バトル・ドラゴンズ【55】
塔を破壊し突き破り、何頭もの蛇竜が姿を現し咆哮を上げた。
突然姿を現したそいつ等に、俺は目を丸くする。
な、なんだあれ!
《土竜です》
ウイグル・ドラゴン?
《頑丈なる皮膚を持ち、土を巣窟として活動する竜と獣の狭間なる魔物です》
魔物?
《遠い昔に絶滅したものと思っていたのですが、まだあのような遺伝を持つ戦士が残っていたとは》
絶滅って……?
《いえ、なんでもありません。きっと思い違いだったのでしょう》
強いのか?
《えぇ。一度土に潜るとどこから姿を見せるかわかりません。気をつけてください》
気をつけるって何を? どうやって?
《土竜は頑丈なる体で土を突き破って噴水のごとく飛び出し、大口を開けて地上にいる生き物を一気に丸呑みしてきます》
丸呑み──!?
土竜との開戦はその直後だった。
全ての土竜が一斉に首を落として地面に潜っていく。
それはあっという間で、地上から土竜の姿が完全に消えた。
気配すらも。
消えた……。
《いえ、真下に注意を。奴らは直下から攻撃を仕掛けてきます》
直下から!?
俺はすぐ真下の大地へと視線を落とした。
静寂した大地の真下で何が起こっているのか見当もつかない。
冷や汗が俺の頬をつたう。
嫌な戦慄に心が締め付ける。
直下から来るならば反射的な回避が必要となるだろう。
はたして俺に、それができるのか?
つたう冷や汗を手の甲で拭って俺は周囲に視線を走らせた。
辺りに漂う、戦い前の張り詰めた空気。
ほんの一瞬の油断が命とりになる。
――ふいに。
カルロスのドラゴンが俺の頭の中で鋭い声をあげる。
《綱をしっかり握りなさい!》
え!
《真下から来ます!》
ちょ、待っ──
俺は慌てて綱を握り締めて視線を真下に落とした。
その直後!
まるで魚を喰らうクジラのごとく。
真下から急浮上するようにして、喰らわんとばかりに大きく口を開けた一頭の土竜が地面を破って姿を現した。
間一髪でそれを交わして。
大きく滑空しながら、それを見送る。
本当に一瞬の出来事。
ほんの数秒、反応が遅ければ回避できなかった。
土竜は弧を描くようにして落ち、また地面へと頭から潜っていく。
ふいにドラゴンの断末魔が聞こえてきて。
振り向けば一頭のドラゴンが土竜の餌食となり、地面の中へと飲み込まれていった。
俺の顔から血の気が引く。
《数が多すぎる。一斉攻撃を受ければこれ以上の回避は──
白き神よ、クトゥルクを解放しなさい》
クトゥルクを?
《えぇ。クトゥルクを解放すれば一斉殲滅できます。これ以上回避を続けていればこちらの不利になる一方です》
駄目だ。それだけはやりたくない。
《いえ、やるのです! このままでは皆、土竜の餌食となります! クトゥルクの解放を!》
できないんだ! クトゥルクを使えば結界が壊れるし、それにまたさらに魔物が増えることになる!
《ならばここで死ぬのですか?》
俺は首を横に振る。
いや、きっと他に方法がある。何かあるはずだ。
そうだ。きっと何か方法がある。クトゥルクを使わなくてもいい方法が。
俺の脳裏におっちゃんの言葉が過ぎった。
その時だった。
背後から超至近距離を土竜が俺の横を通り過ぎていく。
ゴォと風と風とがすれ違う轟音が耳を叩き、肌に擦り切れるほどの痛みが走る。
幸運にも怪我を負ったわけではなかった。
ほんの数ミリずれた至近距離。
掠るか掠らないかの距離でカルロスのドラゴンと土竜は交錯し、紙一重で攻撃を回避する。
そして、恐れていたことがやってきた。
立て続けに次なる土竜の口が迫ってくる。
それを全てギリギリで交わしていって──いや、ギリギリにならざるを得ないのだ。
手持ち綱を握り締め、俺はうめく。
攻撃できないのかよ!
《無理です。奴らの皮膚に火は通用しません。それに、それだけではありません。相手に完全に遊ばれています》
遊ばれている?
《こちらの体力の消耗を狙い、弱らせようとしているのです》
そういえばあれからずっと飛び続けてばっかりだ。
《これ以上の長期戦はできません。クトゥルク以外に方法があるならば、それを早く》
無理だよ! 思いつかないんだ、何も……。
《ならばクトゥルクを使いなさい!》
駄目だ!
《使いなさい!》
もう嫌なんだよ! 俺のせいでみんなが不幸になるトラウマを背負うのは!
ふいに――。
無人のドラゴンたちが一斉に地上へと降下していく。
まさか、もう体力が!
《いえ。騎手がドラゴンを角笛で呼んでいます》
なんでこのタイミングで!? 乗りこむまでに時間が!
俺の予想通り、ドラゴンが一斉に降下することで土竜の狙いもそこへと集中する。
《たしかにこのまま逃げの一手では勝ち目はありません。しかし、少しでも戦力が残る内に土竜と戦い、勝機を見出すしか方法がないのです》
わかってる! けど──
これでは土竜の攻撃が集中してしまう。乗り込むまでが隙だらけだ。
《地上に精霊の源を感じます》
精霊の源?
《騎手の集う場所に。ほんのわずかですが》
見やれば。
地上の暗闇に一つ、仄かに青白く光る小さな結界があった。
そこに数人の人影が見える。
俺は手持ち綱を握り締めた。
このまま土竜の攻撃が集中的に固まれば、あんな小さな結界はすぐに壊れてしまうだろう。
助けたいという感情が俺の中に激しく渦巻く。
しかしどう助ける?
助ける方法はおろか土竜への攻撃すら思い浮かばない。
やはり──
俺はきつく歯を食いしばった。
クトゥルクを使うしか他に方法ねぇのかよ……!
使えば必ず黒騎士や魔物は押し寄せてくる。そうなればさらなる犠牲や戦いを引き起こすだけだ。
《使いなさい! 早く!》
他に選択なんてなかった。
俺は無我夢中で片手を振り上げ、クトゥルクの力を解放してそこに集わせた。
眠っていた力が一瞬にして噴き上がるように体の奥底から暴れ出し、その手の中に集っていく。
光が生まれようとしたその時だった。
小さな結界の中から龍の頭をかたどった水が飛び出してくる。
しかも一頭だけではない。
何十頭と。
結界を中心にヤマタノオロチのごとく生えた水の龍が、標的に向かって真っ直ぐに飛び出してきたのである。
現れた数多の水龍は飛び出した勢いのままに土竜を次々と体当たりで飛ばしていき、大地へと沈めていった。
――内、一頭の水龍がなぜか俺を標的にして向かってくる。
真っ直ぐに。
その突き上げた俺の手のギリギリを掠めて。
……。
俺は目を点にした。
いや、ギリギリじゃなくちょっと指先を掠ったぞ、今。
指先だけ触れてしまった水の感触。
まるで指先にちょこんと風船が乗ったかのような感覚が残っている。
見上げれば、俺の手のすぐ上を野球ボールほどの水の渦が浮いていた。
しかもなぜか濁流のごとく勢いよく回転している。
俺は突き上げた手を下ろすこともできずに、なんとなく正面へと視線を戻した。
……どうしよう、これ。
もしかしてさっきの攻撃をもらってしまったのだろうか?
いや、もらったというより俺が水龍を吸い込んでしまった感じに見えたのは気のせいか。
まるで自ら地雷のスイッチを踏んでしまったかのような気分だ。
そろそろ挙げている手が疲れてきたぞ。
やばい。マジでこれどうしよう。
ドラゴンが俺に言ってくる。
《投げなさい》
投げる?
《その魔法を土竜に向けて投げつけるのです》
投げつける?
軽い気持ちで。
俺はキャッチボール感覚で腕を振り下ろし、ちょうど土から飛び出した土竜めがけて投げつけた。
狙っていなかったといえば嘘になるが、剛速球で回転しながら飛んでいった水のボールはあっさりと一頭の土竜を吹っ飛ばした。
土竜がぐったりと地面に横たえる。
……。
意外にあっさりと昏倒した土竜に、俺は振り下ろした手を引き寄せて見つめた。
その手に何があるわけでもなく。
感覚を確認するように開いたり握り締めたりを繰り返す。
これが……攻撃魔法の感触、なのか?
初めて味わう魔法の感覚。
なんか、もっとこう──
《綱を握りなさい! 真下から来ます!》
えっ! ちょ、待て──
慌てて手持ち綱にしがみ付くようにして、俺は身を丸めた。
真下から地面を割って飛び出してくる一頭の土竜。
その土竜にサイドから猛スピードで突進してきた一頭のドラゴン。
土竜は避けるようにして身をよじり、弧を描いて地面の中へと潜っていった。
ふいに──。
「カルロス!」
呼ばれたような気がして。
反射的に俺はその声がする方へと顔を向けた。
向けてから気付く。
あ。俺、カルロスじゃねぇ。
声をかけてきたのはドラゴンに乗った見知らぬ男だった。
交錯する間際に言葉を投げてくる。
「戦場の指示を。俺たちはそれに従う」
え? 俺が?
俺はジェスチャーでそれを示して答えとする。
呆然と見送る俺の両サイドをドラゴンに乗った男たちが次々と通り過ぎていく。
俺は目を瞬かせる。
しだいに、ドラゴンに乗った男たちが俺の周りを旋回した後、集ってきているのだ。
な、なんで?
戸惑う俺に苛立ったのか、一人の男がドラゴンを操りながら俺の隣に位置づけて口早に声をかけてくる。
「ここは俺たちに任せて、お前は竜騎軍の指揮を叩け」
覆面をしていたからだろう。どうやら俺がカルロスではないことに誰も気付いていないようだ。
なんとなく話の流れで──と、いうより。説明すると話が面倒なことになりそうだったので──、俺は否定せずにそのままカルロスを演じることにした。
彼らの言葉に無言で頷きを返す。
そして、すぐに俺はドラゴンの向きを変えるとその場から逃げるように駆り出した。
「ん? お前、その金色の眼――」
一人が何か気付いて俺に言ってくれていたようだったが、あまりよく聞こえなかったし、わざわざ引き返して聞き返すほどのことでもないだろうと思い、俺は気にも留めなかった。




