竜騎軍を討て【58】
吹き抜ける風が、とても懐かしく感じた。
気のせいだと思いたい。
でも記憶のどこかでそれを覚えている。
【ありがとう……。これで眠れる……】
なぜだろう。
墓参りの時に聞こえてきたあの声が、いつまでも俺の記憶の片隅から離れない。
顔も名も思い出せないのに、どうして?
どうしてこんなに俺の心の中でその声は強く残るのだろう。
【行け。お前の背は我が軍が守ろう】
もし前世とかそういうものが存在するとしたら。
無意識に、俺の頬を一筋の涙がつたい流れた。
――必ず助けに行く。
俺は記憶のどこかで、誰かとそう約束していた気がする。
※
ドラゴンは飛んでくれた。
俺に指示通りに。
《なぜ、水龍なのですか?》
ドラゴンの問いに、俺は口元を薄く引いて笑った。
ちょっとだけ……思い出した気がしたんだ。クトゥルクの使い方。
ドラゴンが安堵の息を吐く。
《記憶を取り戻したのですね》
俺は口調苦く答える。
いや、記憶については全く──
言葉半ばで。
ドラゴンが、いきなりぐんとスピードを上げた。
水龍との距離はあっという間に縮まり、そして並行する。
《今です!》
真横を駆ける水龍の体に、俺は手を差し伸べた。
クトゥルクを集わせたその手で水龍の体に触れる。
水龍が呼応し、白い光を解き放った。
その光に呑まれるようにして水龍の体内へと引き込まれて一体化し、そして土の中へと潜っていった。
◆
黒い魔物の咆哮に大気が震える。
闇が侵食し、空を覆っていく。
黒い魔物は走りを止めなかった。
まるで怒りの矛先をぶつけに行くかのように。
――街に向けて真っ直ぐと。
街の姿が遠くその目に見えてきた頃。
それはいきなり阻まれる。
行く手を阻むようにして地中から現れた、一頭の白い水龍。
退けとばかりに魔物は吼える。
それでも水龍はそこから退くことはなかった。
勢いを止めることなく魔物は、行く手を阻む水龍と真正面から激しく衝突した。
◆
光に包まれた中で俺は、愕然とする竜人騎士の姿を見つける。
「クトゥルク……! まさかそんな──」
俺は固めた拳を振り上げると雄叫びをあげ、勢いのままに竜人騎士に突っ込み、真正面からその頬に一撃を見舞った。
その後の記憶が飛んだかのように真っ白い世界に包まれる。
感覚にして、その白い世界はほんの数秒だったと思う。
空に平穏な青さが戻った時。
――気付けば俺は、荒野に立っていた。
その足元には殴られて仰向けに横たえている竜人騎士の姿。
竜人騎士が俺に問いかけてくる。
「なぜトドメを刺さない?」
……。
俺は答えなかった。
「弱い者が死に、強き者だけが生き残る。それがこの世の運命だというのに」
生を確認するかのように竜人騎士は掌を引き寄せて見つめ、ぽつりと呟く。
「飾りだけの力など、生きていて何の価値が得られようか」
……。
俺は顔を上げ、壮大な空へと視線を向ける。
白い水龍がどこか彼方へ飛んでいく。
風に乗って、遠く。まるで何かに導かれていくように。
それを見つめて。
俺はぽつりと答えを返す。
弱い者たちの屍を踏み越え、覇者の頂に立ったとしても。そこから見えるものはきっと……何もないと思う。
「それが神の見る世界か?」
俺はそう思う。
「そうか……」
言葉を残し、竜人騎士は眠るように目を閉じた。
風が、そよぐ。
とても穏やかに。
俺は心の中で誰かに問いかける。
これで良かったんだよな、と。
風が、言葉に応える。
優しく。穏やかに。
ふいに。
硬貨を弾いたような音が空から聞こえてきた。
俺は空を見上げる。
空に小さく、光り輝く何か。
それは真っ直ぐに俺に向かって落ちてきた。
なんとなく。
――それを手で受け取って。
俺は手の中へと視線を落とし、見つめる。
それは、細く小さな角笛のペンダントだった。




