

 何かを思い出したかのようにEは胸の前で軽く手を叩く。

「その吟遊詩人の人がこう言っていました。もうすぐ大きな戦争が起こるかもしれないって。世界のどこかにクトゥルクという神様が居て、その神様が世界を守ってくれるって」


「あ、それ。あたしも聞いた事ある」


「俺もや。なんやどこかで大きな戦争の前触れみたいなのはあったらしいな」


 戦争?


「クトゥルクって言葉、向こうの世界で聞いたことないか?」


 問われ。

 俺はさりげなく窓辺へと視線を逸らした。

 震える声で答える。

 ……さ、さぁ。き、きき聞いたこと、ない。


「そうか。Eの話やとそれに関わるとなんやマズイことになるらしいんや」


 へ、へぇ。そそ、そうなんだ。知らなかった。


「オイ、さっきからどこ向いて誰に言っとるんや。お前」


 俺は慌ててJへと視線を向ける。

 べ、別に


「――あ。もうこんな時間や」

 ガタリと。

 Jが椅子から立ち上がる。


 え? もう帰るのか?


「午後から仕事行くって職場に言うてんねん」


 その言葉に結衣がポケットから携帯を取り出して時間を確認する。

「あ、ほんとお昼だ。ご飯の時間だし、ご飯の邪魔になるだろうからあたし達も帰るね」

「お邪魔しましたー」


 え、あ、ごめん。みんな。ありがとう、見舞い。


 結衣が手を振る。

「また見舞い来るね」

「ちゃんと寝てくださいね」

「とにかくもう無理すんなや」


 うん、わかった。――あ!


 俺は何かを思い出して三人を呼び止めた。

 三人とも足を止めて振り返る。


 一つ聞きたいことがあるんだけど。


「聞きたいことやと?」

「なになに?」

「スリーサイズは事務所通しでお願いしますぅー」


 いや、そうじゃなくて。向こうの世界に行った時、ログアウトのやり方ってみんなどうやってた?


「ログアウトのやり方? そんなん、みんな一緒ちゃうんか?」

「フツーだよね?」

「うん。ぴっと押す感じで」


 いや、もっとこう、具体的に。


「そんなん視界の片隅に浮かんだ【ログアウト】って文字をぴっと押しとるだけやろ。違うんか?」


 ――え?



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