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過去の呼び声【57】


 今更ながら俺は思った。

 竜騎軍の指揮って、どれ?


 見回せど土竜の姿は皆同じ。リーダー的特徴を持った土竜の姿は無い。


 ――ふと。

 カルロスのドラゴンが俺に声をかけてくる。


《なぜ、クトゥルクを使わないのです?》


 え?


《竜騎軍の指揮を捜しているのでしょう?》


 あぁ、うん。


《クトゥルクの力を使えば竜騎軍指揮など簡単に姿を見せましょう。なのに、なぜ? 何をそんなに躊躇ためらうのですか?》


 そんなこと──


 真下から突き上げて襲ってくる土竜により、会話が中断される。


 それを交わした後、カルロスのドラゴンは言葉を続けてくる。

《白き神に恐れるものなど無に等しいこと。たとえ黒騎士の大群が押し寄せようともクトゥルクの力なら殲滅できるというのに》


 俺はムッとして言い返す。


 だったら言わせてもらうが、クトゥルク使ったら本当に誰も死なずに済むのか?

 何の犠牲もなく──戦いだって、大規模にならずに簡単に終わらせることができるのか?


《白き神よ。あなたは何をそんなに恐れているのです?》


 恐れる? 恐ろしいよ。使えば使うほど誰かが俺の目の前で死ぬ。もしクトゥルクが誰も死なない魔法だったり、誰かを救うことができる力だったりするのなら俺は使うよ、当然。

 でも違うだろ? クトゥルクを使えば黒騎士が来る。そうなれば余計な戦いを増やすだけだ。殲滅? 最強? たしかに殲滅できるかもしれないし、最強の力なのかもしれない。だけどそのことで犠牲になる人たちが出てくるわけだろ? クトゥルクを使えば結界がなくなる。結界がなくなったら地下とか影とか、光の無いところに魔物は現れて、そこで犠牲になる人たちが出てくるわけだ。そうなったらどうなる? 

 俺が恐れているのは俺自身の犠牲じゃない。俺がクトゥルクを使うことで関係ない人たちまで余計な戦いに巻き込んで、そして死なせてしまうことだ。俺の手の届かないところで。そういう人たちのことは誰が守るっていうんだ?


《白き神よ。あなたは変わりましたね》


 変わった?


 ドラゴンは失望に声をにじませる。

《しばらく姿を見ない間に、戦場での戦い方をも忘れてしまったというのですか?》


 忘れた、というか……。

 記憶にすらないのだが。


《ならば、クトゥルクを使わずに戦う方法を》


 だから! まだ思い浮かばないんだよ!


《戦場で考える暇などありません! 一刻早戦で敵を討たなければ取り返しのつかない事態を招くのです!》


 わかってる、そんなこと! 


《ならば躊躇わず、今すぐクトゥルクを使いなさい!》


 ふいに奇怪な獣の断末魔のような声が聞こえてきて、俺は目をやった。

 ――息を飲む。


 体中に無数にうごめく魔物を這わせた真っ黒い魔物の塊。

 それ以上の言葉はなかった。

 闇のヌシか何かだろうか。

 俺が蟻ならその魔物は象といったところか。

 それくらい巨大な黒い魔物だった。


 闇がざわめく。

 その中で、その黒い化け物はゆっくりと歩き出す。

 一歩踏み出すたびに、その黒い化け物の足元の大地から小さな魔物が蜘蛛の子のように溢れ出てくる。

 大地はあっという間に黒で埋め尽くされていった。


 巨大な黒い化け物は今にも腐りただれ落ちそうな赤い目をギラリと光らせ、目の前の獲物を次々と喰らい始める。

 それこそ無分別に。

 空を駆るドラゴンは小虫のごとく散り散りになり、黒い化け物の口を避けた。

 犠牲になったのは土竜の方だった。

 黒い化け物は大地から出てきた土竜や、それだけに飽き足らず、大地に顔を突っ込み、土竜を引きずり出しては次々と喰らっていく。

 一頭、二頭と喰らっていくたびに黒い化け物は、益々その巨体を大きくしていった。


 喰われそうになる瞬間をギリギリで交わし、風に乗って俺とドラゴンはその化け物の巨体を沿うように飛んでいた。

 ふと俺は目を向ける。

 手を伸ばせば化け物の巨体に触れられる距離。

 化け物の体には無数に魔物が密集して張り付きうごめいている。

 その黒い体に、俺は吸い込まれるようにして手を伸ばした。

 すると一体の魔物が俺を引きずり込もうと両手を伸ばし掴み掛かってくる。


《いけない!》


 寸でのところで避け、俺はハッと意識を戻す。

 お、俺、今……


《あの魔物に触れてはなりません。取り込まれます!》


 取り込まれる?


《あれは魔物の融合体――呪蟲デイダラ


 デイダラ?


 瞬間!

 大気を震わせ、黒い化け物は口から血を滴らせながら奇怪な声で一鳴きする。

 それはあまりにも悲痛な声で。喉を引っかき苦しむかのように。――俺にはそう聞こえた。


 ……泣いている、のか?


《泣いている?》


 俺は首を横に振った。

 いや、なんでもない。それよりなんなんだ? あれ。


呪蟲デイダラ。黒騎士のなれ果ての姿です》


 黒騎士のなれ果て?


《欲望を求める者に魔物は集い、同調シンクロします。その身に無数の魔物を引き込んだ黒騎士は、新たなる魔物へと進化するのです。――それが呪蟲。

 もはやあの姿となった以上、ヒトとは呼べません。自我を失い本能だけに生き、ただ生ある血肉のみを求め彷徨う魔物と化すのです》


 魔物……。


 すれ違うように、その魔物は俺とは真逆の方向──結界へと向かい動き始めた。


 俺は慌てる。急いでドラゴンの背をべしべしと叩きながら、

 向きを変えろ! 逆だ、逆! あの魔物の狙いは俺たちを喰らうことじゃない!


 跳躍するように黒い魔物が瞬発力を上げて大地を駆け出した。

 勢いのままに激しく、光の向こうへと。


 まるで建設重機のような音をたてて。

 黒い魔物は勢いのままに結界へ体当たりした。


 俺はカルロスのドラゴンを旋回させて。

 ようやく目にする現状に言葉を失った。


 鏡に走る亀裂のごとく、結界が目に見えて大きく蜘蛛の巣状にヒビ割れていた。


 結界が、壊れる……!

 俺の中に北の砦の惨劇が甦ってくる。


 黒い魔物がもう一度体当たろうと動き出す。

 距離を置き、再び攻撃せんと構えた。


 やめろー!


 俺は叫び、反射的に右手を振り上げた。

 その手にクトゥルクの光が集うが、俺はすぐにその力を押さえ込んで打ち消す。


 駄目だ、使えない……! この力を使えば余計に──


 北の砦で戦いを強いられることになった兵士たちのこと。

 そして。

 俺の身代わりになって死んだエマのお兄さんのこと。

 いつだって俺のやることは過ちばかりだ。

 きっとここでも同じ。俺がクトゥルクを使えば結界は壊れ、さらに黒騎士を呼び寄せることになり、戦いは悪化を強いられることになってみんなが死ぬ。


 倒す魔物は所詮一匹。

 クトゥルクを使わずとも、他に方法があるのならそうしたい。

 右手を強く握り締め、俺は胸の前へと引き寄せた。


 こんな時おっちゃんならどうしただろう。

 どう動いてどんな方法をとっただろう。

 肝心な時にいつだっておっちゃんの声は聞こえてこない。


 だから。

 決めるしかない。考えるしかないんだ。俺が、一人で。


 デイダラの二度目の体当たりの音が辺りに響き渡った。

 結界が繊細な音を立てて砕け散る。

 光の境界線が消え、デイダラが魔物を引き連れて一線を超え入っていく。

 目指すは街の方角。


 遅れて。

 交錯するように真横から来た水龍が、デイダラとすれ違って通り過ぎた。

 タイミングがずれたのだ。


 もう誰にも、止められやしない……。


 遠のいていくデイダラの背を、俺は絶望な思いで見つめた。


【この世界にはクトゥルクが必要だ。だから──いや。願わくば、クトゥルクも結界も必要としない平和な世界になってもらいたいもんだ】


【あなたはクトゥルクを災いの種と思い込んでしまっている。戦うだけの力。逃げるだけの術。誰かを殺す為の手段。あなたはクトゥルクの本当の意味を知らない】



 ふいに。

 一陣の風が俺を吹き抜けていった。

 握り締めた手を包み込むような優しい感触が肌に残る。


 風に乗って、あの時の声が俺の耳に届いた。

 あの時――おっちゃんとの墓参りで聞こえてきた、あの声が。


【行け。お前の背は我が軍が守ろう】


 風に流され。

 前方から赤い布が俺の横を通り抜けていく。

 まるで俺の背を──守りきれない場所を俺の代わりに守ってくれているかのように。

 温かな安堵の心地に包まれ。


 俺は再び拳を強く握り締めていった。

 押さえ込んでいた力を解放し、右手にクトゥルクの力を集わせる。


 そして俺は叫んだ。


 行ってくれ!


 カルロスのドラゴンが俺に言ってくる。

《デイダラに向かってどうするのです!》


 違う! デイダラじゃない、水龍だ! 水龍に向かって行ってくれ!



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